6話
少し遅れました
あれから半年が過ぎた。
毎日の地道なダイエットが実を結び、今では「ぽっちゃり」と呼べるくらいにまでなった。
まだまだ令嬢として人前に出れる状態じゃないけど、これでようやく次のステップに進める。
場所は父の書斎。
あるお願いをするためにここに来た。
「ダンスの講師を…?」
「はい」
夜会でのダンスは、貴族の嗜みだ。
ここで無様に足をもつれさせたり、まして転んでは恥では済まない。
それに…
「……分かった、手配しよう」
「ありがとうございます!」
これでダンスが出来る!と思うとつい力が入ってしまう。
そんな私の様子を父様が不思議そうに見る。
「そんなにダンスがしたいのかい?」
「ええ、ダンスは大好きですから!」
ダンスは大好きだ。
身体全体で、手と手をとり、一連の動きを時には優雅に、時にはダイナミックに、音楽に合わせて表現する。
エリーゼの時には金色の髪を舞い躍らせ、開始から終了まで踊り続けたことから黄金の妖精と称されたこともあった。
(踊りすぎだと父上に怒られたこともあったかな…)
「大好き……か」
「…何か?」
「いや……なんでもない」
数日後。
父様の手配したダンスの講師が屋敷に来た。
簡単に挨拶を済ませ、早速練習に入る。
「シャルロットお嬢様はダンスは初めてでいらっしゃいますね?」
「…はい、『初めて』です」
「分かりました、では…」
そう言って講師の指導はが始まる。
もちろん、ダンスは『エリーゼ』として踊ってきた。
…のだが、以前に自室で軽くステップの練習をしてみたら、全くと言っていいほど身体が動かなかった。頭では理解できている・イメージできているのに、それに身体がついてこない。
踊れる私が当たり前だっただけに、この事実は結構落ち込んだ。
脂肪を落とし、動ける身体さえ作ればダンスはどうとでもなる…そんな考えが甘いことを思い知った。
これは一から始めるしかない。
その考えに至り、父様にお願いしたのだった。
こうしてダイエットの日々に、ダンスの講習が追加された。
午前中はランニングと、そして軽い筋トレも始めた。腕まわりの肉も気になるからだ。
午後はダンスの講習。指導を受けてみれば、父様が手配してくれたこの講師はかなり上手だし、教え方も上手い。
適切な指導と私自身が持っているイメージが身体の動きを徐々に滑らかに変えていく。
講習が始まり、二週間も経った頃。
私は別の問題に直面していた。
「……思った以上に邪魔になるわね」
胸の二つのふくらみを持ち上げる。
それは『エリーゼ』の時には無かった悩み。
当初は身体全体が脂肪の塊だったため、そこは大して気にしなかったけど、やせるにつれ、そこだけはそれほど損なわれること無く、むしろその大きさを強調するようになってしまった。
日々のランニングでもそうだ。
今ではサラシを強めに巻きつけてあまり揺れないようにしている。結構キツイ。
「お嬢様は…大きめですからね」
そんな私の胸を、アリエスが羨ましそうな目で見つめる。
アリエスは……『エリーゼ』と同じくらいだ。少々慎ましやか。
ダンスの指導も徐々に次の段階に入り、身体の振りが入ると、これまた胸が揺さぶられる。
上下だけでなく、左右に。
もうすぐダンスの講習の時間。
「アリエス、もう少しきつめに巻き直してくれるかしら?」
「よろしいのですか?今でも結構きつめですが…」
「…きついくらいなら我慢するわ。でも痛いのはイヤ」
「左様ですか」
「シャルロット嬢、あなたは天才です」
「そんなことありません。先生の指導の賜物です」
ダンスの講習を始めて一ヶ月も経った頃。
さらに体重も減り、身体が軽くなると私の身体がより自らの意思で動けることに実感が出てきた。
ダンスも徐々にかつての私のイメージに沿って洗練されていく。
たった今先生と踊ったダンスは、かなりテンポが早く、しかもリードがかなり意地悪だった。
「そんなことはありません。正直、教え始めてからの貴女の上達具合は目を見張るものでした。しかし、それはあくまでも指導の下。実践ともなれば、様々な男性と踊ることがあります。そうなれば、基本とは異なるダンスをリードしてくる者もいることでしょう。それを教えるために少し無茶なダンスをしたのですが…」
「フフッ、意地悪ですね」
「よく言いますね。それにもあっさり対応されるですから、もう一人前と言っていいでしょう」
「一人前、ですか」
「ええ。あのリードで対応できる方は国中探しても片手の指に足りるほどですよ。実際、様々な令嬢の指導を承ってきましたが、最終的に対応できたのは貴女を含めて3人です」
(まぁ今のダンス程度でしたら、皇太子様と比べれば問題ないですし)
私も、そして皇太子様もダンスが大好きだ。
そして、婚約者という立場上、夜会ではとにかくともに踊ることが多かった。
10年ほど前に婚約してから夜会がある度踊り、プライベートでも踊ることが多かった。
そうなってくると、少し茶目っ気のあるあの皇太子様は少しずつリードで意地悪するようになった。
動きを小さくしてあえて動きを悟られないようにしたり、それが通じなくなると視線でリードしようとしたり。それも通じなくなると時には動き、時には視線とこれまた無茶振りをしてきた。
仕舞いには、一切リードのないダンスまで強要してきた。
初めてそれをやらされた日には直後に怒ったものだが、「でもできたじゃないか」の一言に怒る気力がどこか行ってしまった。
とりあえず、私以外にこんなリードをするなと、マナー違反だと釘を刺したこともあったけど、「君以外にこんなことをするわけがない」と言われ、つい赤面してしまったのはいい思い出だ。
「お褒めの言葉として受け取っていただけたようですね」
皇太子様との思い出を思い出していたらつい顔が緩んでいたらしい。それを褒められたことからと先生は勘違いしていたが、余計なことを言う必要も無いと頬に手を当ててごまかした。
それから数日後。
先生はダンスの指導を終えて、去っていった。
曰く、「一人前となった令嬢と指導を続けていると稀に惚れられてしまうことがあり、問題になるので、指導を終えたら契約を打ち切る」のだという。
確かにダンスは(元の通りに)踊れるようになったので問題はない…のだが、ここで別の問題が生じた。
「踊れる相手がいない…」
父様はダンスに付き合っていられる時間は無い。
シャルロットには他に兄弟はおらず(だから甘やかされたのかも)、適当な人物がいないのだ。
ダンスは大好きだし、ただランニングするよりもずっと楽しくやせることができる。
本当は徐々にランニングの時間を減らし、ダンスの時間にするつもりだったのだけれど…
「…アリエス、実は踊れたりしない?」
「申し訳ありません、ダンスは全く…」
執事の面々に聞いても反応は良くない。
約束の時まであと5ヶ月。
それまでダンスはお預け?せっかく踊れるようになったのに?
「なんとか…なんとかダンスができるようにしないと」