13話 何も出来ない悪魔乗り
魔法使いである美月はその力を使い友人を守った。
だが、その代償は大きく……未だに目覚めない。
彼女の友人である綾乃は何も出来ず……。
自分は何をしているんだろう? と考えるのだった。
綾乃は暫く歩いた所で自分が何処に行っているのか気が付きました。
どうやら、気が付かない内に美月のいる病室の前へと来ていたみたいです。
彼女は扉に手を伸ばし、その手を引っ込めました。
「…………」
自分には何も出来ない。
そう思ってしまうと一歩前へと踏み出すことが出来ないのです。
そして……彼女はその場に座り込み、膝を抱えます。
「美月……」
たった数日前まで話していた友人は今目を覚ましません。
これも天使の所為だ。
少し前ならそう思って怒り狂ったでしょう。
でも、今は……。
「アタシの所為だ……アタシがちゃんと守ってあげれなかったから……美月を……」
自分の所為。
彼女は誰もそんな事を言わないというのに自分を追い詰め、ふさぎ込みます。
そんな時です。
辺りに警報音が鳴り響きます。
ぴくりと身体を震わせた彼女はそれがなんの意味を持つのかを知っています。
――天使の襲撃。
それを理解しゆっくりと顔を上げると偶々近くを通り彼女を心配したのであろう、女性が目に入りました。
思わずそちらの方を見た綾乃でしたが……その目が合うと……。
「ひっ!?」
綾乃を見た彼女は驚き顔を引きつらせるとすぐにその場を去って行きました。
「――天使」
普段なら綾乃はそれを気に掛けるでしょう。
今はそんな事どうでもいいのです。
警報はなり続けています……それは天使の襲撃を告げる物と言って良いでしょう。
「――壊さなきゃ……美月の為に、壊さなきゃ、今度こそ守らなきゃ」
ふらふらと立ちあがった彼女の瞳は……。
何も捉えていません。
いえ、まるで施設の外……その何処かに居る天使へとその黒い瞳を向け……。
「美月の……美月を……守らなきゃ」
まるで亡霊の様な少女はぶつぶつと呟きながらハンガーへと向かいます。
その様子は誰が見ても正気ではありませんでした。
悪魔そのものが張り付いたような表情で歩く彼女を周りの人々は避けて行きます。
「アヤノちゃん!」
そんな中、一人だけ彼女に声をかける少女が居ました。
彼女は心配だったのです。
今の綾乃は正気ではないと気が付いたからでした。
なのに、綾乃は彼女の存在に気が付く事は無く……前へと歩きます。
「ちょっと、待って!」
慌てて手を掴み止めるリンチュン。
そこで綾乃はようやく彼女へと振り返ると……。
「離して、美月を守るの……」
彼女は弱い、それだけは理解していたのでしょう。
ですが、その言葉はとてもやさしいものとは言えませんでした。
怯えた表情で見つめられ綾乃は少し罪悪感を感じます。
それでも、美月の現状を思い出すと……。
「アタシが行かなきゃ……美月を守る為に」
再び冷たい声でそう言います。
リンチュンは寂しそうな表情を浮かべ、手を離しました。
「アヤノちゃん……無茶したら」
「………………」
心配してくれる彼女にもう振り返る事無く綾乃は走ります。
ミュータントを寄生させた人はただの人よりも体力がずっと少ない。
それを知っていたからです。
これで追って来れないはず。
彼女はそう考え、実際リンチュンは……。
「――――あ」
たった一言、呆けた声を出しただけで追ってくる事はありませんでした。
綾乃はハンガーへと辿り着くと誰にも挨拶を告げる事無く、真っ黒な機体へと乗り込みます。
「綾乃! 武器は新しいのがある持っていけ!」
伊逹にそう言われるとコクピットの中でこくりと頷きました。
「…………天使」
そして、ハッチを閉じながら、彼女は呟きます。
「人類の敵、侵略者……」
その言葉は普段の彼女からは想像できない程、怒りに満ちていました。
「お父さんを傷つけた。お兄ちゃんを殺した……美月を――っ!!」
『ナルカミ? えっと綾乃ちゃん?』
それはオペレーターにも聞こえていたのでしょう。
怯えた声が聞こえました。
ですが、綾乃には関係ありません。
やる事は一つ……。
「でるよ」
『……だ、大丈夫? 普段と――』
「早くして……」
スピーカーの向こうで小さな悲鳴が聞こえました。
それでも、綾乃は気にしません。
最早彼女の目には敵しか映っていないのです。
『か、カタパルトへと移動します。任意のタイミングでどうぞっ!』
焦りつつオペレーターがそう言うと彼女はカタパルトへと降りたのを確認し――。
「ナルカミ、天使を狩る……狩り殺す」
普段は絶対言わないであろう言葉を残し発進しました。
その様子を見ていた伊逹は大きなため息をつきました。
『だ、大丈夫でしょうか?』
「わからん、ありゃ相当ブチぎれてるからな」
彼はオペレーターにそう答えると椅子へと座り込み呟きました。
「ナルカミ……偉い坊さんが裏切りと怒りに狂い鬼と化した姿か……」




