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26話

「………んん?」


目を開ける感覚を覚える。

目にしたのは豪華な装飾が施された天井。

背には柔らかな感触。布団が掛けられており、私が今寝ているということを理解できた。


(私、何で寝て………確か、カイロス様が)


「起きたか、エリーゼ」

「えっ?」


隣から聞こえた声に顔を向ければ、そこには同じ布団に入りながら、上半身を起こしたカイロス様。


(そうだ、カイロス様が目を覚まして……覚まして?それでなんで私は寝て…)


確かに覚えている。

カイロス様の手が私の手を掴んで、目を開けて、声を聞かせてくれたことを。

そして感極まって抱きついたことを。

けれど、その先の記憶がぷっつりと途切れている。


「よほど疲れていたんだな。まだ横になっているといい」

「いえ……」


周りを見れば場所はカイロス様の部屋。

ベッドはカイロス様が寝ていたベッドに間違いなくて、そこに私がいつの間にか寝ていた恰好だ。

すると、頭にカイロス様の手が載せられた。


「あの……?」

「……ありがとう。エリーゼのおかげで俺は助かった」

「いえ、それは……」


そもそもを言えば、偽エリーゼに切りつけられた私を庇ったせいだ。


「いいや、君の想いのおかげで俺は見失わずに済んだ。これがな」


そう言って胸元に掛けられていたガーネットを握り締める。

今は輝きを発していない。


「何も見えなかった。何も聞こえなかった。何も感じなかった。このまま俺は消えていくのかと思った。……けれど、エリーゼのおかげで、何もない世界にずっと光が灯り続けていた。その光が俺をずっと保ってくれた。だから…ありがとう」

「…もったいない言葉です」


載せられた手に髪をなでられる。

くすぐったい感触につい目を細めてしまう。


「あの、ところでお体の具合は?」

「ああ。……まだ身体が起こせるくらいだ。歩けるようになるには数日はかかるだろう」


目覚めたとはいえ、身体の調子はまだまだらしい。

そんな身体に私は…


「す、すみません!私、抱きついてしまって……」


ガバッと身体を起こし、頭を下げる。

けれど、カイロス様はそんな私の頬に手を添えると下げた頭を起こさせた。


「何を気にすることがある?愛しいエリーゼの抱擁を受け止めるのは俺の義務だ」

「……ですけれど」


まっすぐにカイロス様を見れない。

視線をそらせば、視界の端にカイロス様の手が私の背に回されるのが見えた。

回された腕が私を引き寄せようとして、けれどその手に力が無いことに気付く。


まだ歩くことすらできない身体。

そんな状態なのに私を抱きしめようとしてくれる。

それが嬉しくて私からも腕を回し、抱き寄せる。

抱き寄せられたカイロス様は驚いていたけど、そのまま私に身を預けてくれる。

……少し重いけど、必死になってカイロス様を運んだときに比べれば全然大丈夫だ。


抱き寄せたカイロス様からはしっかりと温かい体温が伝わる。

耳元をくすぐる吐息。

力は無いけど背に回された腕。


ここにカイロス様はいる。

ちゃんと、生きている。

それを改めて実感できて……私の目に涙が溢れる。


「よかった……本当に………生きていてくれて……」

「…何度も言っただろう。君のおかげだと」


もっとしっかりと感じたくて、回した腕に力を込める。

けれどその瞬間、指先から激痛が走る。


「いたっ!!」

「エリーゼ、どうした!?」

「いえ……その、指が…」


痛みを感じた手を戻せば、そこには指先に包帯が巻かれた手。

それは紛れも無く、私が噛み切った指。


「…そうだ。エリーゼ、この指はどうしたんんだ?」

「これ、は……」


どうしても眠気をこらえることが出来なくて、自らを傷つけた証拠。

けれど、それを正直に言ってしまえば、きっとカイロス様は…


「自分で傷付けた、そうなんだろう?君の口元にも血がついていた」

「………」

「刃物で切った傷じゃない。それに……君は、俺が目覚めるまでずっと、必死に眠らないようにしていたと聞いた。だから、だろう?俺に抱きついて、ずぐに眠ってしまったのは」


どうやら私はカイロス様に抱きついた直後に眠ってしまったらしい。

ただ、今はそれどころじゃなくて…


「ありがとう」

「えっ?」


思いも寄らない言葉についカイロス様の顔を見つめてしまう。

カイロス様の表情はとても穏やかだった。


「俺のために、君自身を傷つけてでも想い続けてくれた君のことが、エリーゼのことがとても愛おしくて、すごく嬉しいんだ。君の、この綺麗な指先に傷を付けさせてしまって申し訳ない気持ちもあるのに。とても痛かっただろうに」


そう言って、私の包帯が巻かれた手にカイロス様の手が添えられる。

怪我をした指先に触れないように、手がそっとなでられていく。


「もう、この手は離さない。君を離さない。ずっと……俺の隣に居てくれないか?」

「……はい、もちろんです」


再び背に腕が回され、更に片手は私の後頭部へ。

その行動の意味するところがわかり、私は自らカイロス様へと唇を寄せていく。


「ん………」


触れ合う唇の感触に、心が熱くなるのを感じる。


しかしそこに突然ドアをノックする音が部屋に響く。


「僕だけど、大丈夫かな?」


ノックの主はエリル様のようだ。

このままじゃいけない、と離れようと唇を離すも、それ以上は許さないとばかりに回された腕に力が込められている。

けれど力は全然弱くて、私でも振り払えてしまうだろう。


「エリルなら気にすることは無い」

「で、ですが……」

「そうそう、気にすることは無いよ」

「ッ!!」


すぐ後ろから聞こえたエリル様の声に体がビクッと強張ってしまう。

おそるおそる振り向けば、ドアの外にいたはずのエリル様が既に室内にいた。


「い、いつの間に…」

「おい、ノックの意味はなんだったんだ」

「特に無いよ?」


エリル様は悪びれもせずそのまま手近な椅子に座る。


「目が覚めたんだね。よかったよかった」

「…ご心配を、かけました」

「僕より侍女のほうが大変だったよ。君の叫び声が聞こえたから部屋に行けば、君がカイロスに倒れこんでて、カイロスは目を覚ましてて、しばらくどうしたらいいか混乱してたからね」

「すみません…」

「その後がまた大変だったよ。カイロスが目を覚ましたから医者を呼んだり、眠った君を部屋に連れて行こうとすればここに寝させろとカイロスが我侭言ったり、後から来た連中は君が一緒のベッドで寝てるもんだから要らない疑いを持つし。一部の連中はもう既成事実が出来てると思ってるんじゃない?」

「え……」


(既成事実って……それってつまり……)


頭に浮かんだ内容に顔が赤くなる。

まだそのようなことはしていない。けれど、いずれは…


「………一応聞くけど本当にまだ、だよね?まさか動かないカイロス相手に」

「してません!!」


なんてことを言うのかこの人は。

いくらなんでもそんなことをするはずがないというのに。


「いや、ずいぶん顔が赤いからさ」

「これは、その……だって………」

「…………エリーゼ」


カイロス様に耳元をくすぐるように声を掛けられれば、回されたままの腕に力が込められる。


「あ、あの、カイロス様?」

「…可愛い。可愛すぎて、こんな調子でなければ今すぐにでも押し倒してしまいたいくらいだ」

「な、あ………」


その言葉にただでさえ赤かった顔がさらに赤くなる。

もう顔を上げていられなくて、そのままカイロス様の胸に顔を埋める。


「くそっ。体がまともにうごけば…」

「やめなよ?ちゃんと順序踏んであげないとそのうち倒れそうだよ」

「わかってる。で、お前は何しにきたんだ?」

「二人の様子を見に、ね。二人とも起きてるなら都合がいいかな」


都合がいい、とはどういうことだろうか。

それを問おうとして……



盛大に私のお腹の虫が鳴き声を上げた。



「……そういえば、眠くなるからって何も食べてなかったね。日中はずっと寝てたんだし、丸二日くらだね」


すでに窓の外は夕闇にさしかかっている。

しかし今の私にはそんなことはどうでもよく、さきほどとは別の恥ずかしさで顔を上げられなくなってしまった。


「早いが食事にしよう。話はそれからでいいか?」

「そうだね。あ、カイロスはまだ普通の食事はダメだからね。……エリーゼ嬢も、二日も何も食べてないんだし、同じほうがいいかな?」

「……はい」

「じゃ、僕は伝えてくるよ」


そう言って、エリル様は部屋を出て行った。

一体、何の話をするのだろう…




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