11話 優しき少女
イービルに乗ってくれと言われた美月。
勿論最初は自分には無理だと思うのだが、そんな時……。
彼女が思い出したのは化け物と呼ばれたくない原因を作った日の事だった。
事件の犯人は徐々にではありますが追い詰められてました。
魔法……その力は勿論強力です。
ですが、同じ魔法を使う人間達によって追い詰められたのです。
そして、逃げ場を失った彼は一人の少年を攫い……立てこもったのです。
少年の名は美月は知りません。
後で聞いた話では自分より少し上ぐらいでしょうか? ただ、美月はその事件の現場の近くに居たのです。
興味本位で居た訳ではありません。
ただ、偶々……近くを通り警察にこっちは危ないよと注意されたばかりでした。
近道なのに……そう思いつつ美月が帰り道を変えようとした所。
響き渡ったのは銃声が何回も……悲鳴も聞こえました。
「…………っ!!」
当時はまだ純粋に人を助けていた頃です。
誰かが撃たれてしまったのでは? 美月は心配になり警察の目を盗み横をすり抜け走っていきました。
そして、出くわしてしまったのです。
銃に狙われ大慌てで逃げる男に……。
彼は美月を見るなりその顔を歪め、魔法を使いました。
きっと彼は誰でも良かったのでしょう。
ただ一人で死ぬのが怖かったから美月を……まだ幼い少女を巻き添えにしようとしたのでしょう。
いえ、彼が巻き添えにしようとしたのは彼女だけではありませんでした。
何人かが倒れているのが見えたのです。
途端に美月は恐ろしくなり――。
「嫌!? 嫌ぁぁぁぁああああ!!」
喉が張り裂けんばかりの大声で叫びました。
彼女の感情を引き金に勝手に生み出された魔法は瞬く間に犯人に襲い掛かり。
……結果、美月は無事でした。
ですが……。
「あ……あぁ?」
まだ、生きてはいても動かない……いえ、動けない男性を見て美月は自分のやったことが恐ろしく思いました。
身を守るため、仕方がなかった……そんな言葉が浮かびます。
ですが、それでも明らかに過剰な防衛行為でした。
だというのに駆けつけた大人たちは美月を庇い。
犯人を化け物と言いました。
美月は化け物を押さえた英雄です……幼い彼女にもおかしい事がわかりました。
彼らが咎めるのは勝手に危ない場所に来た事ただそれだけです。
そして美月が噂の治療魔法使いだと知ると傷ついた親子を助けてほしいと言われ、美月は呆然としながら横たわる男性の治療をしました。
彼の方が見た目は重傷だったのです。
子供は軽傷で焦る必要はない、医者からそう伝えられた美月は言葉に従いました。
ですが、その時はもう……少年の命は尽きていました。
化け物によって少年は傷を負い、その恐怖から亡くなったと後に聞かされたのです。
そう、少年は殺され……この時から人類には天使とは別の敵……魔法使い、いえ化け物が生まれました。
事件に関わってしまった美月は少年を助けられなかった事を悔やみ。
そして同時に、自分にも人を傷つける力がある事を恐れ、化け物と呼ばれることを恐れるようになりました。
ですが……。
彼女の中では今も幼い頃の優しい彼女が眠っていました。
いえ、自分では気が付かなかっただけなのかもしれません。
「――私は……」
昔の事を思い出し、美月は母が倒れしまった時の事を思い出し……。
そして、今まで助けた人の中で顔を覚えている人を何人か思い出しました。
これは……この感情は決して嘘偽りなんかではない。
助けたいという意志。
「私は……助けたいです……出来る事があるなら……」
先程言っていた事を撤回し、美月はそう伝えました。
化け物と呼ばれたくはない。
だけど好きで人を助けてた時の事を忘れたくもない。
少なくとも助けてきた人達は美月に感謝をしていました。
彼らを見捨てたくない……自分に出来る事なら……。
「だが、怖いのだろう? 無理をする――」
「父さん、夜空ってこういう子っしょ? 悲鳴や銃声を聞いて駆けつけちゃうぐらいには優しい子だよ」
まるでそれを見ていたかのように綾乃は言います。
「………………?」
美月は何故、綾乃がそう言い切るのだろう? と不思議に思いましたが……。
彼女は優しい笑みを浮かべながら。
「アタシが泣いてた時、大丈夫だって励ましてくれたの忘れてるでしょ? まぁアタシはあの時とは全然違うけどー」
わざと呆れたように言う綾乃は当時を懐かしむかのように口にします。
「お兄ちゃんはもう無理だった……怪我は大した事無かったみたいけど、傷をつけられたことがショックで……でも、父さんは夜空に助けられた」
そこで美月は気が付きました。
あの事件の時の……傷ついた親子。
初めて美月が助けられなかった命……そして化け物と呼ばれたくない理由。
確かにあの場には泣きじゃくる女の子が居ました。
今の綾乃とは似ても似つかないですが、確かに美月はもう大丈夫と口にしたのを思い出しました。
そして、怪我が酷かった父の方を治療して、兄の方も治そうと思った時。
美月は止められたのです……もう、意味が無いと……。
美月は理解できないで最後まで治療をすると口にしていましたが、もうとっくに少年の命は尽きていたのです。
そして、泣きわめく少女の声が響き、美月はただ呆然と立ち尽くしました。
しかし、美月はその時……医者に嘘をつかれていたんだと気が付きました。
ふと視線を動かすと事件の犯人の死体が包まれているであろうシートも目に着きました。
世間で騒がれる化け物。
小さな救世主と呼ばれた自分。
化け物と同じ力を持つ自分……化け物と呼ばれるかもしれない自分。
呼ばれたくない、呼ばれたくない……。
そして、美月は忘れてしまったのです。
いえ、思い出さないようにしたのです……その日の事を……。
「……ぁ」
そして、今目の前にいる彼女に申し訳なく思い。
「ごめん、なさい……」
安易に大丈夫と口にするんじゃなかったと後悔しました。
ですが……綾乃は首を横に振り……。
「夜空の所為じゃないって……夜空は助けてくれたでしょ?」
お互い幼い頃……助けてくれるって言ったのに! 嘘つき!! と叫ばれてもおかしくないはずです。
ですが、綾乃は美月を責めるつもりはないみたいです。
「本当に良いのかい?」
そして、話を遮るように彼女の父は美月に問います。
「……はい」
美月はもう意志を変えるつもりはありませんでした。
私は……自分の為だけに魔法を使った……。
あの人と同じ……化け物だったんだ……誰にもそう……呼ばれなかったけど、だから――。
「なら、この書類にサインを」
「は、はい……私…………なんでも、します……っ!」
消え入りそうな声。
だが、その声にはしっかりと意志がこもっていたのです。
優しい、本来の彼女の意志が。




