37話 支えたい悪魔乗り
美月たちは未だに部屋から出てこないリンチュンの身を案じる。
薬さえできればという綾乃の言葉に美月はリンチュンが病気なのかと心配したが、どうやらそうではないようだ。
ヘモグロビン値を増やす薬……それが出来るのはいつになるのだろうか?
「バイタルは正常ですね」
美月はもう何度目かになるバイタルチェックを終え、ほっとします。
そして、医師である吉沢に……。
「あの……」
「シミュレーターには魔力を使わずとも魔法を再現できるような機能を付けています。もう訓練はしても大丈夫ですよ」
そう言うと美月はすこし複雑そうな表情を浮かべます。
魔力を使わずとも……つまり、魔法は使うなと言われているのですから……。
ですが、彼女がそう言いたくなるのも仕方がないでしょう。
美月は死にかけていたのですから……。
しかし、美月は自分の事は今はどうでも良かったのです。
このところバイタルに異常はなく、普通の人と変わりのない生活が出来ていたのです。
ですが……美月には気がかりなことがありました。
「リンちゃんは?」
そう、中国から来たマナ・イービルの悪魔乗りリンチュンの事です。
「まだ、部屋に閉じこもったままですね……食事はしている様ですが……」
一応生活が出来るぐらい充実している部屋。
食事はしているということから、そこは問題はないでしょう。
しかし……。
「そう、ですか……」
心の方はどうなのだろう?
美月は不安になりました。
彼女も美月にとっては友人の一人です。
そんな彼女が魔法に恐れ、閉じこもっているのです……。
「彼女の事は気になりますが、接触を避けられているので……」
申し訳なさそうに吉沢は表情を浮かべ、美月は首を横に振ります。
「私、自分で行ってきます」
美月はそう言うと部屋を後にし、リンチュンの所へと向かうのでした。
暫く歩くと目的の部屋はすぐに見えてきます。
そして、扉の横にあるボタンを押しました。
ですが、中からは何も聞こえません。
「リンちゃん?」
呼びかけてみますが、反応もありません。
美月はもう一度声をかけてみます。
ですが、やはり反応はありません……。
中で倒れているんじゃ? そう不安に思った彼女は扉へと手をかけました。
すると……。
「空いた?」
扉は閉まっていると思っていた彼女でしたが、どうやら空いていたようです。
美月はすこし戸惑いましたが、すぐに気を取り直し部屋の中へと入っていきます。
「真っ暗……」
そう呟きながら、明かりをつけると部屋の中には誰も居ません。
いえ、正しくは布団の中に潜り込んでいると言った方が良いでしょう。
「……リンちゃん」
美月が彼女の名前を呼ぶとびくりと身体を動かします。
そこに居るのは間違いないようです。
美月は取りあえずほっとしつつ近くに腰を掛けます。
「その、怖いのは分かるけど、ちゃんとご飯食べてる? それと大丈夫なの?」
美月の言葉に彼女は答えくれません。
ですが、それでも美月は彼女に語り掛けます。
「その……」
「メイユエ……私は怖い……」
美月はその言葉を聞き驚きました。
逃げるなと言ってくれた彼女がここまで怖がっているのです。
「私は……死にかけた。だけど魔法使いになって助かった……」
彼女はゆっくりと語ります。
「家にはお金なくて、それでも皆が出してくれて……そんな皆を助ける為、イービルに乗った……負けない、死なないって自身がある!」
彼女は涙声でそう言うと――。
「でも、魔法を使えば死んじゃう……死ぬのは嫌、怖いのはもう……嫌ぁ……」
彼女の言葉を聞き、美月は声をかけれませんでした。
美月だって戦うのが怖くないと言えば嘘になります。
ですが、リンチュンは違います。
戦うのが怖いのではなく死が怖いと言っているのです。
それは誰もが抱える恐怖です。
この世界ではもう安全と言える場所はありません。
皮肉な話ではありますが、恐らくイービルが一番安全なシェルターと言えるでしょう。
それなりの装甲を持ち、移動が出来、抵抗の術がある。
ですが、美月達が乗るイービルは魔法を使って動かす物です。
ですから、魔力の消費が避けられません。
つまり、彼女はもう……戦えない。
そう感じてしまった美月は……。
「大丈夫、きっと私たちが守るから……」
「……え?」
リンチュンは思いがけない言葉に布団から顔を出しました。
何を言っているのだろう? そう言いたげな表情です。
「私には血の提供者も居るから……」
「それだっていつまで続くか分からない! メイユエも死ぬかもしれない!」
それは考えていなかった事ではありません。
提供者が居なければ美月は輸血を受けられません、当然の事です。
「そ、それは……」
「それなのに戦えるの?」
リンチュンの言葉に美月は言葉を詰まらせます。
「メイユエは一度逃げた……そう簡単に人は変われない、私が――死ぬのが怖いって思う様に」
涙を流しながら言われた言葉に美月は――。
「……分かってる、だけど……それでも、私は――」
以前だったらその言葉を聞き、立ち止まってしまったのでしょう。
「私は――」
心が折れ、恐怖を抱いたのでしょう。
「綾乃ちゃんを皆を守るって決めたから……傍に居ないと、何をするか……わからない、から……」
そう言って微笑むのでした。




