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ローリーの割と平和な一日

 艱難辛苦を乗り越えた僕とメアリー、そしてグリムは街での生活を謳歌していた。

 正確にいうなら重症のメアリーが完治するまでの療養だけど、その間基本的に暇な僕はメアリーからもらったお小遣いを握りしめて図書館へと通い詰めていた。

 この街の図書館は研究所よりも広くて、蔵書量も多い。

 それに専門書は少ないけれど、幅広い種類の本が置いてある。

 児童向けの絵本から参考書レベルの文献までなら苦労なく閲覧できる。

 その為に入場料を払う必要があるけれど、十年ほど前に普及した活版印刷のおかげでだいぶ安くなったらしい。

 とはいえだ、まだ紙は高級品。

 そして羊皮紙の本も多く、活版印刷普及以前の本は重要な資料として劣化を防ぐためにも厳重な警備の元保存されていた。

 つまりは、僕の様な児童が見せてほしいと頼んでも閲覧の許可が下りない本もあるという事。

 

 流石に以前研究所でやったように忍び込んで読み漁るような真似は出来ない。

 あの頃は多少の折檻で済んだけれど、今同じことをすれば最悪の場合首が飛ぶ。

 そして再生する。

 つまり正体がばれる。

 それは何としても回避しなければならない。

 僕が人間ではないとばれる事はもちろん、その情報が外部に漏れた場合どういう事になるかは想像するまでもない。


 おそらくは、あの時確実に殺したと言えるはずの存在が、いや確実に殺したとしても僕と言う存在がいる以上生き返る可能性も十分にあり得るのだが、なんにせよあのドクターが生きている可能性があるならば。

 僕と言う存在は確実に狙われる。

 そしてドクターが完全に消滅していたとしても不老不死と言う存在に目を付けない人間はいない。

 それほどに永遠の命とは人が欲してやまない物、と以前何かの本で読んだ。

 少なくともその感覚は理解できない、けれどメアリーとグリムが口をそろえて秘密にしろと言うのだから、その通りなのだろう。


「あら、ローリーちゃんいらっしゃい」


「ん、代金」


「はいたしかに、それじゃあいつも通り好きなだけ読んでいってね。手が届かなければ呼んでちょうだい」


「その時はお願い」


 いつも通り入り口で簡単な検査を受けてから受付で代金を支払う。

 そして我が心の拠り所、つまりは書棚へと向かう。

 昨日はちょうどEの棚を読み終えたから今日はFから、と思ったところで即座に受付に戻る。

 うっかり忘れていたことがあった。


「Fの棚、一番左上から5冊ほど取ってほしい」


「あら早いお帰りで、誰か人をよこすわね」


 棚の初めからと言う場合、必ず最上段から読み始めている。

 そして徐々に下へと下がってくるのだが、Eの棚は内容が濃厚な書物が多くいつもより長い時間をかけて読み終えたのでその事をすっかり忘れていた。

 だから受付へ戻り、そして手伝いを呼んだ。

 Fの棚に向かうと既に一人背の高い司書がいた。

 その手には5冊の本、受付の女性が寄越してくれた人だろう。

 近づくと視線が僕の全身を舐め回すように動く、珍しい話ではない。

 

 外観はただの児童なのだから、そんな子供が図書館で、少なからず金を払って本を読むというのは珍しい。

 とはいえ一部の上流階級の子供がたまに顔を出す事もあるので子供が少ないわけではないが、読んでいる本は異質だろう。

 毎日種類を問わず、棚の端から端までを順に読破していく。

 その行動自体が子供としては異質と思われてもおかしくはない。


 と言うのがグリムの言葉。

 メアリーにいたっては、どうやっても目立つのだから好きにしなさいとさじを投げられてしまった。

 二人とも中々に冷たい性格をしている。

 ついでにグリムがここにいない理由はいたって簡単。

 初日にグリムを持ってきたところ買取と間違えられ、帰宅時には窃盗と間違えられた。

 受付の人間が午前と午後で変わるため、このような事故が起こった。

 謝罪は受けたがいい気はしなかったことに加えて、グリムを連れてきても何か話ができるわけでもないので置いていくことにした。

 グリムとしても部屋でメアリーと話していたほうが楽しいようなので問題ない。


 ともかく今日はこの5冊を読み終える事に集中しよう。

 いぶかし気に僕を眺める司書の視線も、背丈が合わない椅子も、漂ってくる紫煙もすべて無視しよう。


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