社会見学【後編】
前編からの続きです
しばらくゲームを回して、やはり僕の手札が異常に弱いと思った。
数回繰り返してペアのカードさえまともに来ない。
これはやはり、何か仕込まれているのだろう。
「……降りる」
僕の言葉に合わせてメアリーがチップを投げる。
残りも既に半分と言ったところ。
これがなくなれば僕たちは身ぐるみをはがされてストリーキングに励まなければいけない。
寒そうなので遠慮したいところだ。
「……そろそろね」
耳元でメアリーの声が聞こえた。
そろそろ、それは反撃の合図という事だろう。
そう思うと同時に僕の背中に鋭い痛みが走った。
思わず咳き込む。
「あらローリー、大丈夫? ……あぁこれは申し訳ないわ、カードを握りつぶしてしまったみたいだ。弁償するので新しいデックを持ってきてくれ」
「あ、あぁ……」
いまだに咳が止まらない中、メアリーの足を蹴り飛ばす。
周りには苦しんでいる拍子にぶつかった程度にしか見えていないだろう。
前もって説明してくれたら演技もできたというのに酷い女だ。
「仕切り直しだ」
新しくカードを持ってきた男がカードを混ぜる。
そして配り始めた瞬間、メアリーが手元に残っていたカードを投げつけた。
カードを投げたというよりは刃物を投げつけた様にも見える。
実質カードを配っていた男の手には、メアリーの投げたそれが突き刺さっていた。
「いかさまは、良くないね」
男の手元にある束は二枚目が飛び出している。
本来なら一番上から配るであろうカード、それを操作したという事だろう。
ならばカードの並びもある程度はいじられているという事か。
「ルールを変えよう、全員一番上のカードを順番に引いて手札をそろえる。カードは……こいつでいいかな、この上にのせて誰も触れないように運ぶ」
メアリーはカウンターに置かれた大皿を手に取って、そこに束を乗せた。
いかさまの1つを見抜かれた男たちはぐうの音も出ないようだ。
「さて、まずは親から引いてもらおうか……」
微笑むメアリー、あぁすでにメアリーの勝負は佳境だ。
五分の勝負に持ち込む、それでいて相手にこちらの勝負熱を悟らせない。
その為に僕をこの席に座らせたのか。
子供が相手なら、だれであれ気は緩む。
もしくは張り詰める。
適度な緊張を保てなくなるはずだ。
しかし彼らの行っているいかさまは一つではない。
まだ五分と言うには遠いはずだ。
「じゃあ後はお好きなように……」
カードを配り終えたメアリーは煙草に火を付けて煙を吐き出した。
交換を頼めば動くだろうけれどそれまでは一歩離れた位置にいる。
「……3枚だ」
「2枚交換を……」
「俺も2枚だ」
男たちがカードを交換する。
定石どおりだ。
「ローリーは? 」
「いらない」
しかし、僕はいらない。
カードの交換はしない。
「あらそう」
「残り全額、賭ける」
僕の言葉に男たちは顔色を変えた。
先ほどまで行っていた、手札を操作するいかさま、それを僕とメアリーがやったのではないかと疑っている。
しかし何もしていない。
そして手札は死んでいる。
僕の運は最低らしい。
「さぁ……どうする? 」
メアリーの挑発的な言葉に、男たちは全員ゲームを降りた。
そして同じことをもう一度。
結果も同じだ。
「おい……まさかお前らいかさまなんかしてねえだろうな」
自分たちがしていたことを棚に上げて男の一人がそう言い始めた。
だから僕は手札を見せる。
バラバラで揃っていない手札。
いかさまなんかしなくとも僕の手元に良いカードが集まる事はない。
我ながら見事な不運だが、掛け金ももらった今手札をさらすことに意味はない。
むしろ今までのがブラフだという証拠でしかない。
「……」
当然と言うべきか、コケにされていると思ったのだろう。
事実その通りだが男たちの顔は紅潮していた。
激昂か、はたまた羞恥か、どちらにせよ彼らの思考はまともではなくなった。
そして三度の勝負、僕はカードの交換をしなかった。
する必要は、やはりなかった。
運ではなく、必然で。
全財産をかけての勝負、男たちはあっさりと乗ってきた。
先ほどまでのがいかさまではないとわかった今、恐れる物はないという事だろう。
それがメアリーの石であるとも知らずにだ。
彼らの手札はそれなりに良い物なのだろう。
「フルハウスだ」
「残念なことにスリーカードで止まった」
「俺はツーペアだった」
なるほど、狙って出せる手札だったのだろう。
そのうえで程よく強い。
だから勝負に乗って出た。
「ファイブカード」
しかし僕の手にあるカードには勝てない。
Aと書かれた4枚のカード、そして嘲るように笑う道化師の絵。
おそらくはこれが最強の手札なのだろう。
「いかさまだ! 」
やはりそう思うだろう。
僕もそう思う。
今までほとんど役を作れなかった僕が、いきなりこんな手を出せばそう思っても仕方ないだろう。
「いかさまじゃない、なんだってありの勝負なんだろう? 」
そう言ってほほ笑むメアリーは、いつの間にか肩に手を置いていた。
本当にいつの間に動いたのだろう。
「なぁ……お前の身ぐるみを引っぺがして全裸で家まで走らせてもいいんだ……駐屯地で衛兵に泣きついてもいい、でもそれで困るのはお前だろう……? 」
まだ勝負を続けてもいいと、暗にメアリーは言っている。
それと同時に力ずくでも構わないと言っているのだろう。
「そこまで理解したならわかるよな……今回の賭けは、私たちの勝ちだって……」
妖艶にささやくメアリーは、角と尻尾が生えていてもおかしくないと思うほどに恐ろしい表情をしていた。
それからわずかな時間で男たちをその場に残して、僕たちは掛け金を担いで宿への帰路を進んだ。
「僕は二度と賭け後とはやらない」
自分の運の悪さ、そして賭場の居心地の悪さに二度と手を出さないと誓った。
そのついでに、二度と巻き込むなとメアリーにくぎを刺したつもりだった。
「向いてると思うけど? 」
「あの手札を見て同じことを言えるなら」
「だって仕込んだし」
「……最後のあれ以外も? 」
「私が配る前の勝負は気づいていたとして、それ以後もローリーの手札が悪くなるように仕込んでたから」
「なぜそんな事を……」
「大勝したら、あいつらの有り金ふんだくれないじゃない」
あぁ、なるほど。
そうか、よくわかった。
この女、本当にいつか痛い目に合わせてやるぞという僕の気持ちが。