メアリー倒れる
賭場で社会勉強を終えてから数日、メアリーは宿で寝込んでいた。
連日資金調達と情報収取、そのほか仕事をこなして武器や防具の調達と暗躍していたツケが大きいと言っていた。
グリムがそういうときこそ弟子と言う労働力を使えと言っていたけれど、使わなかった理由は分かる。
僕と言う個体は暗躍には向いていない。
銀色の髪は人込みでも目立つ、赤い眼は夜でも見分けられる、幼い体躯は忍び込む事は出来ても紛れる事は出来ない、戦うにしても魔法という物はどうやっても目立つ。
だから僕を、囮にしていた。
連日図書館通いを許諾、むしろ推奨していたのも人の目をそちらに引き付ける為だろう。
そこまでして、夜中にこそこそと何をしていたのかは気になるが……今はそれを聞き出そうという気も起きない。
息を荒くして寝込んでいるメアリーの額に濡らしたタオルを乗せて、飲み水の追加ももらう。
宿と言うのは何をするにもお金が必要になる。
けれどメアリーが調達した資金、その運用方法にその用途は含まれていないだろう。
だから、僕が動くしかない。
井戸から水を汲み、タオルを絞って、メアリーの身体を拭いて。
存外重労働だ。
「……ローリー? 」
「起きた」
そんな事をしているとメアリーが目を覚ました。
息はまだ荒いけれど、大丈夫そうだ。
上半身を起こして、僕が持ってきた水を一気に飲み干した。
呼吸も落ち着いてきたらしい。
煙草に伸ばそうとした手をはたいて、その手にリンゴを乗せてあげると頭を掻きむしりながら一口齧って枕元に置いた。
咀嚼して飲み込むのを見届けてから、もう一度水を手渡した。
「メアリー、無茶し過ぎ」
「そうでもないでしょ」
気分が落ち着いたのか、はたまた演技化は見抜けない。
人の顔色を読み取るのが得意だと思っていたけれど、メアリーは時々こういう側面を見せる。
演技なのか演技でないのかわからない一瞬、そんな事をする男を僕はよく知っている。
僕とグリムの生みの親、そして……全てを腐らせる元凶。
その男と同じ事をするメアリーを見るのは、なぜかとても苦しい。
「いやぁ……大けがに疲労、そんで月の日が加わるのは久しぶりだったわ」
「……月? 」
聞き逃してはならない言葉が聞こえた気がした。
メアリーは大けがをしている。
その治療は終わった。
傷の具合で熱が出るかもと言う診察も聞いた。
日々暗躍していたから疲れているのも、ついさっきの事だけど知ることができた。
けがに加えて疲労で体調を崩したと思っていた。
けれど他にも理由があったのか。
「……しらないなら、うん、知らないままでいいかな」
メアリーを問いただそうと睨み続ける。
けれど視線をそらしてだんまりを決め込まれてしまえば、僕にできる事は睨み続けるしかない。
心配という気持ちは大きい。
けれどそれ以上に、疑惑もある。
メアリーが何を隠しているのか僕にはわからない。
例えば持病、そう言えば以前妹がいて、既に亡くしていると聞いた。
もしもそれが遺伝性の病なら、そう思うと不安は膨れ上がる。
いや、病ではないにせよメアリーが隠したがっている事だ。
あまり踏み入って良い類の話ではないだろう。
ならばこの前蛇と戦った時の、僕をかばって負った傷の後遺症だろうか。
考えただけでも重くぬめりのある感情が胸中に渦巻いていく。
これが、後悔だろうか。
「……七面相しているところ悪いけど、声でてる」
「なんと」
「病気じゃないわよ」
「じゃあ後遺症」
「でもない、そして今のはカマ賭け、前にも引っかかったわよね」
……やられた。
また、やられた。
誘導尋問だ。
それもものすごく単純な誘導尋問だ。
なぜかメアリーが仕掛けてくる心理戦の大半は躱すことができない。
「まぁ、ローリーは無表情なのに考えていることが分かりやすいから」
そんな風に笑って見せるメアリーだが、僕の不安は消えない。
「いや……面と向かって説明するのは、なんというか……ローリーだと判断に難しい部分もあるかもしれないし……」
「ローリーよ、もう少し考えを巡らせてみろ、お前の記憶にもある事柄だ」
赤面して言いよどむメアリーを無視してグリムが声を上げた。
普段は文句ばかりの相棒だというのに、アドバイスなんて珍しい。
「……なるほど」
「理解したか」
グリムの言う通り、記憶を手繰っていくとメアリーの症状にいくつか心当たりがあった。
研究所で倒れた女研究員がいた。
彼女はある時から姿を見せなくなって、ある日戻ってきた。
「メアリー」
「ん? 」
「父親は誰? 」
その後、僕はメアリーとグリムに散々ののしられて人体について勉強することになった。
人の身体は分かったが、それを恥じる心という物はよくわからなかったが……。