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工房への散歩

 メアリーは、なんと言えばいいのだろうか。

 纏う雰囲気は熟練の番犬の様な迫力があるのだが、その実態は落ち着きのない子猫の様な性分をしている。

 例えば今僕たちは艱難辛苦を乗り越えて、強敵だった蛇を重傷を負いながらも打ち倒して町へたどり着き、療養に励んでいる最中である。

 僕に関しては人外ならではの回復力を持っているので全快しているのだが、あくまで人間の範疇から逸脱していないメアリーは全治3週間と言い渡されてしまった。

 正直に言うなら、死ぬ寸前の大けがだったというのに21日で治ってしまうのは人間としてどうなのだろうかとも思うが、実際言葉にして伝えた所脳天に拳骨が落ちたので二度と言わない。


 そんなメアリーが落ち着きのない子猫のような性分であるという考えに至ったのはつい先ほどの事。

 けがを負ってからまだ数日であり、下手に動けばいつ傷が開いてもおかしくない状況だ。

 仕事に関しては治療の片手間で手続きを終えたと言っていたので、今こうして町の散策をしているのは彼女の趣味だろう。

 そして露店で珍しいものを見つけるとふらふらとそちらへ引き寄せられ、美味しそうなものを見つけるとじりじりと近づいていく。

 新しいおもちゃやおやつを与えた猫を彷彿とさせる動きを見せるメアリー、そんなかわいらしい動作を、番犬の様な女性が傷まみれで行うというのはミスマッチにもほどがある。


「……メアリー、安静にしていないといけないんじゃないの」


「宿でゴロゴロしてたら傷と一緒に心まで腐るよ」


 そんな事を皮肉気に話すメアリーだが僕は知っている。

 僕が図書館に通っている間、グリムを鞄に詰めて飲み歩きをしている事を。

 たまに賭場に出かけてはグリムを利用していかさまをしている事も。

 人の半身をろくでもない事に利用した件については多いに抗議させてもらった。


「それで今日の目的は」


「んー蛇に装備を壊されたから注文をしようと思って、グリムのおかげで懐が温まったし」


 なるほど道理で荷物が多いわけだ。

 しかしそれならば僕が付いていく意味はないのではないか。

 ついでに連日飲み歩く必要も、グリムを使っていかさまをする必要もなかったのではないか。


「ローリーの言いたいことは分かるけどねぇ……全部理由があるのよ」


 メアリーは時々僕の表情を読み取って勝手に話を進める。

 そして進めた話は大体が僕の考えていた内容を正確に捉え、そして濁した回答であるのだから性質が悪い。


「説明を」


「飲み歩きは時間と金と体力を使う、その対価は人脈づくり。実際今回赴く店は飲みの席で知り合った腕利きの職人よ。賭けはそのための資金調達」


「……飲み過ぎたと」


「…………えーと、工房はこのあたりだったかな」


 露骨に話をそらしたメアリーを睨みつけながら、その後に続いた。

 町のはずれにある工業地帯、その中ほどにあるこじんまりとした石造りの建物だ。


「邪魔するよ」


 そう言いながら中に入っていくメアリー。

 しかし僕は入り口で立ち尽くしてしまった。

 目に映ったのは炉、黄金色に輝く流動体の入ったそれに既視感を覚えてしまった。

 僕とグリムが付き落とされ、全ての命が溶けあう賢者の石と呼ばれる物体。

 それをほうふつとさせる光景に足がすくんでしまった。

 久しぶりの感情の波に体が付いていけない。

 

「……ローリー、あれは鉄を溶かした製鉄炉よ、あの蛇とは違うから大丈夫」


 僕の顔色を再び読んだのだろう、メアリーが僕の肩に手を置いて耳元で囁いた。

 メアリーは、蛇を討伐したときに見た地面にしみ込んでいく流動体を思い出したのだろう。

 しかし彼女はそこに至るまでの、あの蛇や僕が生まれるまでの過程を知らない。

 そして僕が何におびえたのかを勘違いしている。

 けれど、それでも、メアリーの手が暖かい事に安堵した。


「らっしゃーい」


 そして僕が力を抜いた一番の原因は、出迎えの言葉だろう。

 小さな工房とはいえ、地区の中央に陣取ることができる実力者と聞けば誰もが強面の老人を想像するだろう。

 しかし以外にも出てきたのは野菜売りと言われたら信じてしまいそうな、少し筋肉の付きが良い程度の青年だった。


「メアリーさん、ようこそ我が工房へ」


「相変わらず職人らしからぬ性格だねヘンリー」


 ヘンリーさんと言うらしい彼は、しかしよく見れば職人としての特徴を持ち合わせている。

 長く伸ばした金髪は毛先がバラバラに切られているし、生え際から徐々に色がくすんでいる。

 おそらく燃えて焦げた毛先を都度ナイフか何かで切っているのだろう。

 毛の変色は熱によるもの、同様に長袖で隠された腕は大仰な身振りの度に痛々しい火傷の跡が見え隠れしている。

 手のひらにはタコができていて、爪は短く切りそろえられている。

 無精髭などから察するに、それなりに毛深いのだろうと思うが、手の甲は荒地のようにひび割れ、一本の毛も生えていない。

 こちらも炉の熱で燃えたか抜け落ちたか、さもなくば燃える前に剃ったのだろう。


「それでそちらのお嬢さんが……へぇ……? 」


 ヘンリーの視線が僕を捕らえた瞬間、得体のしれない悪寒に襲われた。

 値踏みをするような視線、今僕が彼にしていたことと同じだが、彼がやっているのはもっと深い所を見ているような、そんな視線だった。


「なるほど……これは見事だね」


「こらこら、二人とも紹介する前に勝手に分析するんじゃない」


 それを中断させたのはメアリーの発言だった。


「こちら酒場でナンパしてきたヘンリー、性格はともかく腕はそれなりの職人だ」


「どうも、ヘンリーです」


「これはローリー、私の弟子だ」


「……」


 正面から弟子だと言われると気恥しい。


「それで注文なんだけど」


 挨拶もそこそこに商談に乗り出したメアリーは、ヘンリーの言葉を待って話を止める。

 彼女の癖だが、わざと話を中途半端なところで終えて相手に委ねることがある。


「えぇ、メアリーさんから注文されたナイフと弓はあと数日で予算内に収まります。けど……それ以外は難航していますね」


「そうかい、じゃあ今日まで伸ばしていた話は? 」


「無理です、彼女を見てはっきりしたのは僕どころかどんな職人でも無理です」


「ふむ……まぁやっぱりとしか言えないけれどそうかい」


 話についていけない。

 聞く限り以前使っていた装備の代わりは既に注文してあるのだろう。

 その他にも何か注文を出していたようだが、たぶんあの蛇との戦いで使ったボウガンを仕込んだ籠手やらの特注品についてだろうか。

 けれど今日まで伸ばしていた、と言うのは何の話だろう。


「彼女……ローリーさんは完成されています。今まで数多くの人を見てきましたが、どんな人でも発展途上であり、そしてどのような武器にも合わせることができる肉体を持っていた。けれど……」


「完成されている、故にどのような武器にもその身を合わせることができない、有体にいえば武器を扱う才能が無い」


「その通りです、ローリーさんには武器を扱う事は出来ない。力任せに降る事は出来るでしょう。弓や銃を放つこともできるでしょう。訓練次第では正確な射撃もできます。けれどそれまでです」


「技術は磨けるけれど、同格異常には通用しない」


「はい、才能という物は努力や時間を超越していますから」


「と言うわけだ、残念だったねローリー」


「残念ながら話についていけない」


 いや、おおよそは理解できる。

 話の流れは理解できる。

 メアリーがこの男に僕の武器を作ってくれと頼み、そしてヘンリーは直に見て決めるという回答を出したのだろう。

 そして実際に僕を見て武具を扱う才能が無いと見抜いた。

 先ほどの視線はそう言った部分を見ていたのだろう。

 そこまでは理解できる。

 けれどなぜ僕に武器を持たせるという話になったのかが問題だ。

 おそらくは魔力切れという点を補うための物だろうけど、それならば適当なものを見繕えばよかったのではないか。


「あー説明は面倒だから帰ってからで、此処には長く居たくないし」


「ひどいですよーメアリーさん」


「しょうがないだろう、こう蒸し暑いと傷に悪いんだよ。鉄臭いし汗臭いし男臭いし」


「まぁその点は同意しますけどね……こんな所より酒場や娼館の方がずっと心地よいです」


「あぁ、こんな所よりも酒場や賭場の熱気の方が心地よいからね」


 結局、わからないことだらけだったこの散歩。

 二つ分ったことは「類は友を呼ぶ」という事。

 そして、メアリーの本質は番犬とは程遠いという事だった。

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