28話 友達を得た少女
訓練とはいえ、綾乃の戦い方に不安を覚える美月。
それは新谷も同じだったようだ。
彼に注意をされた綾乃は頭を冷やしてくると言い去って行く。
美月は彼女を追いかけ……話すと、美月の中で彼女に対する感情が変わったのだった。
美月が姫川の事を綾乃と呼んだ数日後……。
「綾乃ちゃん、また前に出過ぎだ!!」
シュミレーターの最中、新谷の声が響き渡ります。
「うっさいなぁ!!」
その言葉に綾乃は心底嫌そうな顔を浮かべました。
「あ、綾乃ちゃん……」
そんな彼女の名前を呼ぶのは美月です。
すると綾乃は少し顔を赤らめ……。
「…………」
黙り込んでしまいましたが、同時に後ろへと下がり銃を構えます。
「そうだ! それで良い!!」
新谷の嬉しそうな声が聞こえましたが、綾乃はそれには答えません。
代わりに……。
「美月がまた心配するから……」
などと独り言を口にします。
一口にシュミレーターと言っても実戦を元にしており危険な物です。
事実、これまでも事故は何度も起きてきました。
ですが、そうしなければならない理由は……それほど、天使との戦いは厳しい物……練習はかかせないのです。
今日の訓練が終わり、女の子三人が集まった食堂。
彼女達を囲う様に座る男達の中、三人は他愛のない会話をします。
こんなご時世、施設でなければきっとその会話にはファッションだとか、誰が誰を好きだとか……そんな会話もあったのでしょう。
ですが……。
「それでさ、やっぱり武器はおっきい方が良いと思うでしょ!?」
「そうかなー? 己の肉体だけで戦うのはかっこいいよ!」
綾乃とリンチュンは物騒ではありましたが、そんな事を話しています。
美月は二人の話を聞きながらどこか楽しそうに食事を取っていました。
すると――。
「「美月はどう思う?」」
と質問をされ、ビックリした美月は考えます。
「えっと……お父さんが残してくれた……DVDにジェッキーの映画……あったよ? あれ凄いね? 武器とかなくてもその場で……」
見当違いの回答に瞳を丸くする二人でしたが、すぐに笑顔へと変わりました。
美月は首を傾げるのですが……二人は特に気にした様子もなく。
「そうだね! ジェッキーってすごいよね! 椅子とかテーブルとかその場にある物使うし……普通出来ないよ!」
綾乃は話に乗り始めます。
ジェッキーとは中国を代表するスター俳優でした。
なんでもその前の代表スターが天高く蹴り上げるから、自分は地を這うように蹴る! と言ったらしく、その特徴は映画の中でも活かされていました。
今では映画のような娯楽は少なくなっていました。
ですが運が良かったのでしょう美月は言った通り、家にあった物を興味本位で見てみたのですが……。
その映画俳優は凄いと素直に感心するほどの人でした。
「あの人は別格! 子供の時から才能あったんだ! なんでも大人顔負けの酔拳を披露していたって!」
「酔拳? 子供なのにお酒飲んでたの?」
美月の言葉にリンチュンはころころと笑います。
「まさか! 映画では飲むけど実際には酔ったふりをするの! 酔えば酔うほど! なんて言ってるけど実際には違うんだよ」
自分の国のスターの話をされて嬉しいのでしょう、リンチュンはそう教えてくれました。
「だったら、ジェッキーがイービルに乗ったら強いんじゃ?」
確かにその俳優は今も活躍中です。
なら、実際に実力のある人が戦えば心強い……綾乃はそう思ったのですが……。
対し、リンチュンは首を横に振りました。
「凄いけど、斉天大聖はマナ・イービル……普通のイービルじゃ功夫使えないよ。使えたらきっと天使なんて!!」
興奮したらしいリンチュンは立ち上がり、拳法の型を取ります。
それはやけにうまく……。
「リンちゃんも上手いんだね」
美月は感心し、そう言葉にしました。
するとリンチュンは顔を真っ赤にし……。
「うん……」
そう答えますが、その顔は何処か悲しげでした。
どうしたんだろう? 美月は気になるのですが、まだ出会って間もない自分達では聞かれたくない事もあるでしょう。
どう声をかけたら良いのか分からなかったのです。
「えへへ」
そんな空気を察したのか、それともただ自分を納得させるためなのかリンチュンは可愛らしい笑みを浮かべました。
その笑顔は何処か苦しく……美月の胸を締め付けます。
「あ……えと……」
ごめんなさい、そう言おうと思って美月は戸惑いました。
謝ってしまったら更に傷つけるのではないか? そう考えたからです。
少なくとも功夫の事でリンチュンに何かある事は分かります。
そして、流れるような動き……きっと彼女は魔法使いになる前は功夫を習っていたのでしょう。
言葉を迷っていると、綾乃が口を開きます。
その瞬間――。
『――!! ――!!』
施設の中に警報が鳴り響きました。
すると周りの人々は顔を引き締め耳を澄ませます。
『天使襲来……繰り返します天使襲来、場所は関東北東部01、悪魔乗りである二名、新谷彰人と夜空美月は発信準備を』
それは天使が襲ってきた事を現す警報です。
ですが、美月は疑問に思いました。
綾乃が乗るはずのナルカミはまだ見た事がありません、ですから彼女が呼ばれないのはまだ納得できます。
リンチュンは日本では大事な客人、いくら機体があろうと出撃を避けたのでしょう。
ですが新谷彰人は違います。
「新谷さんの機体って……」
「まだ修理終わってないよね?」
そう、彼の乗るイービル、コピスと名付けられている機体は前回の戦闘で損傷をし、まだ修理がすんでいません。
「じゃぁメイユエ一人って事!? 私も行くよ!」
リンチュンは机を叩くと小走りで部屋の外へと向かいます。
「ちょ!? リンちゃん!? 走ったら駄目だって!!」
綾乃は魔法使いで身体が弱い彼女を気遣い声をあげます。
リンチュンが元々功夫を習っていたとしても今は魔法使い、彼女に体力がある訳が無いのです。
それが寄生虫ミュータントを受け入れた人の宿命です。
「あ、綾乃ちゃん!」
「ああもう!! ほら美月! 背負って行ってあげるから乗って!!」
心配する美月の声に大きく溜息をつく綾乃は背を向けてきました。
ですが、いきなり背負ってあげると言われても美月は困惑してしまうだけで……。
「ほら! 早く!! リンちゃん止めないと!!」
「う、うん!」
急かす綾乃の声に頷いた美月は彼女の背に身を預けるのでした。




