36話 心配する悪魔乗り
明智望たちを助けてから数日後。
美月は自分の体の変化に気が付いていた。
彼女は依然と同じように少し体を動かすだけで疲れるようになってしまったのだ。
そして、臨時の医師となった吉沢信乃により、その原因を知るのだった。
それから数日。
美月はまだ訓練には参加できませんでした。
ですが、その身体は正直な物で……。
「どう?」
「うん! 調子いいみたい」
綾乃の質問に微笑みながら答えます。
「そう、それならよかった……」
ほっとした様子の綾乃ですが、どうやら彼女も美月の身体の事を知っていたようです。
「でも……」
美月はすぐに表情に陰りを見せます。
その理由は簡単です……。
「リンちゃん、まだ出てこないんだね……」
そう、あの日からずっと部屋に閉じこもったままのリンチュンの事が気がかりなのです。
「…………」
それも無理はない。
綾乃はそう思いました。
事実、美月の危機を知り一番ショックを受けていたのは彼女です。
何故なら彼女も魔法使い。
いつ自分の番になるかなんて分からないのです。
「薬さえ出来れば……」
綾乃はそう呟き、美月は首を傾げます。
「薬? リンちゃん病気なの!?」
慌てる彼女に綾乃は両手を振り否定します。
「ち、ちがうよ!? ……えっと、薬って言ってもほら、ヘモグロビンを増やす薬だよ」
「そう言えば献血させられたけど、増やす薬は無いの?」
貧血症状に関係があるのなら薬やサプリがあるのでは?
美月はそう思い尋ねてみますが、綾乃は困ったように笑うと……。
「昔はあったかもだけど、今はこんな時代だし……」
「あ……」
彼女の言葉を聞き美月は言葉を詰まらせました。
そう、今の時代風邪薬だって貴重品です。
元々特効薬の無い風邪には抗生物質を始めとし胃の薬、頭痛止めや解熱剤。
そう言ったものが処方されていました。
ですが、今は量が確保できず値段もあがっているのです。
勿論、インフルエンザなどのワクチンも昔は3000円、高齢ならもっと安くと言った所でしたが、今では1万を超える事もあります。
それでも安い方なのです……。
「そっか……そうだよね」
美月はがっくりと項垂れました。
もし薬の開発が出来ても、それを摂取するには大金が必要でしょう。
世の魔法使いたちは助かる見込みがあってもそれを買う事は難しくなってきます。
それだけではありません……。
当然美月達もただで処方されるなんてことはありません……。
つまり、一部でも代金の支払いは必要なのです。
「お金、準備しないと……」
彼女はそう言うと気が遠くなるような気分がしました。
「だ、大丈夫だよ、美月達はマナのパイロットだよ? 特別報酬枠で貰えると思う……」
そこまで言って綾乃も項垂れます。
「薬が出来ればの話だけど……」
そう、肝心の薬はまだ出来ていないのです。
だから、出来た時の事を話すのはまだまだ先の事です。
今は必死に吉沢が開発してくれている事でしょう。
ですが、医者や看護師の知識で薬に出来るのかは分かりません。
だからといって、今は政府が頼りにならないのです。
「信乃お姉ちゃんが上手くやってくれると良いんだけど……」
彼女の呟きを聞き、美月は首を傾げます。
数日前から気にはなっていました。
ですが、それを聞くタイミングがつかめなかったのです。
彼女は今なら聞けると思い尋ねてみました。
「あの、綾乃ちゃん……なんで吉沢さんをお姉ちゃんって呼んでるの? それに……吉沢さんもいつもと……違う」
美月がそう言うと綾乃は少し困った様な顔をしました。
「その……昔、そういう風に呼んでてね? その、なんというか……ええと……」
吉沢は綾乃の姿が気に入らないようでした。
髪を染め化粧をし、今の時代では贅沢ともいえる格好です。
ですが、彼女の性格のせいか嫌味な感じには思われなかったのです。
だというのに吉沢だけは反応が違いました。
何故だろう? そう思ってはいたのですが……彼女の事は良く分からない美月は敢えてそっとしておいたのです。
だというのに今回は2人とも変化がありました。
吉沢は前よりも真面目に……。
綾乃はお姉ちゃんと彼女を呼ぶようになってしまったのです。
「なんで今なの?」
美月が疑問に思うのは当然で……。
綾乃はただただ「あはは……」と乾いた笑い声をあげるだけでした。
「と、とにかく! そういう風に呼びたい気分なの」
「そういうもの?」
彼女の苦しすぎる回答に美月は当然首を傾げます。
すると綾乃はこくこくと首を縦に振り……。
「そう、そうそう! そういうものなの!」
と繰り返します……。
「なんか、良く分からない……けど、綾乃ちゃんがそれで良いなら……」
自分はあまり襲われなくなったことでほっとしている美月でしたが、もう一つ気がかりだったのです。
「綾乃ちゃんもしかして、吉沢さんに酷い事とかされてない? ないよね?」
そう、彼女の事が心配でなりませんでした。
だからこそ、確認のためそう尋ねると……。
「へ? そんなわけないじゃん」
といつも通りの言葉で帰って来た事に美月はようやくほっとするのでした。




