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5話

短めです

「…様、お嬢様、起きてください」


身体が揺さぶられる。

同時にかけられる心地よい響きの声に、目覚めかけた意識がまた沈みそうになる。


「お嬢様、もう朝ですよ」

「…あ、さ……?」

「はい、朝でございます」


なんとか瞼を上げると、朝日が差し込んでいるのが分かる。


「ねむ……い……」

「昨日はお疲れでございましたからね」


苦笑しながらアリエスが言う。


「うぅ……」


まだ抜けない眠気。

昨日に引き続き筋肉痛。

布団から出ようという意思が削がれていく。

せめて眠気だけでもなんとかしないとこのままでは…


「アリ…エス、パーンって…して…」

「パーン…ですか?」

「そう…思いっきり……頬を…」

「えっ、ええ!?そ、そのようなこと…!」

「早…く……目が……」


瞼が落ち始める。

これが完全に閉じたとき、私の意識も眠りに落ちてしまうだろう。


「う……お嬢様、申し訳ありません!」


腕を振りかぶる音が聞こえる。


「いったぁーーーーーーー!!」





「本当に申し訳ありません!つい加減を…!」

「いいって言ってるじゃない。私がお願いしたんだもの」


今は朝食。

もぐもぐと口を動かす私の頬にきっちり刻まれた手のひらマーク。

赤く腫れ上がり、並の令嬢ならとんでもないことだが、どうせ外出も来客の予定も無い私が気にすることもない。


「おかげでばっちり目を覚ますことが出来たわ。明日からもお願いしようかしら」

「後生でございます!それだけはどうか!」


若干涙目になりつつあるアリエスに、これ以上頼むのは酷かなと思いつつ紅茶に口をつける。


頬はまだヒリヒリと痛い。




食休みを終えて昨日と同じく裏庭へ。


「さぁ今日も始めるわよ!」

「はい、お嬢様」


戦闘服(?)に着替え、いざ準備運動を始める。


「き、筋肉痛が響くわ……」


そうして今日も、走っては歩いて一休み、歩いて一休みを繰り返していく。

1日が終わり、いつものストレッチとマッサージを終え、眠りにつく。





そんな生活を一ヶ月も続けた頃。


「お嬢様、もう少しでございます」

「はっ、はっ、はっ」


息が切れる。心臓が激しく脈打つ。脚が震え、今にも止まりそうになる。

ほとんど歩いているのと変わらない速度で、それでも走り続ける。

目の前に迫るのは屋敷の裏庭側。

一ヶ月前には屋敷の前からスタートして10秒で歩き始めたのに、今ではかろうじてではるけれど、裏庭を走って一周できそうになっていた。


「ご、ゴール……」

「おめでとうございますお嬢様!」


屋敷の壁に手をつくとそのまま膝から崩れ落ちてしまう。


「はっ、はっ、はっ、はっ…」

「お疲れ様です」


額に当てられた濡れタオルが気持ちいい。

そのまま噴出す汗が拭き取られていく。


「頑張っているようだな」


声を掛けられたほうに顔を上げれば、そこにはトワイライ伯爵…父様の姿があった。


「父様」

「正直驚いているぞ、ここまで続けるとはな」

「もちろんです。もう後には引けないのですから」

「そうだ、な……」


父様のこちらを見る目が少しだけ、遠くを見るような目になる。


「父様?」

「そういえば…だな、シャル、以前にロトール家に行きたいと言っておったな?」

「…はい」

「……どうも最近、ロトール家のエリーゼ嬢に不穏な噂が流れているらしい」

「えっ?」



ロトール家のエリーゼ。

かつての私だけれども、今はどうなのかわからない。

おそらくは中身はシャルロットだろうけども。確証は無い。


「不穏な噂……とは?」

「…気になるか?」


その言葉に少しムッとしてしまう。


「その言い方は卑怯です。父様から話を振っておいて」

「すまんな。エリーゼ嬢なのだが…どうも最近は夜会や茶会に顔を出さず、部屋に篭るか、王城へ皇太子様へ会いに行くだけらしい。どうも以前までのエリーゼ嬢らしくない、とな」


その噂の内容に、エリーゼ=シャルロットの可能性が高くなる。

夜会や茶会…どれも私が付き合いを持っていたのはいずれも貴族で上級の方々ばかり。

貴族階級に差があり、これまで引き篭もりでまともに面識が無かったであろうシャルロットに、そんな相手が務まるわけが無い。


「そうですか」

「皇太子様の婚約者として無碍にはできないそうだが……このまま続けば、そもそも婚約すら破棄されるのでないか、という噂もある。所詮噂ではあるがな」


アリエスから水筒を受け取り、喉を潤す。


(……もう、関係ないことだわ。『エリーゼ』は)


呼吸も整い、足の震えも収まってきた。

水筒をアリエスに返すと、再び立ち上がる。


「まだ、続けるのか?」

「もちろんです。それでは」


くるりと背を向け、裏庭へと歩いていく。

脚の震えが収まったとはいえ、疲労は溜まっている。

昼食まではゆっくり歩くことにした。



「……シャルロット、エリーゼ嬢……まるで、入れ替わったようだ」

「…父様?」


声を掛けられたような気がして振り返るが、既に父様はこちらに背を向けて歩き始めていた。





その日の夜。

寝る前の姿見での全身チェック。

裏庭一周を走り切った事からも、全身の脂肪は一回りくらい減った気がする。

それに、最近ようやく減らした食事量に身体が慣れてきた。

満腹に感じるわけではないが、食べた直後に空腹と感じることは無い。


「ようやく、第一ステップが完了ね」

「第一ステップ…ですか?」


私の言葉にアリエスが首をかしげる。


「ええ。まさか裏庭を走れるようになったらお仕舞じゃないわよ?まだまだステップはあるんだから」


最終目標は、皇太子様の前に出れる身体にすること。

そのための第一ステップは、走れるようになること。

けれど、確かに今日は裏庭を走りきることができたけど、そのペースはまだまだだし、一周走って力尽きるようではまだまだ。


「次は普通のペースで走れるようになること。まだまだこれからよ」

「承知しました。これからも、お付き合いさせていただきます」

「ええ、頼りにしてるわ」


そう言って、布団に潜り込む。


「あふ……」

「ふふっ、おやすみなさいませ、お嬢様」

「おやすみ。明日はパーンで起こして頂戴ね」

「ご勘弁くださいませ!」


高速で下げられた頭に苦笑しながら、「普通にお願いね」と言い直して、眠りについた。



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