8話 救われた? 少女
美月は眠れぬ時を過ごしていた。
その理由は吉沢信乃と言う看護師だ。
彼女は何故か美月の写真などを必要に取り……感じたことの無い恐怖を彼女は味わっていた。
そんな中、心の支えとなったのは姫川綾乃で……。
缶に入ったジュースは今のご時世では物によっては高級品です。
同じく缶詰もです。
何故なら保存がきく上にもち運びにも便利。
人が生きる上での食を支える大事な物……特に天使達に襲われ、農地などが少なくなった今では得るのが難しい物があり、昔に作られたそれらは高級品だったのです。
そして、美月に差し出されているのはそんなものの一つミックスジュースです。
缶にある絵の中にはもう手に入らないフルーツが描かれていました。
「あの……でも、これ……」
美月は仕事の関係上、報酬をもらい食事は豪華な物でした。
ですが、缶ジュースなどは飲んだ事がありませんし、流石にそれは受け取れないと両手を目の前に出しぶんぶんとふります。
ですが、姫川は歯をむき出しにし笑うと……。
「だいじょーぶ! これ父さんへの支給品だし、でも父さん飲めないから」
「お、お父さん?」
美月は初めて姫川の父がここにいる事を知りました。
ですが、それとこれとではジュースを受け取る理由にはなりません。
「でも姫川さんの……」
「はぁ……こっちは命助けられてんだし! これ位当然しょ?」
呆れた顔で笑い始めた姫川は美月の手にジュースを押し付けます。
全く冷えてないそれを受け取った美月は複雑そうな表情を浮かべながら……。
「…………ありがとぅ」
消え入りそうな声で伝えました。
その言葉は姫川にしっかりと聞えたのでしょう、微笑みました。
しかし、すぐに吉沢の方へと目を向けると……瞼を半分降ろして……。
「で、なんて変な顔してるの?」
彼女に対しそう告げます。
吉沢は心底嫌そうな表情で溜息をつくき……綾乃を睨みました。
「いえ、嫌な人が来たとは思っていませんよ?」
「口にしてるし! っていうか夜空嫌がってたじゃん! 余り苛めないでほしいんだけど?」
怖い人、と評価したのを美月はこの場で謝りたくなりました。
確かに見た目はギャルっぽく怖いのは確かです。
それに何故か美月の傍に来て気にかけてくれるのも理由が分からず怖いのは変わりありません。
ですが、彼女のお蔭で助けられてきたのは事実で、今も護ってくれています。
人を助けたい、助ける事で化け物と呼ばれたくない。
そう考えていた美月は自分を守ってくれる人は居ない、そう勝手に考えていました。
母はきっと、違う。
そう信じていましたし、事実美月の事を大切にしてくれているのは知っていました。
それでも、美月にとって母は守る存在であり、護られる存在ではなかったのです。
だからこそ、美月は誰も護ってくれないっと勝手に決めつけていたのです。
「……苛めてませんが?」
「――あ~もう! とにかく、昔アタシにしたような事を夜空にやってるんでしょ? それ怖いから止めて、つーか好きでもない人にそれやられんのきもいから、無理だから、寧ろ好きでも嫌いになるから」
姫川の発言に美月は驚きました。
ですが、一人違う反応をする女性が居たのです……。
それは吉沢という看護師で……彼女は心底ショックを受けたような顔を浮かべていました。
そして、わなわなと震え始め……。
「まさかそれが理由でそんな気持ち悪い恰好にしたとかですか?」
「まさかってゆーか、それしかないっしょ? まぁ憧れてたってのもあるけどさ」
呆れ顔の姫川の言葉を聞き美月は驚きました。
人一人を変えてしまうほどの吉沢。
それも、姫川のようになれば自分も対象から外れるとなると少し髪の色を変えて化粧でも覚えてみようか? なんて考えてしまいます。
ですが、すぐに自分には似合わないなと考えた美月は落胆しました。
「とにかく……夜空美月さんは安静です、邪魔ですので」
「あのお医者さんは最近来たらしいし、知らなかったみたいだから二人っきりにしたんだろうけどね」
姫川はそう言うとニヤリと笑います。
一体どうしたというのでしょうか?
「アタシはアタシで此処居ても良いって許可を得たからさ」
勝ち誇ったように姫川は胸を張り、吉沢は歯ぎしりを立てます。
ですが、美月は内心ほっとしつつ、どこか不安にもなりました。
確かに姫川が居てくれると吉沢と二人っきりなりません。
ですが――。
「わ……私は……もう、大丈夫」
体調が悪い時ならまだしもそうでない時に一緒に居られても恥ずかしい。
そう美月は思ったのです。
ですが――。
「駄目、この人ぜ――――――ったい! 仕事を理由にして変な事してくっからね!?」
姫川のその言葉にびくりと身体を震わせた美月は怖いと思いました。
ですが、その一方別の事でも驚きました。
彼女姫川綾乃は誰にでも優しく、明るい少女。
美月の様に彼女を怖いと思わなければ誰からも好かれるはずです……。
ですが、吉沢……は普通ではないので嫌っているとしても、逆に姫川が嫌がるという事は相当です。
何故なら姫川は人を嫌いになる事はあまりないからです。
ですが、彼女は美月でも分かるほど明らかな嫌悪を吉沢に持っている様です。
「忘れないから、アタシ絶対に忘れないから!!」
念を押すように吉沢にそう言った姫川。
すると……。
「あの時は随分と可愛らしい少女でした。信乃お姉ちゃーんって甘い声を出しながら……頃合いかと思いましたけど焦っていたのは事実ですね、今はともかく勿体ない事をしました」
一体彼女は何をしたんでしょう?
美月は気になりますが聞きたくはないと思い視線を外へと向けます。
横では姫川と吉沢の喧嘩が始まっていますが、殴る蹴るなどの暴力には出ていないようなので取りあえずは安心です。
窓の外から見える空は……綺麗ですが、もう人々にとっては恐怖の対象でしかありません。
空を見ればいつ天使が攻めてくるのか怯えなければいけないからです。
ですが、美月は空が好きでした。
だからこそ、人の物ではなくなったそれを見つめました。
もし、人があの空を……そのはるか上を超える事が無かったら……自分は化け物と呼ばれなかったでしょう。
ですが、同時に母を助ける事は出来なかったのです。
母だけではありません美月が助けてきた人々はきっとそのまま息を引き取っていたでしょう。
だから、自分にその力をくれた空が好きなのです。