20話 揺らがない悪魔乗り
突然現れた女性と戦えと言われた綾乃は素っ頓狂な声を出す。
そんな事が起きている一方。
美月は目を覚ました。
そこでは見知らぬ医師に魔法を使うなと言われ、挙句彼の態度に美月は珍しく憤りを覚えた。
そんな彼女は病み上がりの身体で動き母の元へと吉沢と共に向かうのだった。
「美月さん?」
美月は部屋を出て暫く歩いた所でへたり込んでしまいました。
当然、吉沢に心配されるのですが……。
「だ、大丈夫です」
そう言って無理矢理笑みを浮かべるとすぐに立ちあがりました。
思ったよりふらつかない事に安堵をした美月は――そのまま部屋へと向かおうとします。
「待ってください」
すると吉沢に止められ美月は首を傾げつつ、後ろへと振り返りました。
「まだ、悪魔に乗るつもりですか?」
「…………」
その質問にどう答えようなんて考える必要はありません。
もう、決まっているのですから。
「乗ります……乗らなきゃ」
投げやりになっている訳ではありません。
自殺願望がある訳でもありません。
自分が英雄だからなんて気も勿論ありません。
美月はただただ……。
「じゃなきゃ、綾乃ちゃんが無茶しちゃいます」
そう思ってしまい。
くすりと笑みをこぼしつつ、口にしました。
すると吉沢は驚いた顔を浮かべました。
「ですが……貴女は……」
「適合率が高すぎるって言うんですよね? でもそれって何か体に悪影響があるんですか?」
美月は特に体には変わった様子が無いと感じていました。
ですから、疑問だったのです。
すると吉沢は首を横に振り――。
「分りません、貴方は特別ですから……」
そう言われ、美月は少し不安になりました。
ですが、だからと言ってもう揺らぐことはありませんでした。
「そうですか、じゃぁ私はお母さんに顔を見せてきます。心配かけちゃいましたから」
そう残すと吉沢を置いて彼女は歩き始めます。
一人取り残された吉沢は彼女へと手を伸ばしかけ、すぐに止めました。
「……変わりましたね」
そう呟いた後、彼女は振り返り、医務室のあった方へと目を向けました。
そして……何かを思い出すように目を閉じると、ゆっくりと瞼を持ち上げ――。
「……本当に可愛らしい、助けてあげないと、ですね」
いやらしい笑みを浮かべると何かを思いついたように歩き始めるのでした。
部屋の前美月は迷っていました。
このまま部屋に入っていいものか? そう思ってしまったのです。
ここに来てから母には心配をかけっぱなし……。
もし、彼女にジャンヌから降りろと言われれば、断る事は難しいと考えてしまいました。
たった一人の肉親。
それを心配しない人は居ません。
逆にたった一人の娘を心配しない母も居ないでしょう。
「…………」
ですが、このままでは埒が明かない。
そう思った彼女は意を決して扉を開けます。
すると物音が聞こえ、ぱたぱたと言う音共に現れたのは母親。
彼女はひどく疲れた顔をしていました。
「あ……」
そして、美月の顔を見ると見る見るうちにその顔に涙を伝わせ……。
彼女に抱きつきます。
それはとっても弱々しく……そんなことはありえないのに美月は魔法使いである自分より弱いのではないか? と思えるほどの力でした。
「美月……美月……」
「……うん、ただいま」
ただそれだけを涙声で呟いた彼女の頭を押さえ、母は抱きしめます。
安心する場所……美月はそう思いました。
「もう……」
ですが、母はそれを口にしかけて……美月は遮るように口にします。
「次は……失敗しないから……」
そう呟くと跳ねるように母は身体を美月から離し、怯えるような表情を浮かべていました。
やっぱり……。
美月は心の中で呟き、笑みを浮かべると……。
「大丈夫、私がやらないと……」
「…………」
もはや母には言葉がありませんでした。
いえ、この状況で何を言えば良いのか分からないのでしょう。
彼女は何度も首を横に振り……美月はそれを見るのが辛く目を逸らします。
ですが、それでも美月は意志を変えるつもりはありませんでした。
口にされていなかった事が幸いだったのでしょう。
「私が居ないと綾乃ちゃんが無茶をしちゃうから……傍にいてあげないと」
そう言って浮かべた笑顔は微かに震えます。
怖い……その感情があるのは間違いなかったのです。
「美月……あなた……」
ただ、母はその言葉で彼女がもう動かないという事を理解し、何も口に出来ませんでした。
すると母は――。
「お腹空いてるでしょう? 今日は此処で食べて行きなさい」
とだけ、涙声で言うのでした。
美月はその声を聞くと思わず気持ちが揺らぎそうになります。
ですが、堪え……。
「うん」
とだけ言い、部屋の中へと入っていきます。
ご飯を食べたら、綾乃ちゃんの所に行こう。
でも、何処に居るのかな? 何時も一緒だったから連絡先知らないや……。
美月は連絡先を交換していない事を悔やみつつ椅子へと腰を下ろすのでした。




