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祭囃子は何時まで

作者: むすびねこ

 日が暮れ始める。それと同時に、境内の灯籠が灯る。どこからともなく現れ増えていく露店。日が完全に沈んだ頃には境内の静寂はざわざわとした賑わいに変わっていた。


 私は数日前にこの街に来た。いや、来てしまったというのが正しいのか。初日こそ混乱したけれど、今は神社のお祭りに顔を出してみるくらいには慣れてきた。

 さすがに人が大勢いる時間は避けたいのだが、日が変わる30分前だというのにまだ人気が多い。ええい、ままよ!と、半ば自棄で祭りの風物詩を楽しむ。お面屋、金魚掬い、射的にたこ焼き。店の名前は違ったけれど、どれも人間界で親しんだものだ。

 町長から面布を頂いていたのだが、綺麗な面があったのでつい買ってしまった。二重につけるのも変だし、ここで付け替えるのはこわい。…仕方ない、頭に付けておこう。

 歌う金魚(?)を掬って、全然当たらない射的に笑って、あつあつのたこ焼きを頬張る。人間界と変わらない味に少しほっとした。さあ最後の一口を、と思った瞬間、零時の鐘の音がした。ああ、もうそんな時間か。宿に帰らなければ。


(祭りは名残惜しいがまた来よう。)


 そう思った矢先だった。ふたつ目の鐘の音と共に、ふっ、と辺りが暗くなる。店じまいの時間なのかと辺りを見渡す。なにか、奇妙だ。あれだけ賑わっていたのに、境内には誰一人いない。温度を失った空っぽの出店だけが軒を連ねている。


   みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、

 鐘がなる度に、灯りが消えてゆく。


   ななつ、やっつ、ここのつ、

 段々と暗くなる境内に、焦りが募る。


  十回目の鐘の音。

 熱いほどだったたこ焼きはいやに冷え切っている。掬った金魚はクスクスと声を上げた。


  逃げなきゃ。


 そこからはあまり覚えていない。ただひたすら階段を駆け下りて、走って、走って、宿に飛び込んだ。よかった、逃げられた、と一息つくと、金魚の声がしない事に気付く。放り出してしまったか、と心配になり、恐る恐る袋を見ればそこに金魚は居らず、ただ黒ずんだ水に赤い紙が揺蕩うだけだった。あと一口と思っていたたこ焼きはひどく冷え切っていて、まるで凍っているのかと思う程だ。

 あの祭りの時のまま残っているのは、狐を模した美しい面だけだった。


 結果から言うと、私は人間界に戻って来られた。まるで幻を見たんじゃないかと思ったけれど、荷物に混じっていた面があれは現実だったと示している。あれから10年経った今もあの面は捨てられない。何故か捨て難く、ふとした時に眺めたくなるのだ。

 いつの間にか居間に飾ってあるその面は、私と目が合うとにぃ、と笑うのだった。

零時を過ぎたら、『我ら』の時間。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 雰囲気好き [気になる点] もうちょっと長くして、祭りの楽しい雰囲気、終わる直前の不気味さを強調して欲しいと感じた
[一言] 小説を読ませて頂きました! 祭囃子を題材にしたのは良いですね! 不気味さが醸し出していて、読者を不安にさせるような演出をしていますので凄く怖かったです! 評価とブックマークしましたのでこ…
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