9話 運命の選択を迫られる少女
美月が吉沢と二人っきりにならないため、姫川は一緒に居てくれるようだ。
ほっとする一方少し怖い……。
美月はそうも思っていたが、思いのほか姫川は優しいようだ。
そして、彼女の見た目がギャルになったのは実は吉沢の所為だと知ることになったのだった。
美月がこの部屋に来てから三日。
彼女を苦しませていた頭痛は収まり、吉沢に尋ねてみます。
「その、何時……帰れるんですか……?」
最初は避難施設かと思っていた場所ですが、おかしい事にはすでに気が付いていました。
もし、シェルターなら地下にあるはずです。
ですが、美月が居る部屋からは空が見え、それは決して映像なんかではないでしょう。
「お母さん……心配……」
「そうですね、貴女のお母さんは心配してると思いますよ」
姫川が近くに居るからでしょうか? 変な所を見せない吉沢はそう答えてくれます。
ですが、美月は彼女の回答が自分の求めるものではない事に不満を持ちます。
「大丈夫……お母さんはちゃんとここに避難してるし、怪我も無いって聞いてるよ、ただ……面会とかは……まだちょーっと無理かな?」
姫川の言葉を聞き、美月はほっとする反面、不安が大きくなりました。
このニ、三日で分かった事は姫川綾乃という少女は本当に優しい子だという事。
もし、美月の母が死んでいたとしても美月の為に平気で嘘をつくでしょう。
だからこそ、不安なのです。
「…………」
もしもの事があるのではないのか? と美月は思い母に会いたいと願いました。
姫川の言葉が気を使っているものだったりしたら……怪我をしているなら自分なら治せるはずだとも……。
ですが、そんな不安は姫川の一言で解消されるのです。
「でも、もう少ししたら会うのを……頼んでみるけど……多分、出来ると思う」
いつもの軽い感じの言葉ではなく、冗談ではない事はすぐに分かりました。
「また、貴方は……!」
しかし、それを聞いて吉沢は呆れたのでしょう咎めるような顔で言葉を発します。
ですが、美月にはその言葉は悪魔に手を差し伸べられた様な物でした。
彼女は表情を明るくし……。
「……本当?」
聞き返すと姫川は笑顔を作り頷いてくれました。
「うん! ただ、ちょっと一緒に来てほしい場所あるんだ!」
しかし、ただではないという事なのでしょう、交換条件を出してきましたが、美月に断る理由なんてありません。
「うん! 行く!」
元気になった彼女はいつもは出さないような明るい声で答えます。
その所為でしょうか? 美月は気が付かなかったのです。
この時、姫川の表情に陰りが見えた事を……。
そして、この選択こそが夜空美月と言う少女の……いえ、夜空美月と姫川綾乃と言う二人の少女の運命を大きく変えて行く事に……。
この時はまだ美月は知るはずもありませんでした。
「…………ごめん、夜空」
この先、美月の運命が大きく変わる事を知る姫川は普段の美月よりも小さな声で謝罪をするのでした。
美月が姫川に連れられた場所は大きな会議室の様な部屋の前でした。
そして、美月はようやくここが病院などではない事を知るのです。
何故わかったのか? それはそうでしょう、部屋から一歩出たら病院特有の臭いはしません。
それどころか、至る所に健康な人が歩いていたのです。
彼らは揃いの制服を着て歩いていました。
「あの……姫川……さん?」
美月は一緒に来た少女の名を呼びます。
すると彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべ、扉を開けました。
「父さん……連れてきたよ」
そして、そう口にすると部屋へと入り、真っ直ぐに目を向けます。
美月は部屋の中へと入り彼女が見つめる先に目を向けます会議室には大きな椅子があり、それがくるりと回ります。
するとそこには……。
あれ? 何処かで見たような?
美月は彼に何故か見覚えがありました。
ですが、何故見覚えがあるのかは思い出せず首を傾げます。
そんな、美月の目の前で彼は徐に立ちあがると左腕の袖が不自然に揺れました……腕が無いのです。
「やぁ、夜空美月さん……だったね、久しぶりと言った方が良いか、それとも君はもう覚えていないかもしれないね」
彼はやはり美月と会った事があるのでしょうか?
ですが、美月には記憶にありませんでした。
腕を失っているという事は美月が助けた一人の可能性もありますが、残念ながら美月は治療する際、名前や顔を覚えいる事は無いのです。
ただ、あてがわれた部屋に向かい治療を繰り返していただけなのですから、寧ろ姫川綾乃のケースが珍しかったのです。
ましてや美月は姫川の父の顔は知りません。
彼女が父と呼んだからには間違いなのでしょうが……。
「え、えと……あの!?」
初めて見る人に美月は慌てますが、彼は優し気に微笑むと……。
「その様子じゃ覚えていないみたいだね、無理はない子供だったんだ……改めて礼を言おう、君のお蔭で命を救われた者の一人だ」
彼はそう言うと美月に歩み寄り、笑顔を見せてくれました。
その笑顔には何処か姫川を思わせるものがあり、間違いなく姫川綾乃の父なのだろうと納得させられます。
「そして、この施設の長でもある」
「…………」
美月は首を傾げます。
ここが何処なのか分からなかったからと言うのもありますが、施設の長がなぜ自分に話を? と思ったからです。
「単刀直入に言おう、イービルに乗ってくれないか?」
その言葉は美月が予想もしなかった事であり、あまりにも唐突な物でした。
「…………え?」
だからこそ、美月はまともな言葉を返すことは出来なかったのです。
意味が分かりませんでした、イービルとは普通の人間でさえ乗られる者が限られる人型の大型兵器です。
ミュータントの影響で体が弱い美月では乗って一歩でも動いたら死ぬ可能性があります。
それでは全くの無意味。
だというのに聞こえてきた言葉は間違いなくイービルに乗れという物でした。
「マナ・イービル……君達魔法使いも耐えられるように作られた機体のはずだ。だが……動かせるほど強力な魔法を使えるものが居ないんだ」
彼はそう言うと一度大きく息を吸い、何かを迷うようなそぶりを見せました。
美月は不安になり、綾乃の方を向きますが、綾乃は綾乃で目を逸らします。
「君に、恩人にこんな事を頼むのは申し訳なく思う、だけどもう一度言おうイービルに乗ってくれないか? 勿論強制ではない、だが……君の選択によっては戦況を大きく変えるだろう」
彼の言葉は美月の耳に、脳に……響くのでした。