12話 魔法使いではない悪魔乗り
その魔法で天使を撤退させた美月。
だが、その所為だろうか? 彼女は意識を失ってしまった。
それは辛うじて息を保っている。
そんな状況で……綾乃はそんな彼女を見て涙を流すのだった。
夜空美月が倒れてから早三日。
ニュースでは最早聞きなれた話が流れています。
「魔物は現地に赴き最初は天使を攻撃したものの、人々に襲い掛かりました」
「酷い話ですね、実験では大丈夫だったというのを聞いていますが」
「いえ、情報によりますと以前にも同じ実験をし、危険性は問われ、凍結されていたようですよ?」
キャスターたちはそんな話を交えながらニュースを伝え……。
「そして、今回の魔物騒動で日本……いえ、世界から声が上がっています」
深刻な顔をして、読み上げる女性キャスター。
彼女は仕事だからだろう、淡々とした声で告げていきます。
「まず、天使に対しての悪魔の有用性、今回の戦いでそれは実証されました」
過去最高数の撃破を現実にした戦い。
そして、ただのイービルでそれを成し遂げた綾乃。
彼女は一躍正義のヒーローいえ、ヒロイン扱いでした。
同時に――。
「そして、仲間や人々を助ける為に傷つき倒れた少女も居ます。この事から日本政府は各国の政府から~」
美月の株もどうやら上がったようです。
まだ人が居るかもしれない所で大魔法同然の力を使ったというのにです……。
いえ、だからこそでしょう。
魔物と天使に襲われ絶体絶命の危機に陥っていた日本。
そして、生きている人が居るかも分からない場所で美月は魔法を使いました。
ですが、それをしなければきっと日本はすでにない国だったのです。
そうとは言っても納得できる人間ばかりではないでしょうが……それでも大多数が美月は正義のヒロインだと感じているのです。
「……でも、そんなの聞いても絶対喜ばないよ」
綾乃はそう言いつつ、殆どが残っている食事に手を付けます。
口へと運ぶと何の味もしませんでした。
「美味しくない……」
まずいわけではありません。
ですが、なんの味もしないのです。
「お腹も……空かない……」
そして、彼女はそう呟くと食器を机の奥に追いやり、机に額を推し当てます。
「…………っぅ……」
そして、声を殺して泣き始めるのです。
この三日……彼女はまともな食事を取っていません。
何度も何度も泣いては……疲れて眠る。
その繰り返しでした。
「み……つき……」
自分には何も出来ない。
それがもどかしかったのです。
美月は奇跡的に一命を取り留めました。
しかし、脳へのダメージがあるため障害が残る可能性もありました。
ましてや、ミュータントを寄生させているため、どうなるかも分からないのです。
だからこそ、綾乃は美月を救うためミュータントの寄生手術に名乗りをあげました。
ですが……。
『それは出来ない』
『なんで!? 美月が、美月が苦しんでるって言うのにアタシが何も出来ないのは――!!』
その時の事を思い出しながら綾乃は瞼を閉じます。
「綾乃!!」
父に大声を出され、綾乃は噛みつかんばかりに睨みます。
「父さんは美月がどうなったっていいって言うの!?」
「そうは言っていない、だが……そう思われても寄生手術は許可できない」
彼の言葉に綾乃は納得できません。
だんっと床を踏み、ばんっと音を立て机に両手を叩きつけます。
「美月は父さんを助けてくれた! 今度はアタシの番だ!」
「助けたいと思うのなら医師に任せ、お前はこの場を守るべきだ! もし、適性が無かったらどうなる!? お前は死に、今日本では戦えるものは新谷とリン・チュンだけになるんだぞ!?」
彼の言葉にびくりと身体を震わせる綾乃。
死ぬ……その言葉に反応したのです。
駄目だ……。
そして、すぐにそう考えてしまったのです。
別に死ぬのが怖かったという訳ではありません。
それなのに固まってしまった理由は……。
美月との約束……無茶はしない、死んじゃ駄目だ……死ねない、死んだら……美月が悲しむ。
そう考えてしまうと、彼女の勢いはどんどんと空気の抜ける風船のようにしぼんでいきます。
「…………」
「良いか? お前は日本を、この支部を守れ、それがあの子を助けることに繋がるんだ」
「………………はい」
納得はいかなかった。
でも、それでも美月との約束は破れない。
綾乃はそう考えてしまい……。
手術を自ら諦めてしまった。
その所為で自己嫌悪を感じる事になってもだ。
「アタシは……何をやってるんだろう」
そう呟いた彼女は瞼を持ち上げる。
だが、それで答えが見つかる訳が無い。
顔を上げると先ほど奥に追いやった食事が目に見えた。
空腹になっているはずなのにやはり食欲はわかない。
彼女は「はぁ」とため息をつくとそれを持ち、カウンターへと渡す。
「ちょっと残してるじゃないかい! ちゃんと――綾乃!」
配給のおばさんは綾乃を止めようとするが、彼女はふらふらとした足取りでまるで亡霊のように食堂を去るのだった。




