25話 新たな悪魔と出会う少女
ハンガーへと訪れた美月達。
そこには新谷も居て、彼はどうやらリンチュンの胸に見とれていた様だ。
彼は当然、軽蔑の瞳で見られることになるのだが……。
新谷に助けを求められるように見つめられましたが、おろおろとしている美月では現状をどうにか出来る訳がありません。
ため息をついた彼女は自身のイービルへと目を向けます。
「…………」
それは彼女が戦うと言う意志を示した象徴です。
ゆっくりとそれへと近づいた彼女は機体を撫でました。
金属でできているそれは当然冷たいはずです。
ですが、不思議と美月は暖かいと感じました。
ジャンヌダルク……フランスの英雄で神様の声を聞いて人々に希望を与えて導いた人。
私がそう呼ばれるのはおかしいと思う、でも……この子は希望だって言われてた。
なら、姫川さんが言うようにこの子がジャンヌダルクって名前なのは正しいのかもしれない。
「美月ちゃん?」
そんな事を考えていると新谷に名前を呼ばれた彼女は振り返ります。
すると美月の視界の前には綾乃が入って来て。
「ちょっとー美月に変な視線向けないでほしいんだけどっ!」
「いや、そうじゃなくて!!」
二人のやり取りはどこかおかしく、美月はくすりと笑みをこぼします。
「メイユエ何がおかしいの?」
「ううん、なんでもない、よ」
彼女の日常は一瞬にして無くなってしまいました。
しかし、新たな日常はやってきます。
イービルに関する授業や訓練、一般教養とせわしない毎日になってしまいました。
ですが、それでも美月は満足しています。
前回の戦いで、このまま天使が引いてくれれば良い、なんてことを考えますが……それは敵わないでしょう。
何故わかるのか? それは簡単です。
確かに日本……美月たちの住む地域では以前の襲撃の後は天使の襲撃は今の所ありません。
ですが、今この時に他の地方や国ではあるのです。
いずれここにも来るはずです。
その時には以前よりももっとうまくやらないと……。
美月に芽生えていた感情は誰かを守る為に戦う。
それから生まれた物です。
灰色の悪魔から目を離した彼女はハンガーにある黒い悪魔たちへと目を向けます。
「……あれ?」
その中で見慣れない真っ赤なイービルがあるのに気が付きました。
「どうしたの?」
綾乃は美月の小さな声に気が付いたのでしょう、美月に問います。
すると美月はそれへと指を向けました。
「あれ見た事ない……。あれが……ナルカミ?」
以前聞いた事のある機体の名前を尋ねる美月でしたが、綾乃は首を横に振りました。
「違うよ、私のは赤くない」
そう、ナルカミとは綾乃が乗る予定の機体です。
あの時パイロットが用意できなかったのはナルカミは普通のイービルではありますが、専用機であり、綾乃の癖がインプットされているからです。
そのナルカミはこのハンガーにはあるはずですが、美月は未だに見た事が無いのです。
だからこそ、見慣れない赤い機体をナルカミだと思ったのですが、あっさりと否定されてしまいました。
「あれは斉天大聖! 私のイービルだよ!」
笑みを浮かべて答えたのはリンチュンです。
彼女はぱたぱたと美月の見ている赤いイービルへと近づきます。
すると手を広げ――どうやらアピールをしている様です。
ですが、そんな赤いイービル……斉天大聖を見て綾乃は疑問を感じました。
「武器は?」
そう、武器が無いのです。
通常ハンガーにはイービル、その隣にイービルの武装が置いてあります。
事実、美月のマナ・イービルの横には対天使用大型アサルトライフルと鋼鉄製ブレイバーが設置されていました。
なのに赤いイービルの横には何もないのです。
美月も首を傾げていると一人きょとんとした様子のリンチュンは答えてくれました。
「無いよ?」
「「無い!?」」
思わず美月もビックリしてしまう事をケロっと言ったリンチュンですが、その後の説明は新谷がしてくれました。
「実はあの赤い機体は――」
「斉天大聖!」
「せ、斉天大聖は功夫で戦うんだよ」
なるほどっと納得しかけた二人でしたが「ん?」と首を傾げます。
イービルは揺れを軽減する為に背骨を作り、頭部にあるコクピット周りも気を使っています。
そんな機体で功夫なんかを使ったら、一瞬で死ぬことは間違いないでしょう。
なのにそれが出来る機体と言うのが不自然なのです。
「美月ちゃんが使ったプロテクションフィールドだったけ? あれとは違うけどプロテクトヴェールと言うのが常時発動している、それのお蔭で機体の強度やコクピットの揺れの軽減をしているらしい」
彼は説明を続け、リンチュンはうんうんと頷きます。
確かに美月の使ったあの魔法を使って敵を殴れば強いかもしれません。
何せ天使の攻撃を防いだ程の防御壁です。
美月はいざという時にはそういう手も使えるかもしれないと考えました。
「なるほどー攻撃は最大の防御って事ねー……」
綾乃も思わず、ほえーと言う様に感想を口にしました。
「因みにだけど美月ちゃんのプロテクションフィールドじゃ同じ真似は出来ない」
「なんで……ですか?」
美月が疑問を新谷に伝えると彼は答えてくれました。
「訓練の結果分かった事だ、あれには制限時間がある上に強力な盾を発生させるのは前方だけ、つまり後方の攻撃には無防備なんだ……」
「プロテクトヴェールは絶対に攻撃を防げる訳じゃないよ、けど! 全身を包むの!」
リンチュンと新谷の説明に二人は感心しました。
「つまり、条件はあるけど守るなら美月の魔法、それよりも防御面では劣っちゃうけど、攻撃にも生かせるのがリンちゃんのって事か……だから微妙に名前が違うんだねー」
綾乃がそう言うとリンチュンはやけに嬉しそうに頷きます。
「そう! リンのはそう!」
どうやら仇名で呼ばれた事が嬉しかったのでしょう、ぴょんぴょんと飛び跳ねるリンチュン。
当然……新谷はそれを見てしまい、顔は歪んで行きます。
「……新谷さん、最低です」
そんな鼻の下を伸ばしている彼を見て美月はぼそりと呟きました。




