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8話

「大丈夫か?怪我はないか?」

「は、はい…大丈夫です」


なんとか答えるも、未だ頭は混乱真っ最中。

なんでここに皇太子様が!?

私接触しちゃいけないのにさっき思いっきり受け止められちゃったし!?

もしばれたらもう二度と会えなくなる!?


(す、すぐに離れたほうが………でもぉ…)


およそ7か月ぶりの再会。

一時はもう二度と会えないとまで思っていた皇太子様。

謝罪のために会えるように父様にお願いはしていたが、こんな風に話せることはないだろうと諦めていた。


そう……思っていた。


「ならよかった。仮面舞踏会というものは仮面を取ってはならないと聞いていたのだが、ああいうマナー知らずもいるものなのだな」

「そう……ですね」


私に向けられるその言葉一つ一つが…私を『エリーゼ』と認識していなくても…そのことが嬉しくて言葉が紡げない。



諦めた。諦めたつもりになっていた。

おそらく、謝罪のためだけの再会であれば、そのままシャルロットとして生きていたかもしれない。

けれど、今、何気ない言葉を交わしている。

それだけ。

たったそれだけが……閉じ込めたはずのかつての感情を呼び起こす。


(諦め……られるわけが…ない!)


好きだった。愛していた。政略結婚と言われようと、二人での将来を望み、ずっと生きてきた。

こんな程度で……諦められるわけがなかった。



あふれる感情が瞳から涙をこぼす。こぼれた涙が、顎へと伝い、落ちていく。


「!? どうした、やはりどこか…いや、今日はもう帰ったほうがいいのではないか?」


涙に気付いた皇太子様が気遣うように声をかける。


(そうだ…涙を流している場合じゃない)


このまま帰るなんてもってのほか。

これはチャンスだ。可能性だ。


一言断って後ろを向くと仮面を取って涙を拭う。

再び仮面をつけ、皇太子様へと向き直る。


「失礼しました。仮面を付け直した時に少し目にゴミが入りまして」

「…そう、か。それならばいいが」

「…よろしければお名前を伺ってもよろしいですか?私はエシャルと申します」


仮面舞踏会では身分も、素性も明かさない。

だから、ここで名乗るのは偽名だ。


「…俺はスロイカだ」


(逆読みって……まぁ私も人のこと言えないけど)


『エ』リーゼと『シャル』ロットで『エシャル』。我ながら安直だけど、まぁいいとしよう。


自己紹介を終えたところで、ちょうどダンスタイムらしい。

手を取り合った男女が会場の中心へと向かっていく。

どうしようと考えていると、すっと目の前に手が差し伸べられる。


「ここで会ったのも何かの縁。よろしければ一曲いかがでしょう?」


まさかのダンスの誘いに困惑してしまう。

そもそも何故皇太子様がここにいるのか、エリーゼはどうしたのか、いろいろ聞きたいことはあるけれど…


(ここは仮面舞踏会…聞けるわけがないわね)


身分も素性も問いただしてはいけない、明かしてはいけない。それがルール。

なら、それに関する問いもダメ。

ならここでは、ただのエシャルとして、そしてただのスロイカ様として接するのが礼儀。


「喜んで、お受けします」


差し出された手をとり、そのまま中心へと向かう。

繋がれた手に懐かしさを感じ、自然と口元が緩んでしまう。


(見た目はなめらかで綺麗なのに…しっかり鍛えられた男性の手)


適当な位置に着くと、ゆっくりとダンスが始まる。

スロイカ様のリードはお手本のようなもので、とても踊りやすい。

踊りやすいのだが……それを少し物足りなく思う自分がいた。


(すっかり皇太子様の意地悪に毒されちゃったのかしらね……)


そうして、もうすぐ一曲が終了しそうというところ。

最後の1フレーズというところで、突然リードが無くなった。


(いきなりどうして……違う、リードが無いんじゃない!)


それは視線の動き。

仮面越しから覗く瞳が、次の動きを……かつてのエリーゼにしていたようにリードしていた。

そのリードの内容を読み取り、ステップを踏む。

次に再びスロイカ様の目を見れば、その目は驚愕に見開いていた。

曲が終わり、手を放して一礼……なのに、未だ手はスロイカ様に握られたままだった。


「スロイカ様?」

「………何故」

「…如何なさいました?」

「…何故、最後のステップが分かった?」

「えっ?」

「リードはしていなかった。なのに何故分かった?」

「それ、は……」


咄嗟に動いてしまったけど、スロイカ様の…皇太子様の視線のリードはエリーゼ以外は知らないものだ。


(どう、しよう………)


正直に言ってしまうか?

いや、そもそもここは仮面舞踏会。

素性を話してはならないし、それにリードがわかっただけで私自身がエリーゼであることの証拠になんてならない。

仮にここで言ったとしても、それを裏付けるために今の私がシャルロットであることから始めなければならない。そうなれば、その時点で2年半前の事件が再燃して、それまでの私の発言そのものに疑いが持たれるし、当然『エリーゼ』にもこのことは伝わるだろう。

そうなればどうなるかは分かる。


ならば…と、改めて考える。

『エリーゼはもういない』と。そう決めた。

なら、エリーゼの立場で皇太子様との関係を持つのではなく、『シャルロット』として皇太子様と結ばれたい。

エリーゼに戻ろうなんて考えない。

私はもうシャルロットなんだ、と。


シャルロットの立場で、皇太子様と結ばれるのは困難だ。

謝罪の件が片付いたとしても、エリーゼとの婚約がある。

だけれど……今、この状況はチャンスだ。

皇太子様が奪われた…なら、奪い返せばいいのだ。

『エリーゼ』に文句は言わせない。

黒魔術という非合法な手段まで使ってきた相手に、何を遠慮することがあろうか。

この、今私の手を握るスロイカ様…皇太子様の手を、シャルロットへ向けられるように。

エシャルではなくシャルロットへ。


「…たまたまですわ、スロイカ様」

「たまたま、だと?」

「はい。リードがわかりませんでしたので、スロイカ様を見つめたらなんとなく次はこうなのかなって」

「………」

「ですが、リードをしてくださらないのは殿方としてマナー違反だと思いますよ?」

「…ああ、すまない。つい、な」

「つい……ですか?」

「ああ…」


話す気は無いのか、それ以上は口を噤んでしまった。

すると、いつの間にか次の曲が始まっていた。

未だ、スロイカ様の手は私の手を離さない。

すでに周囲は踊り始めている。


「…このまま、もう一曲、踊っていただけないだろうか?」

「よろしいのですか?」

「ああ。周りはすでに踊り始めているし、それに……」

「それに?」

「君とのダンスは…すごく気持ちがいい」

「まぁ……」


そうして、二曲目を踊り始める。


(『つい』…か)


先ほどの視線のリードはエリーゼ以外には決してやらなかったリード。

少なくとも私はそう認識していた。

何故、今ここでそれをやったのか。


そもそも、だ。何故皇太子様が仮面舞踏会なんかに出席されているのか。

少なくとも、私が『エリーゼ』であったころにはそんな話が聞いたことがない。

以前にダンスの場として仮面舞踏会の話が出たとき、私が出席することは厳禁とされたときに皇太子様も、「エリーゼが出ないなら俺も出る理由は無い」と出席する気は無いと断言していた。

それなのに、今ここにいるのか。

そういえば、とずいぶん前に父様が言っていたことを思い出す。

『今のエリーゼ』についてずいぶんと不穏なうわさがあること。

もしかすれば婚約破棄もありうると。


(『エリーゼ』に愛想が尽きた…?)


なにせ、皇太子様は私に負けず劣らずダンス好きだ。

その相手をいつも務めていたのは私ことエリーゼ。

しかし今は、そのエリーゼは夜会には顔を出していないとのこと。

皇太子様であれば、ダンスの相手など正妃の座を狙う令嬢がいくらでもいる。

いるのだが……、皇太子様はかなりダンスの出来に厳しい。

並の令嬢が踊る程度のダンスでは到底満足などしない。

だから、何か踊る機会がある毎に私が呼び出されていた。

私とのダンスなら、皇太子様も満足するからだ。


『今のエリーゼ』は夜会に出席していない、と言っていた。

となれば、当然皇太子様とも踊っていないだろう。

そもそも、『今のエリーゼ』に皇太子様が満足できるダンスができるかもわからない。


仮面を付けた皇太子様…スロイカ様の表情はわかりにくい。

けれど、さっきの言葉通りなら、私とのダンスには満足している。


もし、この場に来ているのがまともなダンスができないことへ不満のはけ口だとしたら?


「スロイカ様」

「なんだ?」

「楽しいですか?」

「…ああ、楽しいな。こんなに楽しいのは数か月ぶりだ」

「ふふっ、それはよかったです」


(これは、かなりのチャンスかも)


皇太子様への謝罪を行うまではあと五か月。

その間、こうして仮面舞踏会で少しずつ皇太子様との距離を縮めていけば…


「スロイカ様は、仮面舞踏会に何度もいらしてるのですか?」

「いや、今日がはじめてだ」

「そうなのですか、私も今日がはじめてなんです」

「そうか。なら、はじめて同士というわけだな」

「そうですね、ふふっ」





二曲目も終わり、今度はスロイカ様は手を離した。

一礼し、さぁどうしようと考え始めた矢先、スロイカ様が手招きをしていた。

それに応じるままついていくと、ドリンクを渡され、壁際に並んで立つ。

一口飲めば、少し火照った体に冷たい液体が喉を通る感覚が心地いい。


「さっきも言ったな。こんなに楽しいのは数か月ぶり、と」

「ええ」

「…また、エシャル嬢と踊れるだろうか」

「それ、は…」


(これって…次の仮面舞踏会にも来てほしい、ってことでいいのよね?)


思った以上の反応に嬉しい反面、少し複雑に感じている私もいた。

何せ今の私は素性不明のエシャル。

その私に、こんなにもあっさりと次も会いたいと言ってきた皇太子様に少し胸が痛んだ。


(いやでも、素性は分からなくても私は私なわけで、私を愛してくれていたのなら、私に好意を持つのは当然なんだし…それはつまり、やっぱり私を好きになってくれるかもしれないってことだし…でもでも、エリーゼがいるのに別の女性に対してそう言うのはやっぱり……ああもうわけわかんない!と、とにかく返事をしなくちゃ!)


「はい、私もまたスロイカ様と踊りたいです」

「そ、そうか」


スロイカ様の手が自らの口元を隠す。

その指の隙間から見える口角の上がり具合が、喜んでいることを示していた。


一息つくと、再びスロイカ様が手を差し伸べていた。


「…このまま、今宵はエシャル嬢と踊りつくしたい。付き合ってくれるだろうか?」


この上ない申し出だった。

もちろん私の返事は決まっている。


「喜んで、おつきあいいたします」






その後、文字通り夜遅くまで踊りつくした結果、私は疲労困憊で立てなくなってしまった。

スロイカ様に休憩に付き添ってもらい、次の仮面舞踏会で会う約束を交わして帰路に就いた。


予定時間を大幅に過ぎた帰宅に、父様は怒りやら心配やらが複雑に入り混じった表情で出迎えてくれた。

踊りすぎで足腰がふらついてしまったことも余計な懸念を与えてしまい、次の仮面舞踏会への出席を許可しないと言われてしまったのには、全力で説得する羽目になったのだった…

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