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放蕩させてくれ、異世界様!  作者: 秋膝ニーサン
0章 自重してくれ、異世界様!
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0-5 灯台下暗し

 公爵が去った後の部屋には、なんとも言い難い奇妙な沈黙が満ちていた。

 色々とあり過ぎて精神的に消耗しきり、何をする気もなくなって机に突っ伏している俺と、うっかり下手なことを言って主の機嫌を損ねればあっさり殺されてしまうことも少なくない、奴隷という身分にある少女。

 俺たちはお互いに自分から何かを喋ることもなく、沈黙を守り続けていた。

 ただ、その理由には片方はただ疲れただけ、もう片方は自分の命を守るためとかなりの差は存在しているが……何も話さないでいられるのならばそうしていたいという点においては、お互いの意見は一致していたわけだ。

 なにも話さないでいれば、今直面している色々なことから目を逸らせたから非常に居心地はよかったし、そもそも俺みたいに彼女いない歴=年齢のまま転生してしまった中身40代のチェリーボーイには、こんな美少女とマトモな会話なんて出来ないと思い込んでいた。

 だからパーティーが終わって部屋に戻らなければいけなくなるまでこのままでいるつもりだった。


 ……だが、部屋に沈黙が満ちてから時間が経過し、窓から差し込む光もほんの少しばかり傾いたような気がしてきた頃、俺はあることに気付く。

 それは少し考えれば分かるようなことではあったが、俺は頭が疲れ切っていたせいかそこまで頭が回らなかったらしい。

 先程まではこの沈黙を心地いいなんて考えることが出来ていたが、よくよく考えてみれば一度も会話をしていないというこの状況、問題だらけなのだ。

 俺が前世で合計16年ほど通っていた学校でもそうだったが、友好的な関係というものは基本的に、お互いに距離を測りかねている間でなければ築くのが非常に難しい。

 だから入学直後からガンガン知らない相手に話しかけられるような奴はすぐにクラスの中心人物になるし、それがまったく出来ない奴はそこで生まれた新しいコミュニティに上手く加われず、いわゆるぼっちに

成り果てる。

 本当に理不尽な話だ。


 ……では、それを踏まえた上で俺と彼女の今の関係性はどういう状態にあるのか、一旦見つめ直してみよう。

 距離感はなんとなくお互いに干渉しない今の感じで安定してしまっていて、一度も言葉を交わしたこともないし相手の名前も知らない。

 ある意味でお互いに相手のことを一切知らないと言っていい状況だが……すでに過ごしやすい距離感というものを掴みかけてしまっている以上、そろそろこっちから何か話しかけて距離を詰めないと、これからもこのまま過ごすことになりかねない。

 無論、その相手がさっき会った公爵のように『あまり話したくない』類の相手とであればなんの問題もないのだが、俺と少女は奴隷とその主という関係だから、どうしたって一緒に過ごす時間は多くなってしまうわけで……そんな相手とこれからも無言のまま過ごすなんてことになったら非常に過ごしにくいことだろう。


 そんなのは俺としても嫌なので、まずは話しかけてこの精神的な距離を詰めることから始めようと思う。

 まぁ、どうやって話しかけるべきかはまったく分からないのだが。

 最初に話題にするべきものは? どんなタイミングで話しかけるのがいいか? もし話しかけることに成功したとして、その会話で距離を詰めるためには?

 いくつもの疑問がポンポンと浮かんできて、俺の頭の中を埋め尽くしていく。

 もしも俺が小説の主人公か何かだったなら、その場のフィーリングで会話する内容を決めたとしても愚答主義的に話が進んで簡単に距離を詰められるんだろうが……残念なことに、俺はその手のアドリブが苦手だ。

 話す前にアレコレ考えて話す内容を選んで、そのくせ追い詰められると訳の分からないことをやらかしてしまう。

 考えても考えなくてもそこまで役に立たないとは、もはや無能である。


 ……そんなことを考えていたら何故だか悲しくなってきた。

 その悲しさから目を逸らすため、俺は先ほど頭に浮かんできた疑問への答えを考え始めるが、答えは出てくる気すらしない。

 むしろ、考えれば考えるほど正解から遠のいているのではないだろうか?

 少しずつおかしな方向に逸れていっているような気がする自分の思考を可笑(おか)しく思いながら、それでも俺は少女との距離を詰められる一言を考え出そうと思考を続ける。

 しかし、いくら考えても答えが出てこないことに段々イライラを募らせた俺は、不意にとんでもないことを思いついてしまう。


 ───どうやって話しかければいいか分からない? それなら、こっちから一方的に話しかけてやればいいだけだ。


 自分で思いついたくせして、思いついた自分自身ですら理解が出来ない。

 これはきっと、いわゆる稀代の天才であっても理解することは不可能な類の、聞くに堪えない最悪の暴論だ。だが俺には、それがどうしてかこの場での最適解に思えてしまって仕方がない。

 会話する内容に悩むのは辛い。しかし考えずに話しかけるのは怖い。なら

 コミュ力の高い奴ならばこれでも大丈夫だろうが、俺の場合は距離を詰めるどころか完全に引かれて距離を取られるのが関の山だろう。

 俺の中にほんの少しだけ残っていた正常な部分が、口が動くのを止めようとするが……


「なぁ、その耳触らせてくれよ」


 ……僅かに残った正常な思考がそれを止めるよりも先に、俺はとんでもない言葉を放ってしまった。


 ───あぁぁぁぁぁぁぁぁ! やっちまったぁぁぁぁ!


 これは考えられる中でも最悪というレベルの、遥か下を行く最悪だ。

 よりによって何故この言葉を選んだのか。こんなことを言うくらいなら、まだ頭の悪いナンパ男みたいに口説いた方がマシに違いない。

 俺は頭の中で絶叫し、それによってようやく正常な思考を取り戻したが……もはやどうしようもない。


 嗚呼、名前も聞かない内から耳触らせろというバカがどこに居るのだろうか? いや、いない。というか余程トチ狂っていない限りは話しかけるとき、まず最初に相手の名前を聞くはずだ。

 それがたとえどんなに頭の中身がスッカスカの奴でも、最低限それくらいはしてから手を出す、はず……


 …………

 ……いや待て。今サラッと言ったが、もしかして今回は最初からそうしておけば良かっただけじゃないのか?

 灯台下暗し。俺がそれに気づいた時、すでに事態は取り返しのつかないところまで進んでいたのであった。

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