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メアリーと言う女

 僕とメアリーの関係について語ろう。

 グリムとの関係について語るには、長い時間が必要なように、メアリーとの関係も簡単には語りつくせない。


 産れ故郷という物を捨てて……有体にいえば研究所を脱走して、追われて、森に逃げたら川に落ちて流された僕を釣り上げたのがメアリーと言う女だった。


 彼女から見た僕と言うのは酷く歪な存在だったと思う。

 手足に傷や豆が無い事から下層階級の人間ではないと思っただろう。

 しかし来ている服はぼろきれ同然。

 そんな小娘が、森の中を通る川から流れてきた。


 どんな御伽話だ、と余人は笑うだろう。

 それを釣り上げて助けたというのも如何にも御伽話らしい。

 

 その説明の為に僕はいつも彼女について語るときに枕詞を用意する。


「メアリー・ドゥという女はお人よしである」


 この言葉のあるなしでは、彼女の印象は随分と違ってくるだろう。

 メアリーは凄腕の傭兵だ。

 彼女の武器は、いつも背負っている弓が目立つ。

 曰く、弓使いだと思ってきて近づいた馬鹿を切りつけるのは容易い、そうだ。


 つまりは油断を誘うための布石である。

 だからと言って使えないわけではなく、走り回りながらも敵に当てる事は難しくないという技量の持ち主だ。

 血のにじむほどの修練というが、メアリーの弓には文字通り血と汗と涙がしみ込んでいるだろう。

 

 しかし彼女の本領は、技量でも努力でもない。

 得意と見せて使わない、使わないと見せて得意と相手を騙す事。

 弓で相手から接近させて、切れ味のいいナイフを懐から取り出して首をさっくりと。

 逆にその様子に引いてしまうような相手の脳天には矢をプレゼント。

 鮮やかな手腕と言ってもいいが、メアリーは傭兵の間では中堅と言う扱いだった。


 その大きな理由は、対人戦であれば活躍の場は多いがそれ以外は不得手だという事にある。

 つまるところ決定打を持っていない。

 例えば僕がグリムの力を借りてならば村を一つ焼く事も容易い。

 魔法と言う力はそれだけ強大なものだ。

 しかしメアリーは同じ事をするには数倍の労力が必要だろう。

 この差が、ケアリーを中堅に押しとどめている理由だ。


 とはいえ彼女は人を殺したくて傭兵をしているのではなく、自分にできる仕事というくくりの中から傭兵を選んだのだから、思うところという物はないだろう。

 むしろ名が売れて縛られるようになる方が面倒だと言い出しかねない。

 そういう意味では僕の知る限り最も傭兵らしい女だと言える。


 さて、長い前置きとなったが僕と彼女の関係について語ろう。

 グリムを【相棒】で【自分】と呼称するならば【友人】で【恩師】と言ったところだろうか。

 出会って数日としない間に5回は命を救われたし、10回は生きるための技能を叩きこまれた。

 巨大な猫、後に彼女から聞いた話ではハンターと呼ばれる大型の肉食獣との一騎打ちもさせられたし、巨大な八頭の蛇と相対したときは囮役までやる事になった。

 

 しかし今ならば、それが彼女をお人よしと呼ぶ一番の理由ともいえる。

 そもそもの話、彼女が僕を釣り上げた時面倒事はごめんだと川に流してしまえばよかったのだ。

 文字通り水に流す、キャッチ&リリースだ。

 その後拾ったとしても情報だけ引き出して土に返してしまう事もできた、僕が抵抗する間もなく彼女ならそれができただろう。

 以後も僕を助ける必要も、手を貸す必要も、いろいろ教えこむ必要もない。

 猫との一騎打ちも僕を育てるための事で、休憩をとった際に襲い掛かってきた別個体を一撃で屠っている。

 蛇との戦闘も、僕を囮にして逃げていれば難はあれど逃げ出すことはできただろう。

 だというのに愚直に挑んで二人でボロボロになりながらも街へ逃げ込めたのは、メアリーが手を貸してくれたからだ。

 

 そしてそれから。

 彼女は僕を正式に弟子として扱い、傭兵としての登録でひと悶着を起こしながらも見捨てることなく、時に師として、時に友として、僕に付き添ってくれたからだろう。


 だから僕は彼女の墓前で手を合わせる。

 ありがとう、と小さく呟いて。


 墓に刻まれた【メアリー・ドゥ 誰とも知れぬ傭兵ここに眠る】と言うのは……なんとも彼女らしい皮肉だ。

 なぜならば。


「死の偽装はしたけど墓前でそういうことを口にするんじゃないよ、縁起でもない」


「……僕なりのジョーク」


「本気で笑えないからやめてね」


「なら別のジョークを……馬車の運転が好きな皇帝が」


「御者に変わってもらって衛兵に捕まって皇帝より大物を捕まえたって話だろう、くだらない」


 こうして軽口を叩けるほどに元気だからだ。

 弧の墓の下に眠っているのは、文字通りであり額面通り、どこの誰とも知らない傭兵だ。

 ある事件の際にメアリーが死を偽装して、僕までだまして、僕までだまして! 入念に偽装した出来事の結果だ。

 

「新しい仕事だよ」


「わかった」


 今も昔も、彼女との間柄は変わらないけれど。

 彼女と僕の距離感と言うのは随分縮んだ。

 だから僕は彼女について語るときは、同じ言葉で締めくくる。

 メアリー・ドゥは僕の大切な人だ、と。

本作中で語っている出来事は現在執筆中の本編での出来事や、それ以後の事も含んでおります。

基本的にいい人です、たぶん。

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