休日の一幕
朝顔を洗う時に魔法制御の練習を行うのが日課だ。
この練習を始めたのはいつからだろう。
少なくともメアリーと出会って以降と言うのは間違いない。
産れ故郷ともいえる研究所を盛大にぶち壊して、大脱走劇を繰り広げたあの日まではもっと大雑把な練習だったのを覚えている。
少なくとも制御を覚えるというよりは、魔法に慣れる練習という方が正確だっただろう。
制御という事を考えていなかった頃は、毎朝のように洗面台を水浸しにしていた物だ。
「……【ウォーター】」
発動させたのは、当然顔を洗うのだから水の魔法だ。
手のひらを器代わりにしているが、生み出した水は空中で停滞している。
しかし形は不安定で、子供の落書きのようにのたうち回っている。
次にこれを特定の形状に組み替える事、これこそが魔法制御だ。
「ぐ、ぬぬ……ぬ? ぬ? 」
毎度のことながら難しい。
僕と言う個体は大雑把な魔法の行使はお手の物だが、この手の制御が苦手だ。
そう言った部分はグリムの専売特許であり、言い換えるならばグリムがハンドルで僕はエンジンだ。
加減速は出来てもコントロールはできない。
「むむむ……」
しかし何度も繰り返し練習を行えば難しい事でもできるようになる。
今では適量の水を生み出すことができるようになったのだ。
以前はこの洗面所が水浸しだったのだ。
それに比べたら……難易度が一個上がっただけだ。
なにもグリムがやったみたいに、魔法と魔法を合成するような離れ業をやるわけではない。
「……できた」
しばらく魔法と格闘して、水を球状に固定する。
かかった時間もいつもと比べると数秒速い。
練習の成果は出ているようだ。
「次」
キンキンに冷えた水で顔を洗うというのは、目覚めにはちょうどいい。
けれど寝ている間に汗をかいているのだから水よりもぬるま湯で洗い流した方がいい。
だから炎の魔法を追加で行う。
じわじわと水球を炙るように魔法を組み立てていき、そして眼前が白く染まった。
失敗した。
孫う事なき大失敗だ。
じっくり温めようと、炎をイメージしたところ水球が一瞬で蒸発してしまった。
水に関する適性が皆無に近いという事と、炎の適正はそこそこ有しているというのも関係しているだろう。
魔法の強度が足りなかった。
「うー」
「ローリーうるさい! ……って、また失敗したの? 」
いつも通り反省をしていると、これまたいつも通りにメアリーが洗面所に飛び込んできた。
水球の蒸発、それは小規模な水蒸気爆発を起こして洗面所をひっくり返したように荒らしていた。
はじめのうちは酷く叱られたが、メアリーも慣れたのだろう。
洗面台が陶器製だったら、そして鏡があったら割れていたかもしれないが……メアリーは勘がいい。
はじめ僕が練習の話を持ち掛けた時に壊れて困るようなものは全て浴室に移してしまった。
しかし、メアリーは運が悪い。
壊れたら困るものがある時、真っ先に壊される運命にある。
「メアリー、あれいくらだった? 」
「うーん? 」
僕が指さした方向にメアリーが顔を向ける。
僕の言葉に何か嫌なものを感じ取っていたのか、その動きは油の切れた歯車のように鈍かった。
「……いくらだったかしら」
僕が指さした先にあったのは、昨日メアリーが買った金属のカップだった。
水蒸気爆発の衝撃で吹き飛んだのだろう、つるつるとした地面に転がっているそれは、爆発では無傷だったのだろうけれど壁に叩きつけられた衝撃で半月上につぶれていた。
「弁償する」
「うん、ついでに石鹸も買ってきてね」
「わかった、昼食買いに行くときにでも」
今日は一日仕事が無い、いわゆる休日だ。
傭兵という仕事柄何時呼び出されてもおかしくはないが、いざという時の為に英気を養うのも仕事という事らしい。
一日魔法の練習か本を読もうと思っていたけれど、ままならないものだ。
あとから聞いた話だが、メアリーは一日寝ているつもりで昨晩は飲み明かしたそうだ。
カップも含めて悪い事をしてしまったと反省して二日酔いの薬も買って帰ったら喜んでくれた。
ままならない、予定通りにならないというのも存外悪くないのかもしれない。
 




