メアリーの武器
「メアリー・ドゥってのはいるかい? 」
それは薄暗い曇り空の日だった。
雨が降りそうだから宿でだらけていた僕と、二日酔いでダウンしているメアリーは怒声でたたき起こされることになった。
もう少しで気持ちよくうたた寝できるところだったというのに迷惑な話である。
「……でかい声を出すな、頭に響く」
叩かれたドアを開けてメアリーが応える。
やや扇情的な格好だが、ドアの向こうで大荷物を抱えた男性は気にする様子もなく大小さまざまな木箱を下し、そしてメアリーに紙束を押し付けて部屋を出ていった。
「メアリー? 」
「んー昨日の飲み比べの請求書じゃないね……えーと差出人はヘンリー……ヘンリーか! 」
急にテンションを上げたメアリーに驚いてベッドから落ちそうになったのを寸前のところで堪えることができた。
まったく危ない、大きな声を出すなといった本人が一番大きな声を出している。
「ヘンリー……あぁ工房の」
「そうそう、あいつにいろいろ注文だしててさぁ。それができたみたいなんだよね。いやぁ仕事はえーなあいつ」
「早さより品質」
「いい事を言う、けれど時には品質よりも速度だ」
枕元に置いてあったナイフを掴んで木箱の蓋をバリバリと剥がしていく。
中からは大量のおがくずが出てきた。
クッションとしての役割だろうか。
「あと保湿だ、おがくずはいろいろと便利だからね」
「へぇ……」
「注文していた弓は……大きさ……握った感触……悪くないね。重さも……うん、上々。あとは弦を張って射てみないとわからないか……」
まず手に取ったのは弓だった。
以前森で壊してしまったものと比べると少し小さい。
「前のは既製品だから体に合ってなかったんだけどね、今回は特注品だからしっくりくる……と思う」
「値段は? 」
「特注品だから」
どうやらお高いらしい。
メアリーの目が泳いでいる。
「お次は……おっ」
小さな木箱から出てきたのは小ぶりなナイフが数本だった。
皮の鞘に収まったそれらはいかにも量産品といった出で立ちのグリップと相まって違和感を抱かせた。
先程弓を手に取った時とは打って変わってメアリーも目を細めている。
二日酔いに苦しむ女の浮ついた顔つきから、歴戦の傭兵のそれへと変貌していた。
「……次」
そのナイフを一本懐に入れて残りは木箱の中に戻してしまったメアリーだったが、すぐさま次の箱を開いた。
今度も小さな箱だったが、中に入っていたのは武器ではなく籠手だった。
そういえば森で何かを射出する機構を付けた籠手を使っていたような気がする。
「ふーん……仕事が早いとは思っていたけど、これは見事だね」
「すごいの? 」
「あぁ、凄いよ。こいつはそれなりに複雑な機構だからもっと時間がかかると思ってた。弓もナイフもそうだけど、これだけは次の仕事に間に合わないと思っていたのに……納品リストを見る限り注文したものは全部そろってる。普通の職人じゃまず間に合わないね。はっきり言って異常だ」
「異常……大丈夫なの? 」
「見た所おかしい所はない……変な仕掛けもないし……盗品って線も薄い、出来栄えも期限を考えたら最低限こなせている……強いて言うなら、これがあいつの強みなんだろうけど」
強みとはどういう事だろうか。
それに最低限という言葉、少し気にかかる。
「最低限、ってことはまだまだ改良のよりがあるってことだ。でもそれは職人側の考えであり、私達使う側には無関係なんだ。けど並みの職人じゃプライドが最高の品をと訴えて客に卸せずに終わる事もある。そこで妥協して期限に間に合わせられるのがヘンリーの強みってことだよ」
「仕事を優先して自分をないがしろにってこと? 」
「いや、仕事を最優先にすることがあいつのプライドなんだってこと、言葉にしたら簡単だけど……実際にやるとなると難しい。特に職人という生き物はね」
僕にはわからない話だ。
だけど、メアリーという女は。
そしてヘンリーという男は色々と折り合いをつけているのだろう。
「うん、これなら中央都に帰れるかな……」
「帰る」
「身体が治っても装備が無ければ身動きが取れないからね、最低限と思っていたのに最大限の補充ができたから拠点に帰るのさ」
「帰る……」
帰る場所がある、メアリーには帰る場所がある。
そう思うと胸の内が苦しくなる。
いつぞやの、グリムが応えてくれなくなったあの時のように。
「……当然ローリーも連れて帰るよ、あんたは弟子なんだ。こんなところで逃がしてなるものかってね」
何かを感じ取ったのか、メアリーの声は少し上ずっていた。