6話 恐怖を感じる少女
美月はどうやらミュータントとの適合率が高いとの事だ。
その影響で強力な魔法を使える反面、取り除けば死んでしまう。
その事実を知りショックを受けるのは美月だけではなかった……。
綾乃もまたショックを受けていたのだ……彼女の父はどうやら美月に助けられたという事だが……?
そして、彼女は天使に恨みがあるようだ……。
部屋の中から看護師と姫川綾乃が去った後……。
美月は一人、先程の看護師が残した言葉を繰り返し、思い出し考えていました。
自分が死ぬとはどういう事だろう? そんなはずはないはずです。
ミュータントを寄生させ死んだ人間はいます。
でも、適合に成功し摘出で死んだ人間は少ない。
手術のミスでそういった事例はある物のそれでも現代医学でなら90%を超える高確率で成功すると言われているのですから。
それでも医者に言わせれば10%の高確率で手術は失敗すると言いますが、そんなのは美月は知りません。
なんで? なんで……死ぬの?
こわい、怖いよ……。
美月は頭痛に苦しみながら、恐怖を抱き……その場で身を丸めました。
取り除けばと言う条件の事は頭に無かったのです……。
ただ死ぬかもしれない、その言葉だけが彼女を恐怖へと陥れていました。
それから暫くし……ノックの音と共に入ってきたのは初老の男性。
先程の看護師と一緒です。
ですが姫川綾乃の姿は見えませんでした。
流石に医者の邪魔になるとでも思ったのでしょうか?
彼女の判断は正しい物だとは思いますが、それでも美月は知り合いがいない事に少しの不安を感じました。
「さて、頭痛がするんだったね、話は聞いている……」
彼はそう言うと美月を起こし、まずは瞳を覗き込みます。
そしてうんうんと頷くと、何やらカルテを覗き込みました。
「吐き気は? 頭痛以外にめまいだとか、そう言った症状は?」
彼の言葉に首を横に振る美月。
激しい頭痛以外には目立った自覚症状が無かったのです。
「寄生虫が原因とみても良いだろうね……ならこれを飲むと良い」
彼はそう言って一つの薬を取り出しました。
カプセル状のそれを受け取った美月は首を傾げます。
すると医師は柔らかな笑みを浮かべて答えました。
「実はミュータントによる頭痛は適合者に稀に起きる症状みたいでね、この薬を飲めば大人しくなる」
促されるまま、美月はその薬を飲み込みます。
飲んだ後に変な薬じゃないだろうか? などと考えましたがもう遅いです。
「さて、後は水分を取ってしっかり休んでくれ」
ですが美月の不安を余所にお医者さんは仕事は終わりとばかりに立ちあがり部屋の外へと向かっていきます。
「おっと、そうだった……」
何かを思い出したように医者はついて来ていた看護師に目を向けると……。
「吉沢君、彼女の事を見ていてくれ、変化があればすぐに呼ぶように……」
「はい、わかりました」
看護師は医師の言葉に頷き答えました。
そして、彼はそれを聞いた後……。
「夜空美月ちゃん、だったね……彼女の名前は吉沢信乃、何かあったら彼女に言うと良い」
そう微笑みながら部屋を後にするのでした。
いきなり看護師さんと二人きりにされた美月は戸惑います。
ですが、相手はそうではないようで……。
「何か入用ですか?」
と問われ美月は首を横に振りました。
すると彼女は溜息をつき……。
「まだ頭痛が収まらないのですよね、ならしっかり休んでおいた方が良いですよ」
微笑む彼女は先程姫川綾乃と一緒に居た時よりもどこか柔らかな印象でした。
「は、はい……」
だからでしょう、美月は素直に頷くとベッドへと横になります。
相変わらずズキズキと頭は痛いですが、先程よりは大分マシになっていました。
それだけでも良かった……美月はそう思いながらゆっくりと眠りにつこうとするのでした。
ですが、美月はすぐには寝れないのでした……。
「本当にこんな可愛らしい女の子が?」
吉沢信乃はそう口にするとベッドの横に椅子を置き、美月の寝顔を見つめます。
余程疲れていたのか、それとも安心したのか、薬が効いたのかは分かりませんが、すやすやと寝息を立てる美月は確かに可愛らしい寝顔でした。
いえ、元々髪が邪魔になっているだけで姫川が言うように髪型を少し変えるだけで美人と言ってもいいのでしょう。
「ああ、こんな綺麗な黒髪……きっと和服が似合う、ああこの子の髪を今すぐ整えて服を着せたい……」
などと欲望を丸出しにした彼女は自分の身を抱きくねくねとし始めました。
誰かが見ていたら間違いなく変態だと言われるでしょう。
いえ、誰も見ていない状態でも十分変態です。
「出来る事ならこんな妹が欲しかった、なんで私は一人なのか、神様……いえ、悪魔様は本当に……役立たずだ」
今度は憤る彼女でしたが、一通り興奮し終わったのでしょう。
すっと綺麗に立ち、息を整えると真面目な表情へと変わります。
「……バイタルや容体の変化があった時は大変ですね……一応用意だけは済ませておきましょう」
そう言って部屋の外へと何かを取りに行く看護師吉沢信乃。
彼女が去っていったところで美月は狸寝入りをやめ、ゆっくりと瞼を持ち上げ自身の身体を抱き震え始めました。
収まらない頭痛よりも恐怖を感じたからです。
「…………あ、あの人……怖い……」
得体のしれない恐怖を感じた彼女はその時初めて願いました。
「姫川さん、何処に……居るの?」
何処かに行ってしまったクラスメイトがひょっこりと部屋に現れてくれることを……。
ですが現実はそう優しくありません。
カツカツカツと言う音が聞こえ、美月は慌てて再び狸寝入りをします。
扉が開くと共に入ってきたのは恐らく姫川綾乃ではないでしょう。
「さ、これをここに置いて……」
さっきの人だ!! 美月は声で気が付くと不自然にならない様寝息を立てるふりをしました。
「寝顔をたっぷりと……」
怪しい声と共に近づく足跡……そして、突然聞こえ始めたのはシャッター音。
盗撮だ! そう思うも彼女は恐ろしくて起きる事が出来ず……吉沢の気が済むまでその寝顔を写真に収め続けられるのでした。