29話 少女を負う少女
食堂で話す三人の少女。
ですが、その話の内容はファッションや恋愛話ではなく……。
イービルでの戦闘の話をしていた。
そんな中、天使の襲撃が伝えられ……?
綾乃に背負われた美月は暫く進んだ所で目の前にリンチュンがいる事に気が付きます。
彼女は走ったからでしょう、壁に手を付き、苦しそうにしています。
足取りは飛び出していった時とは違い、たどたどしいものに変わっており、ゆっくり、ゆっくりと……それでも格納庫へと向かっていきます。
「リンちゃん!」
綾乃が彼女を呼ぶとリンチュンは振り返りました。
ですが、その顔は先程までとは違い、とても苦しそうです。
大きな胸に手を当てるだけではなく握り絞めるように服を掴んでいました。
「走るからだって!!」
それは以前、美月も言われた言葉でした。
美月達魔法使いは寄生虫ミュータントの影響で体力が著しく落ちています。
その所為で常人であれば決して疲れない距離でも疲労、いえ、それ以上の苦しみが彼女達を襲うのです。
呼吸困難になった者が死んだという報告もありました。
ですから綾乃は心配をするのでしょう。
ですが、美月達にはその危機感が無いのです……なぜなら美月達も元々は普通の人。
走ったり運動をしたりすることは出来ました。
それぞれ、得意だったり不得意だったりはしましたが、今ほどは疲れなかったのです。
それだけではありません、ミュータントを寄生させた人によっては体力の落ちる速さが違うのです。
研究の結果から分かったのは子供の内だと遅く、大人だと早いという事が分かっていました。
そして、美月もリンチュンもミュータント寄生手術を受けたのは子供の頃。
だからこそ、その落とし穴にはまってしまうのです。
「で、げほっ……も……」
「でもも、こうも無いでしょ!? もう此処で良いからしっかり休んでおきなよ!!」
綾乃はそう言うと、背中に乗る美月に目を向けます。
「ここなら格納庫近いし、歩いて行けるでしょ? 走ったらだめだからね!!」
美月にそう忠告をすると腰を下ろした綾乃……。
「うん、ありがとう……綾乃ちゃん」
彼女に礼を告げた後、美月はリンチュンへと目を向けます。
「しっかり……休んで……ね?」
そう口にした後、美月は急ごうと足に力を籠めます。
すると――。
「走らない!!」
「ひぅ!?」
綾乃の声が飛び、美月は思わず身を縮ませました。
「ご……ごご、ごめん……な、さい」
美月は謝りつつ、彼女に言われた通り走らないで歩いて格納庫へと向かうのでした。
格納庫へと辿り着いた美月は周りの人達から驚かれます。
「は、速かったな?」
「あ…………あの、綾乃ちゃんが……背負って……」
まだ綾乃達意外との会話になれない美月はしどろもどろになってしまいますが、彼らは気にした様子もなく微笑むと……。
「あはははは! そうか、そうか……とにかく機体はもう準備出来てる。乗り込んでくれ」
頷いた美月は自身の機体であるマナ・イービルの元へと向かいます。
冷たい金属でできたはずの灰色の悪魔。
それへと触れると何故か暖かさを感じるのはきっと、その機体のお蔭で助けられた命があると実感がわいているからでしょう。
美月はコクピットへと入り込むと最早慣れた作業を丁寧に、丁寧にこなしていきます。
そして、ハッチを閉じ、オーブへと手を乗せます。
機体は美月の意志に答えるかのように振動し、起動します。
何も問題はありません……ですが……。
「あ、ああの……新谷さん……は?」
そう、問題があるのは新谷の方です。
彼の機体は今は修理中、そんなに簡単に治るほど物資に余裕がある訳ではありません。
「ああ、あいつなら、あれだ……」
そう言ってスタッフが指を向けた方向へと美月は顔を向けます。
そこにあったのは信じられない物でした。
「……嘘…………」
美月が思わず口に出したものそれは……。
ただの戦闘機。
以前は主力としても使われたそれは今となっては時代遅れの兵器です。
むしろ、それで戦える訳がありません。
「大丈夫だって、イービルが無い時はあれで奴は飛んでたんだ! 問題ない」
「………………」
そうは言ってもただの戦闘機とイービルでは機体の性能が離れすぎています。
更には天使との戦いとなれば一撃でも貰ったら最後でしょう。
『大丈夫だ、夜空ちゃん、そいつの言ってる通り、僕にはこれ十分だ』
そんな声が聞こえましたが、美月はただただ呆然としてしまうのでした。
そんな中、無情にも発信命令が下されます。
『それじゃ新谷彰人……コピス出るぞ!!』
機体が変わっても名称は変わらないんでしょうか? それとも元々その戦闘機の名前がコピスだったのでしょうか? 美月はそんな事を一瞬考えますが……。
彼が先に出撃してしまった事に焦ってしまいます。
『マナ・イービル発信準備完了、合図をどうぞ』
そして……。
「あ、あの……夜空、美月……ジャンヌダルク、行きます……っ」
彼女の声を合図にぐんっと動き出すイービル。
以前の時とは違い、今度は何が起きるかは分かっています……ですが……。
「き、きゃぁぁあぁぁぁああああ!?」
それでも出撃の際の衝撃は美月の悲鳴を呼び……それを聞くスタッフ達は揃って苦笑いを浮かべました。




