51話 目覚めを待つ少女
今度こそ守るために力を使う。
そう決意した少女夜空美月。
だが、彼女の決意は非常に危ういものだった……。
そして、彼女を襲う陰口……それによって決意は揺らぐのだった。
美月は自分がなんのために戦うのか分からなくなりました。
ですが、それからの数日間も訓練を続けて行きました。
一つずつ丁寧に……何度も、何度も……。
そんなある日の事です。
「おい! お嬢ちゃん!」
伊逹に呼び止められ、美月は振り返ります。
すると彼は少し嬉しそうな表情を浮かべているのが分かりました。
怖そうな彼ですが、この数日で表情が良く変わっている事に美月は気が付いていたのです。
口元が少し上がるのが嬉しい時の表情です。
「どうしたんですか?」
美月が訪ねると彼は――。
「綾乃の奴が目を覚ました。今日の訓練は切り上げて行ってやれ、走るなよ?」
「本当ですか?」
美月は確かめるように彼へと尋ねると彼は嬉しそうな表情のまま頷きます。
すると美月の表情も明るくなり、思わず走り始め……。
「走るな! 余計な心配されるぞ!!」
「っ!?」
怒鳴られてしまい、思わず身をすくませた彼女はゆっくりと歩き始めます。
ですが、気持ちを抑えきれないのでしょう、徐々に早足になり再び走ってしまいました。
走ったら苦しくなる。
そんな事は当然、頭の中にありました。
だから、走らない方が良い……そんな事も分かっています。
走ってしまえばいずれ自分の身体が壊れてしまうのではないか?
そんな不安も美月はありました。
ですが、そんな事よりも……。
早く綾乃の元に行き謝りたい。
そんな感情の方が先だったのです。
ごめんなさい……急にイービルを降りる事になってっと……。
本来ならあの場に自分が居るはずだったのにと……。
そして、折角戦わずに済ませてくれたのにと……。
謝りたい事は一杯ありました。
ですが……。
「あ……綾、乃ちゃ……っけほ!?」
医務室へと辿り着いた彼女は扉を開けて彼女の名前を呼ぶと同時にぐらりと揺れます。
走り過ぎた……そう気が付いた時には遅く、その場に倒れてしまいました。
「美月……?」
名前を呼ばれ、美月はぜぇぜぇと息をきらし……ゆっくりと立ちあがります。
そこにはベッドの上で横たわる少女が身を乗り出し彼女を心配そうに見下ろしていました。
美月は苦し気な顔を無理やりでも笑顔に変えると……。
先程まで考えていたことなど忘れ……。
「良かった、良かった……」
大粒の涙を流し始めます。
そして――。
「ごめんなさい……ごめん、なさい」
最早何に謝っているのか分からなかったのですが、それでも謝らなきゃという事だけは覚えていたのでしょう。
美月はゆっくりと彼女へと近づきそう伝えます。
「何謝ってるの? というかまた走ったっしょ? 駄目だよ……」
綾乃はそんな彼女に対し優しい声でそう注意をしてくれました。
まだ、弱々しい声でしたが、それで美月は十分でした。
大声を上げ泣き始めた彼女をあやすように頭を撫でる綾乃。
「っていうかさー、折角戦わないようにしたのに、美月……怪我無い? 怖くなかった?」
怒られても当然だ。
いや、もしかしたら怒っていたかもしれないが、泣きわめく美月に圧倒されてしまったのか、綾乃の声は優しい物でした。
美月は何とか首を縦に振ると綾乃は――。
「でも、出撃命令無かったっしょ? 処罰は?」
「イービルから降りるなって……」
それはもう戦いから逃げるなと言われている事と同じです。
綾乃は一瞬顔をこわばらせましたが、すぐに表情をやわらげ……。
「そっか、じゃぁアタシが守ってあげるから」
「駄目!!」
彼女の言葉に美月はすぐに反論しました。
その声は美月にしてはやけに大きく、綾乃は目を丸め驚きます。
「綾乃ちゃん死にかけたんだよ!? もし、間に合わなかったら……死んでたんだよ!?」
守ってもらう……それはとても嬉しい事でした。
ですが、美月の目の前にはいつもの元気が無い少女がそこに居ます。
「なんで? ねぇ……なんで、逃げなかったの?」
いくらイービルが動かない状況でも逃げる手段はあります。
なのに……綾乃はそうしませんでした。
その事を疑問に思った彼女は綾乃に尋ねます。
すると……。
「逃げる必要ないっしょ? だって……近づいて来れば攻撃できるし、こっちが動かないって分れば狙撃だってされないよ」
それはあまりにも無謀な策……美月は呆然としてしまいました。
「倒すつもり……だったの!?」
笑いながら頷く綾乃。
それに対し美月はふつふつと沸く感情があり、抑えきれなくなった彼女は――。
パンッっと綾乃の頬を叩きました。
音が鳴るだけで決して痛くも無いものでしたが、美月にはたかれるとは思わなかったのでしょう綾乃は固まってしまい。
「怖かった……怖かったんだよ? 伊逹さんだって心配してた! なのに……なんでそんな危ないことするの?」
美月は感情のままに泣き、叫びます。
思い浮かんだ言葉をそのまま綾乃へと投げつけるのでした。




