62話 悪魔乗りではない少年
少年は瓦礫と化した街を走る。
慣れた道でした。
だから敵から隠れながらこの場を切り抜ける事は出来たのです。
手には柔らかい感触。
女の子の手ってこんなに柔らかいのか……? と思ってしまうほどでした。
そんな彼ははっとします。
彼女は魔法使い。
彼が秘かに思いを寄せていた同級生と同じ魔法使いなのです。
「やべ!?」
走らせてしまえばどうなるかぐらいは分かっていました。
ですが……。
「おい、大丈夫か!?」
彼が立ち止まって彼女を見ると彼女はきょとんとした顔で少年を見ていました。
地球人とほぼ変わらない少女は唯一違うと言えばその瞳の色。
まるで血のような赤なのです。
彼女は少年をジーっと見つめ、やがて口を開きます。
「ウキュー……ちきゅーじん?」
「うきゅー?」
最初に口にしていた言葉はやけに可愛らしく、少年は思わず繰り返してしまいます。
ですが、続いて出てきた地球人という言葉は分かり、慌てて首を振りました。
「ああ、ああ! そうだ、俺は地球人! でもお前は? 天使なのか? でも憎いって……」
彼女が地球人ではない事は分かっていました。
ですが、どうしてここに居るのかが分からなかったのです。
その為わざとアンゼルの名を口にしたのですが……。
その名を聞くと少女は表情を歪めました。
「あんぜる……あんぜる……にくい、壊さないと……」
恐らく少年に気を使っているのでしょう。
つたない日本語で喋る少女。
少年には嘘をついている様には見えませんでした。
「……これ、どうすんだよ」
少年は迷いました。
思わず連れて来てしまいましたが、少女を連れて来てしまったのは失敗でしたでしょうか?
ですが、思わず身体が動いてしまったのです。
思い出すと膝が笑い、動けない程だというのに……彼は彼女を助けてしまいました。
「?」
少女は首を傾げ、少年はそれを見てある少女を思い出します。
その少女は彼がひそかに思いを寄せる少女で……。
彼女は彼が怪我を負った時に魔法で助けてくれたのです。
とは言っても酷い怪我ではありませんでした。
それでも彼にとっては大きな出来事であり……。
何で夜空さんが? 似てるわけじゃない、雰囲気も違う。
もしかして俺、魔法を使ったからそう考えてるのか?
そう思いながら彼は飽きれた様に頭をかきます。
そして……。
「確か、この傍だよなイービルの支部」
もしかしたら彼女に会えるかもしれない。
そう思った彼は支部のある方へと目を向け――。
「なぁ、天使が憎いんだろ? なら良い所に連れてってやる」
彼女へとそう告げるのでした。
天使を無事撃墜した美月達はすぐに支部へと戻りました。
なにより、リンチュンの事が気がかりだったのです。
早く戻ってあれから変化が無いか確認したい。
そんな気持ちでした。
幸い襲撃場所が近くだという事ですぐにたどり着く事は出来ました。
機体から降りると伊逹達へのあいさつもそうそうに済ませ彼女達は走ります。
もう綾乃が美月へと走らない! と怒る事はしませんでした。
今は普通の人間と変わらないのです。
ですが、それでも彼女は心配なのでしょう。
時折、美月の方をチラチラと見ます。
美月はそれに気が付き、少し嬉しくも思いました。
何故なら心配してくれている事は分かっていたからです。
「えへへ……」
思わず笑みをこぼすと綾乃は慌てて視線を逸らします。
「ど、どうしたの?」
「なんでもない」
彼女の質問にそう答えた美月は笑みを浮かべ……。
「先に報告を済ませるんだよね?」
「うん、仕事だからね」
じれったい! そう言いたげな彼女の言葉に頷くのでした。
司令官の部屋へと入った美月達。
「という訳で、天使の撃破は成功しました」
早々に報告を済ませると――。
「すぐにリンちゃんの所に向かいます」
司令官である司にそう告げます。
二人の心情を把握しているらしい司は――。
「ああ、ご苦労さま。転ばないようにね」
それ以上は何も言う必要はないと言うかのように椅子に座りPCへと何かを入力し始めました。
二人は頭を下げ部屋から出るとすぐに走り始め、今度はリンチュンが待つ部屋へと向かうのでした。
その日は初の面会でした。
部屋ではなく、吉沢の仮眠室に泊まっているリンチュン。
それは彼女たっての希望だったらしいですが、そんな事は細かい事です。
「信乃お姉ちゃん!」
扉を開け吉沢の名前を呼ぶと彼女はどうやら診察中だったらしく、鋭い視線を綾乃へと向けます。
そして、ため息をつくと奥の部屋へと指を向けました。
二人は横を通り過ぎその部屋へと入るとベッドから起き上がっていたリンチュンを目にするのでした。




