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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第玖幕 月丸
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乱 肆

 月丸達は日が登ると同時に、百鬼夜行を防ぐための結界を村に張った。百鬼夜行自体も、百鬼夜行の瘴気をも防ぐよう、何重にも。


 陰陽の術、妖霊の術、月丸は自らが知る百鬼夜行を防ぐであろう結界に注力した。それは吉房ですら驚かせるほどの強いものであった。


 幾重にも張られた結界は空の色を虹色に変え、村の人々を驚かせる程である。


「凄いね月ちゃんがやったんでしょ?これで村を守ってくれるの?」


 すずが子の月太を抱きながら、訊ねる。


「うん。これなら百鬼夜行も、そこいらの名のある鬼でも通れない筈だ。念のために家々も護符で護るとお師様も言っていた。守って見せる。」


「月ちゃんや吉房様が守ってくれるんだもん。きっと大丈夫。でも、無理はしないでね。」


 心配するすずに、月丸は作業を止め、言葉を続ける。


「此処がもし無くなってしまえば、俺は家族も、故郷も失ってしまう。だから無理してでも頑張らなきゃいけないんだ。」


 真剣な表情を見せる月丸の顔を、そっと抱きしめる。


「月ちゃんがそう思ってくれてる様に、私も、私達も月ちゃんが大切なの。だから、いなくなってほしくないからね。」


 すずの言葉に、こくりと頷く月丸。


 

 


 やがて、間も無く日が沈もうとする時分。月丸、吉房、呉葉は村の東側に離れて陣取り、呪を唱える。すると、三人を繋ぐ様に、結界が張られた。

 

 村には月丸と吉房で張った結界。そして今、三人での結界。百鬼夜行を、瘴気を一切通さぬ強固なものであった。


 程なく、百鬼夜行の列がわらわらと西から向かってきた。吉房達の予想では、村の近くを通る筈であったが、昨晩までの人里の気配を察知していたかの様に、一直線に村に向かっていた。

 だが、道を欺く結界により、百鬼夜行はすんなりと行先を変えた。月丸達の結界により、人里の気配が消えたため、ただ道を歩む集団となった。


 それでも、月丸達は気を緩める事なく、結界を維持した。


 村の真横を百鬼夜行が通っている。その瘴気は、人が吸えばすぐさま命を取られるほどの毒気である。そしてその瘴気にやられれば、百鬼夜行に取り込まれてしまう。

 月丸は百鬼夜行の動き、瘴気の流れ、その一切に気を張った。


 これまで幾らかの失敗があった。その失敗で命を失いそうな事もあった。だが、此処では失敗できない。月丸の全ての意識は百鬼夜行に向かった。そして、気負った月丸は、先の、一人で百鬼夜行を抑えた程の力を結界に注いでいた。


 その結果、百鬼夜行からは僅かにも里に気づかれる事なく、その禍々しい瘴気は、村に一切届かなかった。



 丑三つ時を過ぎた頃。それは起こった。


 百鬼夜行や妖の類で、この結界に包まれた村を見つける事も、入り込める者などいないであろう。


 だが、人に対してはその結界は効力を持たなかった。それは、もし、何事か有れば、村の人たちだけでも逃がせる様にしたためであったが、月丸のその思いは違う形で裏切られる。



 最初の異変に気付いたのは、吉房であった。夜の暗がりの中、村の中に動く影が見えた。


 さては村の者が興味本位で見物に来たか?


 そう思った刹那、その影から吉房に向かってびゅう、と矢が放たれる。慌ててその矢を避けると、その影に目を凝らす。武士の様に甲冑を纏っている。しかし、暗がりの中、顔までは見えない。だが、確実に村の者ではなかった。


 野武士か、野盗の類か?


 吉房がそう思った矢先、再び矢が放たれる。それと同時に数人の影が走り向かってくる。


「ちい!」


 吉房は右手で結界を御したまま、矢を避けると、左手で懐から符を取り出し、その符を向かってくる影に投げ付けた。するとその符は火の玉となり、先頭を走る影に当たる。


 ぼう、と影は炎に包まれる。


 その炎に照らされた影の顔を見て、吉房は驚く。

 人であった。その姿は武士である。しかしその目は光なく、だらだらと涎を垂らし、気が触れたかの様な表情であった。

 だが、それでも吉房に向かって刃を抜いて向かってくる。


「瘴気に呑まれた者か。」


 武士が背負う旗印に見覚えがある。

 

 月丸が命を落としかけた時、周りに倒れていた武士達も同じ旗印を背負っていた。


 あの時、まだ息のあった武士達は、呉葉により打ち倒された。だが、全員があの場に残っていた訳ではなく、既に幾人かが彷徨い離れていたのだと気付いた。


「瘴気に呑まれ、百鬼夜行にも取り込まれず、瘴気を頼って彷徨うか。」


 生ある者を求めるのか、吉房の周りには六、七人の影が集まっている。

 吉房の思う通り、この武士達はまだ死んではいない。だが、間近で瘴気を受けた為、既に心は狂っている。ただ、百鬼夜行に自ら捕らえられようとしているかの様に、その瘴気を頼って彷徨っていた。


 これが全てならば、結界を月丸と呉葉に任せ、この者達を討たねば、村に被害が及んでしまう。

 吉房は直ぐに右手を口元に運び、呪を唱える。その間も、吉房を襲おうとゆらゆらと武士達が近付いてくる。


「この結界の中で命を絶てば、百鬼夜行に取り込まれることはない。安らかに眠れ。」


 吉房は呟くと、右手を横凪に振るった。

 刹那、歩み寄る武士達が大きな炎に包まれた。やがて声も無くその場に倒れ伏した。


「この者達だけか?それとも…。」


 辺りを見回した時、それは起こった。




 月丸は離れた場所で炎が立つのを見た。


「あの辺り…お師様が居るところの近くだな。何かあったか?」


 不審に思い、月丸はそちらに目を向けるが、暗がりで何が起こったかわからない。だが、結界を離してしまえば、それこそ何が起こるかわからない。この場から動くことはできなかった。そのため、月丸は分身を一人作り上げ、先程の炎の場所に向かわせようとした。


 その時。


 わぁぁぁ!


 村の中から悲鳴が聞こえた。


 月丸は慌てて悲鳴の聞こえた方へと分身を走らせた。

 分身とはいえ、月丸の意識は分身に集中していた。身体中に鳥肌が立つ。不吉な予感がする。

 そして次に月丸が見た光景は、村の者が斬りつけられ、地に這い苦しむ姿であった。家々が襲われている様で、既に息絶えた者もいる。


 月丸は息のある者を見つけると、抱き上げた。その者は、月丸も馴染みの百姓、五平という者であった。娘が月丸と背丈も似ているため、よく一緒に遊んでいた。


「おい!大丈夫か!?五平!誰がこんなこと…。」


 月丸の顔を見て安心したのか、五平は痛みを堪えながら話す。


「月ちゃんかい…。ひなは…、俺の娘は…無事かい?」


 五平にそう言われ、家の中に目を向ける。そこには土間に二人、倒れたままぴくりとも動かない影が見える。恐らく、五平の妻と娘であろう。


 月丸は目を背け押し黙ってしまった事で、五平も察する。


「そうかい…。何なんだよ、あの野武士ども…俺たちが何をしたって言うんだ…。」


「しゃべるな。直ぐにお師様を連れてくる。きっと傷を癒してくれるから。」


 月丸の言葉に、五平は首を振った。


よねも、ひなも、やられちまったんだろう?なら、俺ももう生きていきたくはねえよ…。まだあの野武士どもが彷徨いている。それよりも、月ちゃんは逃げてくれ…。」


 そう言い残し、五平の体から力が抜けた。月丸は静かに五平の体を地に置く。


「ごめんな。後で、ちゃんと埋葬するから…。」


 一言溢すと、田畑を挟んだ家から、がたんがたんと暴れる音が聞こえる。月丸は直ぐにその家に向かう。

 そこは老夫婦が住んでおり、月丸の事を自分たちの孫の様に可愛がってくれた。


 家の戸は開いていた。月丸が慌てて駆け込むと、囲炉裏の火に当てられ、一人の野武士の姿があった。

 そしてその足元には、夫に覆い被さった状態で、妻共々太刀を突き立てられていた。


 その光景を見た瞬間、月丸の血の気が引き、怒りの衝動に駆られる。

 月丸が野武士を睨みつけると同時に、野武士は内側から爆発するかの様に霧散した。


 月丸はふらふらと、老夫婦の元に行くと、刺さっていた太刀を引き抜いた。


「じいちゃん…ばあちゃん…。何だよ…これは!」


 声を荒げ、家から飛び出す。思考が混乱する中、村を見渡す。


 がしゃん


 きゃぁぁぁ


 がらがら


 ひぃぃぃぃ


「何だよ…。百鬼夜行の瘴気は抑え込んでるのに…。」


 村の家々から、悲鳴が聞こえる。月丸は慌てて近い家から助けに向かった。


 やはりそこには野武士がいた。今度は二人。この家にはすずより少し若い娘と両親が住んでいた。月丸が家に入った時は、妻と娘を守ったのであろう、父親が無惨な姿で土間に転がっていた。

 奥には娘を守る様に抱きしめる母の姿。その目の前で野武士が太刀を振り上げていた。


「やめろ!」


 月丸は先程同様、母娘の前に立つ野武士を破裂させると、横から襲ってきたもう一人の野武士を消し飛ばした。


「大丈夫か?」


 母娘は一命を取り留めたが、目の前の惨事に頭がついていかないのか、泣くばかりであった。泣き声に誘われ、また野武士が来るやも知れない。月丸は術で二人を眠らせ、その周りに結界を張った。


 道を歩く野武士を、村人を襲っている野武士を、月丸は容赦なく屠った。

 そして、この野武士が、あの時自分を襲って、百鬼夜行の瘴気に当てられた者達であることに気づく。気は触れているようだが、この野武士達、まだ生きていた。つまり、人なのだ。百鬼夜行を抑えるための結界であり、もしものために人を通す結界としたのが災いしたのだと気付く。


 そして月丸はあの夢を思い出す。


「すず!」


 月丸はすずの元へ走った。屋敷は静かないつもと変わらぬ夜の風景。


 だが、斬りつけられ破られた戸が、月丸を動揺させた。

 慌てて屋敷に入ると、佐ノ丈が倒れていた。手には家族を守ろうとしたのか、刀を堅く掴んでいる。だが、その手は体から斬り離されて転がっている。

 抱き起こしたが、既に事切れていた。


 月丸は動揺しながらも屋敷の奥、すず達の部屋へと急いだ。


 そしてその部屋で月丸が見たもの。


 すずの夫、正次郎は首を刎ねられ、その奥で、丸くうずくまるすずに太刀を差し立てた野武士の姿であった。



わぁぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!



 月丸の悲痛な叫びが辺りに響く。


 月丸は一足飛びに野武士に向かうと、殴り付けた。野武士の体はまるで腐った柿の如く、びちゃりと飛び散った。


 月丸はすずに刺さった太刀を抜き、抱きかかえた。そのすずの腕の中には、月太が抱かれていた。


「すず!すず!返事をしてよ!すず!」


 月丸の声に、薄らと目を開けるすず。


 声にならぬ程のか細い声で月丸に尋ねる。


「…月…太は?」


 月丸は月太の胸に手を当てる。生きていた。惨状を知らず、すやすやと寝息を立てていた。


「大丈夫。生きてる。寝てるだけだ。」


「…良か…た。この子…を…守ら…なきゃ…て…。」


「駄目だよ…すず…死んじゃ嫌だよう…。」


「月ちゃん…月太…のこと…お願い…」


「駄目だ!お母さんが居ないと、月太も寂しがる!直ぐにお師様のとこに行こう!きっと傷も癒してくれるから!」


「お願い…月太…を連れて…逃げて…」


「嫌だよう…すずも…一緒に…」


 泣き出す月丸にすずはにこりと微笑む。


「月ちゃん…ありが…とう…。大好きだ…よ…」


 幼い頃から見た優しい笑みを浮かべたまま、すずの体から力が抜けた。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」



 血の匂いが満ちる村に、月丸の泣き声が響いた。

 

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