25話 帰りを待つ戦乙女
フローレンスが敵の本拠地を調べ始めてから早くも一週間がたちました。
美月たちは当然、ただのんびりと過ごしていたわけではないのです。
天使との戦いは当然なものとして、それを想定した訓練なども行っていました。
だが、肝心の情報はまだ来ていなかったのです。
いや、むしろ……。
「フローレンスは無事なんですか?」
名付けた香奈は彼女の安否を気にしていました。
だが、それに対し司は「大丈夫」とだけ返します。
「連絡はとれている」
「なら、お願いします。私も――!」
「それはできない」
なんで! 香奈は食い掛ろうとしそれを抑えました。
今彼に何を言っても無駄だと知っていたからです。
確かに彼は日本のイービル支部その最高長といっても良いでしょう。
だからこそ、下っ端ではなくとも意見が通るわけがないのです。
ある程度の願いは聞き入れてもらえる自信はありました。
ですが、今回の件は下手をすれば命にかかわることです。
なら、彼が取る行動はおのずと理解できました。
美月たちの安全確保です。
悪魔乗りは貴重ではなくなりました。
ですが、天使に対抗できる存在は今でも貴重です。
それも日本が誇る2体のイービル。
その片方に乗る少女なら守って当然でしょう。
だからこそ、香奈は何も言えなかったのです。
そして、今回こそ勝手に出撃することもできないことも理解していました。
してしまえば何かあった時、仲間に迷惑をかけるどころか負けてしまう可能性もあります。
以前は仲間がいたからこそ協力できたからこそ勝てたようなものなのです。
ですが、心配じゃないというのは無理でした。
「なんで、なんで女の子を一人行かせたんですか!!」
司はたった一人で向かわせたとは言ってません。
ですが、そうとしか思えず美月は叫ぶように訴えます。
「……その方が行動しやすいからだ」
「ちょ、ちょっと待ってお父さん! 本当に一人で行かせたの!?」
その言葉に驚いた様子だったのは部屋へと入ってきた少女、綾乃です。
彼女は自身の父に詰め寄るようにするとつかみかからん勢いでそう尋ねました。
「さすがは死神……人の命を奪う事だけは有能だな」
そして、彼女と一緒だったらしいクラリッサは苛立った様子を隠すことなくそう言うと美月の傍へとより……。
「行くぞ」
「え?」
ただ一言を告げるのです。
「犬、お前もだ」
「はぁ!?」
クラリッサは相変わらず乱暴な口調でした。
ですが、そんな中でもどうやら綾乃は駄犬、負け犬から犬へと繰り上がったようです。
「どこに行くつもりだ?」
「貴様に言う必要があるのか?」
彼女はこの支部に居ますが、所属はアメリカ。
ましてやそのマナイービル部隊の隊長でもありました。
「確かにね、だがその子たちは日本支部の兵だ」
「……ほう? そうだな、それは確かにそうだ……だが、貴様の起こしたことで二人が集中できんのでは世界の存亡に関わる。教官として当然の行動をするだけだ」
彼女はそう言うと勝ち誇ったかのように腕を組み……。
「貴様を含め他国の者達は私に言ったな? 要の悪魔乗り達、その育成方針はすべて任せると……つまりこれは訓練の一環にもなる。集中できんのではいくら訓練しても無駄だからな」
「…………」
その言葉に司は初めて顔をゆがめた。
そう、彼女が言う事は間違いではなかったのだ。
だからこそ、何も言い返す事が出来なかった。
だが、それは同時に……。
「クラリッサ……さん?」
「へぇ……今回ばかりは良い人じゃん」
「くだらないことを言ってる場合か? ほかの魔法使いたちも連れて行く……生身での戦闘になるかもしれんからな……」
覚悟をしておけ!
そう彼女に言われ二人は同時に頷きました。
そして、クラリッサの後につき、部屋を去ります。
美月はその去り際に後ろへと目を向けましたが、そこには能面のような表情の司がおり、慌てて前へと向き直りました。
初めて彼に恐怖を感じたのです。
なんであんな顔を……。
感情のない表情。
彼はいったい何を考えているのでしょうか?
美月は思わず歩みを進めるのを緩めてしまいました。
「こい!」
クラリッサに手を引かれ美月はびくりと体を震わせます。
「奴は死神だ……これ以上深くかかわるな」
「そう言ってもアタシの親なんだけど?」
彼女の言葉に頬を膨らませたのは綾乃です。
「分かっている……だが、それでもだ……」
綾乃には申し訳なさそうに口にしたのですが……当然綾乃は納得できてはいないようでした。
それもそうでしょう……綾乃にとって司はたった一人の肉親です。
ですが、美月は彼女の言葉が妙に納得できてしまいました。
先ほどの表情……能面のような顔はなぜか死神……クラリッサが口にした言葉が似合うような気がしたのです。
「…………」
だからこそ美月は彼女に対し何も言えず……ただただ黙り込むことしかできませんでした。




