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社会見学【前編】

 社会勉強と言うのは実に都合がいい言葉である。

 おそらくグリムにもそう記されているはずだ、なにせ僕が心の底からそう思ったのだから。


 事の始まりは朝、メアリーが神妙な面持ちで夜に出かける場所があるから昼の内に休んでおくようにと言い出したことだ。

 彼女は屑と称すべき性格と、狡猾と称すべき本性、そして一流の傭兵という実態を併せ持つ摩訶不思議な人物だ。

 そんなメアリーがこれ程真剣な表情を見せる事は珍しく、僕はその指示に従い日課の図書館通いを断念したほどだった。


 それほどの覚悟をした末に連れてこられたのは町はずれにある一軒のあばら家だった。

 崩れかけているようにも見えるそれは、もはや廃墟と言っても差し支えないだろう。

 ここで何が待ち受けているのか、グリムを握る手にも汗が滲むほどの緊張だった。


「メアリー、説明してほしい。僕たちはこれから何に挑むのか」


「……強いて言うなら、社会よ」


「社会……人の生活となる基盤に戦いを挑むという事……? 」


「そうね、この戦いを無事乗り切ることができなければ私達の明日は惨めなものになる」


 そんな会話を今でも鮮明に思い出す。

 だというのに……。


「コールだ」


「ならば俺も……フラッシュだ」


「く……」


 なぜこの女はカードを片手に賭け事に興じているのだろう。

 いや、わかる、だいたい察した。

 ほぼすべてを理解した。

 そのうえで、メアリーを問いたださなければいけない。


「……どういうこと」


「え? だから社会相手に裏賭場で資金調達」


「明日が惨めになるというのは……? 」


「ここで負けたらしばらく酒場に通えない、とっても惨め」


「殴っていい? 」


「よくない」


 あぁ久しく感じていなかった。

 この腹の底から湧き上がる感情。

 怒り、いや憤怒と言う方がふさわしいか。

 以前グリムが調節して作り出した溶岩の槍を彷彿とさせる思いに内臓が焼ける様だ。


「それにしても……今日は調子が悪いわ、ちょっとローリー代わって」


「は? 」


「いやいや、傷がうずいて表情がうまくごまかせないのよ。ほら後ろから説明してあげるから代わりにカード握って勝負して」


「やだ」


「師匠命令、これも社会勉強だからやりなさい」


 僕はいつかこの女を殺すかもしれない。

 明確な殺意を持って、骨の一片も残さずに燃やし尽くしてしまうかもしれない。

 そう思いながら背丈の有っていない椅子に腰かける。

 テーブルの上はどうにか見えるが、視線が低くて何も見えない。


「おいおい、こんな嬢ちゃんが相手かよ。あのメアリー・ドゥも焼きが回ったんじゃねえのか」


「ちがいねぇ、なにせ今日はずっと負け通しだもんな」


「頭に怪我でもしたんだろ」


 一緒にゲームをしていた男達、そしてその取り巻きはゲラゲラと唾を飛ばしながら笑っていた。

 少し妙だ。


「メアリー」


 その感覚をメアリーに伝えようとしたところで、にやにやと笑みを浮かべている彼女を見てしまった。

 あぁなるほど、これで余すことなく読めた。

 あの女、最初からいかさまを仕掛けられているとわかっていたな。

 そのうえで僕に確認させて、こういったずるがしこい手段を覚えさせようという事か。

 好意的に解釈をすればこうなる。

 真相を探れば「人の顔色読めるでしょ、有り金ふんだくれ」だろうけれど、苦い真実より甘い希望という事にしておこう。


「ルールはわかるのかい、お嬢ちゃん」


 にやにやと笑みを浮かべたまま僕に話しかけてくる男、見ていても難しいものではないとわかる。

 カードを集めて決められた形にするのだろう。

 手札と山札からカードを交換して、より得点の大きい形へもっていく。

 最後にゲームを降りるか乗るかを決めて勝負に移行するのだろう。

 しかし……。


「言っただろう、私が真後ろに立って教えるって。立っていられると邪魔だというなら、この子を膝にのせてやるがどうする? 」


 メアリーは何かを企んでいるらしい。

 ならば僕も鞭を装ったほうがいいだろう。


「かまわねぇよ、最後には身ぐるみ剥いで素っ裸で宿まで帰らせてやるからなぁ……二人ともよ」


「そりゃ楽しみだ、この時期の夜風ならさぞかし気持ちいいだろうね」


 なるほど、ゲームの前に相手の動揺を誘うのも技法のひとつという事か。

 男の声色や表情は嘲るようなものだが、視線の奥からは確固たる意志を感じ取ることができる。

 少なくとも今夜儲けを出すという面は本気なのだろう。


「さて、じゃあまずは手札を交換するところだが……ローリー、どれを捨てたい」


「なら全部」


 手札には良いカードが無い、と言うわけではない。

 周りを見ている限り一組でも同じ数字があれば点数になるのだから一枚は握っている方がいいのだろう。


「……おいおい、本当にど素人以下じゃねえか」


 外野からの侮蔑は気にせずに新たに5枚のカードを貰う。

 見事にバラバラだ。


「それでゲームに乗るかい? 乗るなら掛け金を出しな、降りる時はそう宣言する、掛け金の上乗せもありだ、さぁどうする」


 ……手札が死んでいる、ならばゲームに乗る必要はないだろう。

 メアリーもニコニコしながら降りろと耳元でささやいている。

 せっかくだからこれを利用しよう。


「乗る、掛け金は100で」


「おい……一度言葉として発したら飲み込めないぞ」


 餅金は1000と言ったところだろうか。

 そのうち一割を翔るのだから向こうの警戒も当然だ。

 しかし今は心強い味方がいる。

 とっさに僕の意図を読んだメアリーが僕の頭を撫でてくる。

 少々力が込められていて、結構いたい。


「構わない」


「……俺は降りる」


 まず一人が下りた。

 チップを投げていることから降りる時にも相応の支払いがあるのだろう。

 その辺りはメアリーに任せよう。


「俺は勝負だ」


 残念なことに1人は勝負に打って出たようだ。

 

「なら、俺もだ」


 ……残念、1人しか下せなかったか。


「なら降りるよ」


 そう言うとメアリーがチップを前へ押し出して、残る二人のゲームとなった。

 二枚ずつのペアと、同じカードが三枚の勝負。

 どうやら三枚の人が勝ったらしい。

 おおよそ、理解できた。


「ローリー、ダメそうならいつでも代わるからね」


 自分から代役にさせておいて何を言っているんだろうか。

 そんな感情をこめてメアリーを睨む。

 しかし意外なことに彼女は心配そうな表情をしていた。

 ……いや、これ上辺だけだ。

 内心よからぬことを企んでいる表情をしている。


「大丈夫、まだいけるよ」


 とりあえず子供のふりをしておこう。

後編に続きます

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