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7話

「仮面舞踏会…ですか?」


ダンスの先生が去ってから直後。

私は父様にダンスが踊れる環境が欲しいことを伝えたところ、仮面舞踏会という答えが返ってきた。


「ああ。……互いに身分を明かさず、詮索せず、一夜楽しむ場だ」


そういう父様は顔を背けた。

仮面舞踏会…エリーゼのときにも聞いたことはある。

文字通り仮面をつけ、老若男女問わず貴族の面々が集まり、表向きにはダンスパーティーを行う。

しかし、互いの合意もあれば、その先の行為を行うこともある。そのための場所もセットされている。

聞いたことがあるというのは、かつてエリーゼのときにダンスを踊れる場として調べていた時に引っかかったからだ。

もっとも『そういうことをする』可能性がある場所に、皇太子様の婚約者であるエリーゼが行くわけにも行かず、当然その件はお蔵入りとなっていた。


(なるほど……まぁそういう場なら、父様が顔を背けるのも分かるわ)


なんせ仮面舞踏会に女性が赴くのは、むしろそういうことをするためと思われるほうが高い。

互いの家柄を気にせず真に通じ合えた相手を見つけることができる唯一の場だ。

もしかすれば格上の令息と知り合えることも少なくない。

身分こそ明かさないのがルールだが、仮面舞踏会外ではその限りではなく、これがきっかけで結ばれた貴族家も少なくない。

とはいえそっちは稀なほうで、大抵は不倫の場…というのがもっぱらだったりする。


もちろん参加者全員がその腹づもり…というわけでもなく、秘密の情報交換の場だったり、要は色々怪しい場ということだ。

様々な思惑でもって開かれる仮面舞踏会。

そこに文字通りダンスパーティーだけで出向こうとするのは、私くらいかもしれない。


夜会には何度も出席したことはあるけど、仮面舞踏会は無い。

エスコート役も不要のようだし、身分が不明である以上、格式ばった進行も無いらしい。

ダンスをしに行くだけ…の場としては少々大げさだけど、それとは別にしても仮面舞踏会そのものには興味はある。

もしこの先結婚すれば、そういう場へ出向くのは夫婦の仲にヒビを入れかねないし、そういう風に見られるのもイヤだ。

あくまでもダンスだけ、それ以外のことをする気は毛頭ない。

…それに、今の私の姿を他人が見たらどう思うのかも確認しておきたいのもある。


「参加させてください」

「………」


私の答えに父様は言葉を詰まらせる。


「ご安心ください。あくまでもダンスをしに行くだけです。それ以外のことをする気は一切ございません」

「…本当に大丈夫なのか?」

「はい。でしたら帰宅時間も決めておきましょうか?」


ダンスだけならそう遅くまでいる必要も無い。

体力の限り踊り続けたいが、まだ今の身体ではどうせそこまで遅くまでは体力はもたないだろう。


「…分かった。なんとか手配しよう。…充分気をつけるんだぞ」

「はい、ありがとうございます」





そして数日後。招待状を手に私は仮面舞踏会の会場へと向かった。

用意した仮面は赤いかぼちゃの面。女性ならあまり顔を隠しすぎるものを選ばないようだけど、そういった気が無いことを悟らせるためにあえてほぼ隠れてしまう面を選んだ。

ドレスも、スカートは全体に丈が長く、胸元や腕先もしっかりと覆い、露出している部分はほぼ無いというくらいにした。

生地は薄いので多少ダンスで火照ったとしても通気性は高い。

これもまた、その気が無いことを示す。

赤い髪は後ろに束ねて流す形にした。


馬車で向かう道中、付き添いのアリエスが心配そうに声をかけてきた。


「お嬢様…本当に大丈夫ですか?」


それはアリエスも仮面舞踏会がどういうものか、聞き及んでいるからだろう。

それに私は微笑むと、


「大丈夫よ。ダンス以外興味ないもの」


と、安心させるように言う。

それに今回会場となる貴族家は、その道では安全な面で知られているようだ、とは父様の話。

どうも、公式に開かれる場ではないために、たまに無理矢理行為に及ばれてしまい、問題になることもあるという。

本来はそうならないよう、各所に警備員が配置されるのだが、警備員が少なくて監視の目が及ばなかったり、買収されることもあるという。

今回は、警備員の数も多く、その警備員が貴族家に代々仕える家系が行うようで買収も通じないという。

実際過去に問題が起きたこともないことから、父様も安心して今回の仮面舞踏会への参加を許可してくれた。

もしこれが問題のあった貴族家だったなら、許可しなかった、とのこと。




そうしているうちに馬車が目的の屋敷へと到着した。

仮面を取り付け、馬車から外へと出て行く。


「じゃあ行ってくるわね」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」




招待状を見せ、会場へと入っていく。

既に会場には大分人が入っており、その顔には当然仮面が付いている。

まぁそれも当然で、既に舞踏会自体は始まっている。

ダンスが始まる時間を狙ってきたのだから。

あまり早く来て面倒な輩に絡まれる可能性は減らしておきたいから。

ダンスだけして、ダンスが終わったら帰る。それが今日の私の予定だ。


ドリンクを受け取り喉を潤す。


「おやおや、これは変わったご令嬢だ」


周囲の状況を見るに、まだダンスは始まらないようだ。

みんながどんな仮面をつけているのか観察でもしながら待つとしよう。


「…カボチャのご令嬢、無視はいただけないな」

「はい?」


振り返ればそこには……狼の仮面を付けた長身の男性が立っていた。


(狼?あからさますぎないかしら…)


もしそういうのが目的ならこの男とともにいるのは危険。


「やっと気付いてくれた。しかし珍しいね、女性でそこまで広い仮面をつけているのは」

「ええ。広くていいでしょう?」


私の言葉に男はこちらの意図を読み取ったようだ。

一瞬、目が鋭くなる。


「なるほど、仮面といい、服装といい、まるでかぼちゃのように堅い。しかし、その堅さも長く煮込めばトロトロに柔らかくなってくれる」


(この男……!)


あまりにも分かりやすすぎる男の意図、そしてその視線が私の身体…の一部に注がれていることに嫌悪感が出る。

これ以上この男と関わっていけない、視線を向けられるのも嫌だと踵を返した。

が、私の手を男が掴んでくる。


「離してくださるかしら」

「舞踏会はまだまだこれからだよ。もう少し話をしてくれてもいいんじゃないかな」

「結構です。これ以上話すことはありません」


無理に引き剥がそうとしても、なかなか離そうとしない。


「君、仮面舞踏会は初めてだね?」

「………」

「ふふっ、恥ずかしがることではないよ。大丈夫、僕がこの仮面舞踏会についてやさしく教えてあげるよ」

「結構です、と既に申し上げました」


一度感じた嫌悪感は消えない。

今すぐにでも離れたいのに男の力が強く、なかなかを手を離せない。


「離して」

「聞き分けの無い子は駄々っ子のようで可愛いんだけど、度が過ぎるのはいけないなぁ」


次の瞬間、掴まれた腕を強引に引き寄せられ、無理矢理男の腕の中に収められてしまう。


「ふふっ、これはこれは大層なものをもっているね……後が楽しみだよ」


男の下卑た声が頭の上から下りてくる。

私の胸が男の身体で潰れた形になり、その感触が男にも伝わっているのだろう。


(ふざけないで!誰がこんなやつと!)


もはや隠す気もない男の欲望におぞましさすら感じ、必死に引き剥がそうとするがそれでも男の力に適わない。


もう我慢ならない。

仮面舞踏会でそういう行為は認められていても、それは合意の上。

こんな無理矢理など認められない。

だから私は、大声を上げて…


「どうせだし、顔も見せて欲しいな」


突如、目の前の視界が開ける。

仮面が取られたと分かり、とっさに片手で顔を覆う。


「残念、一瞬しか見えなかったなぁ」


白々しい言葉に一気に怒りが沸く。

幸か不幸か、いつの間にか男が壁になる形になっているため、仮面を取った私を認識しているものはいない。

けれど逆に言えば、今この状況を他の誰も認識していない。

仮面舞踏会において、仮面を取るのは決してあってはならない。


「返してっ…!」

「ああ、このままじゃ舞踏会に参加できないねぇ。じゃあちょっと付け直しがてら休憩に行こうか」


私の手を掴んでいた手がいつの間にか腰に回されており、強引に引っ張られる。

このまま男の言うとおりにされていてはとんでもないことになってしまう。


「おい、そこのお前」


そこにかけられた声。

男の足が止まる。


「何故その女性は仮面を取っている?仮面を…」


そこまで言って声が途切れる。が、続いた声は、冷たいものだった。


「…お前が手にしているのはその女性の仮面か。貴様、無理矢理取ったな」

「それは違います。私達は、この短い逢瀬で互いに愛を感じたのです。仮面を取ったのはその愛を確認するためですよ」

「じゃあ何故その女性は腕で顔を隠したままなんだ?貴様が仮面を付けたままなのに、女性だけ仮面を取ったその状況が、そんな言い訳が通じるとでも?」

「…うるさいですね。あなたに何の関係が…」

「いい加減にしなさい!」


誰が相手なのかは知らないが、口論になり男の掴む力が弱くなった隙を突いて強引に手で突き飛ばす。

しかし男が踏ん張り、結果的に体重の軽い私のほうが突き飛ばされる形になってしまった。


「キャッ!」

「おっと」


突き飛ばされた先で誰かが受け止めてくれた。が、顔は腕で隠したままで誰が受け止めてくれたのかはわからない。


「大丈夫か?」


またも頭の上からの声。どうやら男と口論していた別の男に受け止められたらしい。

すぐに立ち直りたかったけど、思ったよりも体勢が悪い上、片手を顔を覆うのに使っているので体勢がすぐに立て直せない。


「チッ」


軽い風切音と、何かを受け止める音。


「ほら、君の仮面だ」


その言葉に少しだけ手をどけると、そこには私が付けていた仮面。

すぐに受け取ると仮面を付け直し、男から離れる。


見れば、さきほどまでの強引男はいなくなっていた。

どうやら舌打ちすると仮面をこちらに投げてどこかに去ったようだ。


振り返り、助けてくれた男を見る。

男は鳥の仮面をかぶり、少し長めの銀髪が見えていた。

身長は私よりもだいぶ高め。


「とんだ災難だったな」


そんな銀髪男の声がかかる。が、今の私は混乱していた。


(えっ、あ、えっ……なんでここに……)


これまでの一生で、親よりも聞いたであろうその声。

エリーゼが金髪だったのに対し、『彼』は銀髪だったことから、周りには『まぶしい二人だ』と茶化されていたのを思い出す。


目の前の『彼』。

『彼』こそが……シャルロットに対し接触を禁じ、エリーゼの婚約者。

皇太子、カイロス様だった。




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