1話 学校へ通う少女
数年前、人類に訪れた危機。
それは天使の様な巨大な機械――アンゼル。
彼らは空……いえ、宇宙からやってきました。
最初は宇宙からの使者でもある彼らエイリアン達と友好的な関係を築こうと人々は考えました。
ですが、残念ながら天使達は会話をすることはせずに……人々に攻撃をしました。
突然攻撃されたのです、宣戦布告も要求さえも言わずに……ただ、突然。
当然、人々は彼らが何が目的なのか分かりません。
ただ分かることは彼らが人間に殺意を向けている敵である事……そして、人々は彼らの攻撃を受け被害が広がっていっている事の二つ。
そう、現代の兵器では防衛すらままならなかったのです……このままでは人間達は滅びるしかない。
そう諦めていた……そんな時、奇跡が起きました。
たった一機、不備を起こしたのか乗り捨てられていたのです。
恐らくは彼らが単体で行動し、人類には理解できない技術だと過信し後で回収しようと思ったのでしょう。
ですがその一機の天使が人々に転機を与えたのです。
人々はその一機を元に対天使用人型兵器イービルを開発しました。
名前の由来は邪悪と言う意味……そのもの。
相手は天使なのだから、悪魔にしなかったのは何故か分かりませんが天使と言う聖なるものへの反抗の意志となる様に祈ったのでしょうか?
そして、そのイービルを駆る悪魔乗り達により戦局は一転する……なんて事は無かったのです。
悪魔の力を持っても天使には敵わない。
人々は……イービルと言う兵器を持ってしても勝つ事は出来なかったのです。
いえ、そもそもイービルに乗れる悪魔乗りが少ないというのが原因でしょう。
頭部……コックピットへの衝撃を減らすためのクッションや背骨。
天使達の武器を参考にし作り上げた人型兵器用大型ライフル、アサルトライフルに鋼鉄製ブレード、ブレイバー……そんな装備があってしても、余程の人物でなければ操縦できないので天使を倒すことは難しかったのです。
最悪、戦う前に揺れの所為で死んでしまう……。
そんな諸刃の剣、いやそれ以下の兵器に頼るしか人間には方法が無い。
そして今日も、朝のニュースではイービルと天使の話でもちきりです。
「…………」
少女はイービルの犠牲者に関しての議論をしているニュースを見ながら食事を取ります。
「美月? 今日も姫川さんの所に行くんでしょ?」
「………………うん」
美月と呼ばれた少女は腰まである長い髪を揺らしながら何も塗っていない食パンをかじります。
そして、それを食べ終わると一切れの林檎をほおばり、最後にスープで温ままると「ほぅ……」と息をもらします彼女が食べているものは実に質素ですが、これでも彼女は人よりも贅沢な物を食べているのです。
「ごちそうさま、お母さん」
「さ、いってらっしゃい」
優しい笑みを浮かべた女性は顔だけをのぞかせます。
美月は気の弱そうな笑みを浮かべると……制服の上着を着て、横にあった鞄へと手を伸ばしました。
そして、母の方へと目を向け――。
「行ってきます」
母に向かってもう一度そう告げるのでした。
少女の名は夜空美月……高校生。
日本はほぼ壊滅……その為、もう都道府県という物は無くなり、日本という地域だけが残り、方々にはひっそりと人々が生きていました。
その中の一つ嘗て神奈川と呼ばれたその地域で学校に通う彼女は幼い頃、母を助けるため寄生虫ミュータントを身体に宿しました。
死を待つだけの母は彼女の魔法によって救われ……彼女は当初初めて癒しの魔法を使える人となったのです。
そんな彼女は……天使の襲撃で傷を負った人々を助ける事にしました。
一般人や兵士、彼らの事を治すことは出来た……その功績が讃えられ、美月の家には援助として食材が定期的に届くのです。
これが彼女が人よりも贅沢をしていられる理由。
本当はそれが目的ではない為、断ろうとしたのですが、それを口にするのもどこか怖いと感じたのです。
それ位、臆病な彼女ですが、自分のやれることはしっかりとやろうと思っていました……だからこの前の天使の襲撃で傷負ったクラスメート姫川綾乃を助けようとしていました。
初めて見た時は彼女は身体の損傷が激しく……今も呼吸は機械だより、更には意識を取り戻しません。
ですが、生きている……それを美月は直感で感じていたのです。
「…………でも姫川さんか……ちょっと怖い」
正直に言うと美月は姫川綾乃という少女が苦手でした。
今の時代どうやっているのかもわかりませんが、金色に染めた髪、カラーコンタクトを入れて青くした瞳。
耳にはピアスに可愛らしいペンダント制服の上には派手なパーカーを着込んでいる所謂ギャル……彼女から苛めに遭ったなどという事は無いのですが……。
彼女に言われた言葉は覚えています。
『夜空ってさ! もっとこう前髪切って髪も明るくしてネイルとか! ね? ね? きょーみない? きょーみあるでしょ!? あーでも綺麗な黒髪だし、痛むのは勿体ないかなぁ……』
何故か美月に自分がしているようなおしゃれをさせようとして来る所があり、それが原因で苦手でした。
ですが姫川綾乃を救うのと苦手だという事は全く関係ないので毎日、その少女の所へと向かっていました。
「もう傷はないから……後は目を覚ますだけなのに……」
一向に目を覚まさない姫川の様子を心配する美月は学校に通う前に病院に行く許可を得ているのです。
勿論、姫川の為だけではありません……癒しの魔法が使える彼女にしか救えない人が居る。
だからこそ、治癒に向かう場合は学科の免除が許されていました。
病院へと着いた彼女はまだ朝早いというのに受付に立っている夜勤の看護師へと声を掛けます。
「……あ、あのぉ!」
変に裏返ってしまった声に顔を真っ赤にする美月。
ですが、いつもの事なのでしょう看護師さんはにっこりと微笑むと……。
「あら、美月ちゃん……今日も姫川綾乃さん、ですね? 此処にサインだけお願いね」
美月は真っ赤な顔のままコクコクと頷くとボールペンを受け取り自分の名前をそこに書くとすぐに姫川綾乃の病室へと向かいました。
「…………」
急ぐ彼女は知りません、看護師さんは笑みを絶やさずにカウンターの中でなにかを推すようなしぐさをしました。
そして、姫川綾乃の病室へと着いた彼女はゆっくりと扉を開け、寝ている少女を視野に納めます。
「…………」
そして、彼女に近づくと何回か深呼吸をし……ゆっくりと両手を彼女の方へと向ける。
別に魔法を使うのに何か詠唱が必要だとか手の向きだとか関係ないのですが、気分的にそうした方がやりやすい……美月はそう感じていたので今回もそうしました。
目を閉じ意識を集中すると、暖かな光が姫川綾乃という少女を包みます。
暫くそうした後……大きなため息をついた美月はその瞳に涙を溜め呟く……。
「……今日も、駄目みたい……」
母を助けた時はこうじゃなかった。
そう思いだしながら、美月はとぼとぼと学校へと向かうのでした。
もし、このまま目を覚まさなかったら……。
自分の所為ではなく天使の所為だ、そう世間は言ってくれるだろうことは分かっていました。
ですが、それでも心優しい美月は――助けられなかった時の事を考えると気が重くなるのでした。
だからこそ……彼女は……。
「明日は……目を覚ましてくれるかな?」
自身の無さそうな小さな声でそう呟いた美月。
彼女の目に映るのは……もはや人々の物ではなくなった青空でした。