42話 戦いを辞めた少女
恐怖。
それを知ってしまった美月は戦う意志を失ってしまった。
しっかりしてというリンチュンの言葉に彼女はどう答えて良いのか分からなかったのだ。
そして、そんな彼女を見て綾乃は「もう戦わなくていい」と告げるのだった。
それからすぐ……綾乃は美月の部屋を去って行きました。
数日して、美月は戦闘続行不可能と判断され施設の専属魔法使いとして働くことになりました。
結果としてマナ・イービルを動かせる者は居なくなってしまいました。
それは絶望を感じる事でもあり、施設の者達は不安を感じた人もいたでしょう。
ですが、誰も美月を責める者は居なかったのです。
心の中ではなんて言っているかは分かりません。
もしかしたら、美月を責める人もいたかもしれません……。
ですが、誰も美月を責めてこないのです。
彼女は良く戦ってくれた……という人は居ても、たったの2回の出撃で駄目になったという人は居ないのです。
当然です。
誰もが天使との戦いに恐怖を感じていました。
誰もが戦いから降りたいと思っていました。
天使に恨みはあれど、恐怖がぬぐえる訳がありません。
実際に一回の戦闘で恐怖に負けた者も居ます……。
だからこそ、彼らは責められないのです。
まだ若い少女が戦いの先頭に立ち、戦場を駆ける。
嘗てのジャンヌダルクの様にその希望を一身に受けながら……。
普通ならその重荷で押しつぶされてしまうはずです。
だというのに彼女はそれを知りつつも出撃した……そして、死という恐怖と対面してしまった。
もし自分なら? そう自問する者は多かったのでしょう。
だからこそ、彼女は責められず……。
「…………それで、血圧のはかり方はこうだ。空気を送る管ここにあるだろう? これを肘の内側に」
「…………」
バイタルチェックの方法を医師より丁寧に教えられる美月。
そう、彼女は有事の時以外はそこで兵達の健康状態を見る仕事に移る事になったのです。
有事の時はいざとなれば回復の魔法で兵を治せる。
それは医師や兵達にも安心感が生まれる事でもありました。
施設から出てしまえば、逃亡兵として叩かれるかもしれません。
ですが、施設にさえいればいい訳が出来る。
そういうことなのでしょう。
「美月、大丈夫?」
綾乃は美月に付き添いながら話を一緒に聞いていました。
その場にリンチュンは居ません……美月が悪魔乗りをやめたその日から顔を見せてくれなくなってしまったのです。
「大丈夫……」
「いや、顔青いって……」
綾乃は美月の顔色を見て、心配そうに顔を歪めます。
すると一人の女性は舌打ちをしてきました。
「貴女が居るから、嫌なんじゃないでしょうか?」
「吉沢君?」
「失礼しました」
心無い言葉に名前を呼ぶことで注意をする医師。
信乃は美月の方をチラチラと見ています、ですが流石の信乃も医師の前では本性は押さえている様でした。
ですが、美月を心配する様子は本心の様で……。
「夜空さん……まだ休んだ方が良いのではないでしょうか?」
信乃はそう言うと……医師の方へと目を向けます。
「精神的な物だ、一人で居るよりも何かしていた方が気が紛れるだろう」
彼はそう言うと美月はゆっくりと首を縦に振りました。
「美月無理だけはだめだよ?」
綾乃の言葉にも首を縦に振る美月。
そして、彼女は不安を感じたのか綾乃の服を掴みました。
彼女を頼ろうとするのはここに来てから綾乃と過ごす時間が多くなったことが理由でしょう。
美月は綾乃の傍に安堵を感じておりました。
ですが……同時に不安も感じておりました。
何故なら美月は魔法使いとしてここに残る事になりましたが、綾乃は変わらず兵士です。
天使が現れた出撃をし戦わなければなりません。
そうなれば当然……。
あの時は嘘だったって聞いたけど、もし、今度天使に……天使に襲われたら。
もう二度と……。
目を覚まさないかもしれない。
そう思うと不安と恐怖か彼女を締め付けます。
「綾乃さん」
そんな彼女の気持ちを知っているのかは分かりませんでした。
ですが、信乃は突然綾乃の名前を呼ぶと……。
「貴女も仕事があるはずです」
「そ、そうだね」
一言忠告を告げます。
綾乃はそれに対しては反論できないと考えたのか頷きました。
そして、彼女は美月の手を取り……。
「ごめん、訓練があるから……美月は此処でしっかり頑張ってね!」
「あ……」
走り去っていく綾乃。
追いかけようにも美月にはそれが出来ませんでした。
その理由は簡単です。
私は綾乃ちゃんに希望……って言われたのに……。
選んで貰ったのに……裏切って……。
罪悪感……そう、美月は綾乃に対し罪悪感も感じていました。
だからこそ、追いかける事も出来ず。
ただただ、扉の奥へと消えて行った背中を見ている事しか出来ませんでした。
美月は涙をその瞳に溜め、その場に座り込みます。
不安で不安で仕方がないのです。
自分が死ぬのが怖いと思ったのは事実、ですがやはり人に死なれるのが、傷つかれるのが嫌なのです。
だというのに……自分ではそれが一番怖いというのが分かっているのに恐怖は美月を縛り付けました。
「ぅ……ぅぅ……」
声を押し殺し泣き始めた少女を気遣う様に寄り添う信乃。
流石にこの時ばかりは心から心配しているのでしょう。
「さ、お仕事を覚えましょう」
と優しい声で言ってくれました。




