13話 友の目覚めを待つ戦乙女
綾乃が倒れてしまってベッドへと寝かせる美月たち。
すると信乃は小さな声で――。
「ようやく本当に笑えるんですね」
と口にしました。
それは綾乃に向けられた言葉なのでしょう。
どういう意味なのかは詳しくは知りません。
ですが唯一分かることと言えば、それは恐らく綾乃の兄に関することなのでしょう。
だからこそ、美月は何も言わずに眠る綾乃へと目を向けました。
「夜空さん」
「は、はい!?」
突然名前を呼ばれ美月は思わず体をびくりとさせ驚きます。
するとそこには優し気な顔の吉沢信乃が居ました。
彼女は綾乃の方へと目を向けると……。
「この子をお願いしますね? 無茶をすると思いますので……」
「そんなことさせません」
美月は彼女の言葉にそう答えます。
いえ、そうとしか答えられないのです。
何故なら彼女は美月にとってかけがえのない存在です。
いなくてはならないのです。
いえ、彼女だけではありません。
リンチュンやリーゼロッテ、クラリッサも誰も失いたくない。
そう思う中でもやはり綾乃は特別な存在です。
だからこそ、迷う必要などもありませんでした。
「そうですか、貴女もですよ?」
彼女はそう言うと東坂恵の方へと目を向けます。
すると彼女はすでに用意をしていた薬を美月へと手渡してくれました。
魔法使いのための……ヘモグロビン値を上昇させる薬です。
これさえあれば魔法も問題なく使えるでしょう。
ですが……。
「朝と夜の食事の後に飲んでください」
「はい」
薬である以上、守らなければならないことはあります。
それを無視して使った時、何が起きるかはわかりません。
すぐに何か起きるかもしれませんし起きないかもしれないのです。
「それと少しでも変だと思ったらすぐに報告を」
「わかってます」
薬によっては合わず筋肉を融解させることもあるとのことです。
そんな恐ろしいことになる前に対処はしなくてはなりません。
だからこそ美月は素直に頷くと綾乃の方へと目を向けると……。
「起きるまで居てもいいですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
綾乃が起きるまでその場に留まることにしたのでした。
暫くして目を覚ました綾乃の顔を覗き込む香奈。
すると綾乃は顔を赤らめ……。
「あぅあぅ……ぅぅ」
どうやら恥ずかしくて香奈の顔を直視する事が出来ないようです。
「あ、綾乃ちゃん?」
美月は彼女の反応につられ顔を赤くし……。
それを見た吉沢は怪しい笑みを浮かべ始めており……二人は彼女を見ると卑屈った笑みを浮かべます。
「あ、あの……吉沢さん?」
「信乃お姉ちゃん……」
「やはり女の子同士というのは良いですね……ああ、でも片方が化粧が濃いのがちょっと……」
そう言われると綾乃は頬を膨らませました。
「昔はこれぐらい普通だったっていうし!」
どうやら不満みたいです。
ですが、吉沢も不満なのでしょう……。
「昔はかわいらしかったのに……というか、肌痛むらしいですよ?」
「うぐっ!?」
化粧をすれば肌が痛むことがある。
それは美月も聞いたことがあります。
ですがそれでも昔は女性が化粧をする機会が多かったらしいです。
その理由は――。
「確か女性は化粧をするのがマナーって言われてたんだっけ?」
「そうですよ、まったく変なマナーです。男性はしないっていうのに女性だけ……」
そう不満を言っている彼女ですがどう見ても……。
「でも吉沢さんも化粧してますよね?」
「…………」
彼女の素朴な疑問は辺りを凍り付かせると……東坂恵は慌てたように美月の傍へと寄ってきます。
「い、言ったらだめだよ!?」
「え? でも……」
「ほら! 一応は人に顔を合わせるから……そう言って化粧してるから……ね?」
そういう物なんだ……そう思いつつも、確かに支給される生活物資の中に化粧品があることを思い出した美月。
ですが美月は化粧なんてしたことはありません。
いえ、正しくはあまりしていないと言ったほうが良いでしょう……。
「美月が卑怯すぎるだけだよ」
なぜか綾乃が恨めしそうにそう言い、美月はかわいらしく首をかしげるのでした。
すると彼女はまたもや顔を赤らめ……。
「アタシが男じゃないことを本当に悔しいと思う日だなぁ……」
「え? 女性同士のほうが良いんじゃないですか?」
吉沢の言葉に綾乃はため息をつくと……。
「信乃お姉ちゃんは黙ってて!」
と突っ込みを入れるのでした。
それを聞き信乃は不満そうな表情をするのですが……。
「さ、起きたのなら早くいってください? じゃないとほかの人も来ますよ?」
「そ、そうだった! お邪魔しました」
美月と綾乃は彼女の指摘に気が付き慌てて医務室を後にするのでした。




