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25話

「はぁっ…はぁっ……」


やっとの思いで会場を出た。

気がつけば剣戟の音は止み、誰かが走る音だけが響いている。


声を出すべきか?


だけど、今走っているのが騎士なのか闇ギルドなのか、わからない。


「エリ……ゼ……」

「皇太子様!気がついたのですか!?」


私を呼ぶ声に皇太子様の顔を見る。

目は閉じられたままだが、口元だけがわずかに動いている。


「君は……どこ…だ……」

「ここです、すぐここにおります!」


こんなにもすぐ近くにいるのに。

目の前にある皇太子様の顔。

その頬に手を当て、私の存在をアピールする。


「私はすぐ近くにおります」


シャラリと、皇太子様の胸元からネックレスが零れ出る。

そのネックレスはあのガーネットがついたもので、そのガーネットは淡く輝いていた。


「君…は………ちか…く……に…?」

「はい、ここです!」


まるで、当てた手にも気付いていないかのような反応。

一体、どんな毒なのか。


「も…う……見え……な…………き…み………の……ひ…か……り……だけ…が…」

「皇太子様?皇太子様!!」


どんなに呼びかけてももうその口元すら動かない。

けれど、伝わる体温がまだ最悪の状態ではないことを教えてくれる。


(急がないと…!)


そのとき、後ろから誰かが駆けてくる音が聞こえる。


誰、だというのか。

振り向けばその足音の主はすぐそこまで来ていて…


「シャルロット嬢!」

「エリル…様?」


それはエリル様だった。

けれど、その腕にはお腹に手を当てたティーラが抱えられていた。その服には血が滲んでいてた。

ティーラが怪我?

あのティーラが?


「……カイロスはどうしたんだ!?」


肩に担がれた皇太子様を見てエリル様が問いかけてくる。


「ナイフで、切られて…それで、毒が…」

「毒!?ならすぐに…」


けれど、エリル様はティーラを抱えていて。

私は、これ以上早く移動できない。

エリル様はティーラと皇太子様を交互に見て…


「…大丈夫ですよ、エリル様。私は~…ね?」

「ティーラ………すまない」


そう言うと、エリル様はゆっくりとティーラを床に下ろした。


「シャルロット嬢、カイロスは僕が運ぶ。ティーラを…頼めるかな?」

「は、はい」


そう言うとすぐさま皇太子様をエリル様が担ぐ。

確かに男性であるエリル様が運んだほうが早い。けれど…


「シャルロット嬢はティーラを頼む。応急処置はしてある。だから…」

「早く行ってくださいエリル様ぁ!」


自分に構うなと言わんばかりに、ティーラが声を上げる。

けれどそれすら今は負担なのか、言った直後に咳き込み、血を吐き出していた。


「…すまない!」


そう言うとエリル様は一気に駆け出していく。

人一人、それも大の大人を担いでいるとは思えないほどにその動きは早かった。

私もティーラに駆け寄りその肩を担ぐ。


「だいじょぶ…ですよ。私は…歩けますから」


こちらにニコリと微笑むけれど、その口元からは血が垂れ、脚はふらついている。

決して大丈夫などではない。


「ごめんなさい……私の力が足りないばかりに」

「いいえ~……私が怪我をするのが悪いんですよ……」


それだけ激闘だったということだろう。

一刻も早く医師の元へ。

少しでもティーラに負担を掛けないよう、一歩一歩を慎重に、かつ素早く進んでいった。





医務室へと着けば、既に皇太子様はベッドに寝せられ、医師による処方が行われていた。

その傍らにはエリル様の姿もある。


「ティーラ!」


こちらの存在に気付き、エリル様が近寄ってくる。

すぐにティーラを担ぎ上げ、空いているベッドへと運んでいった。


「はー…はー…はー…はー……」

「お疲れ様、シャルロット嬢」

「いえ……」


つい床にへたり込んでしまう。

男性から女性に変わったとはいえ、それでもここまで運んでくれば疲労困憊だ。


「はー…はー……皇太子様の、容態は?」

「…芳しくない。傷の具合から毒の量は少ないんだろうが、それでも解毒が間に合ったかはわからない」

「そんな……」


医師の言葉に目の前が暗くなっていく。


「…この毒を皇太子様が受けたのは何分前だ?」

「…ええと……20分くらい前…です」

「毒の症状からして、これはおそらくシビエの毒だ。とても希少で……そしておそろしく強力だ。一旦体内に入れば…5分以内に死亡する」

「えっ……」

「いくら量が少なくても、この毒を受ければそんな時間はもたない。現状、まだ生きていることが不思議なくらいだ」

「そんな……」


しかし、思い返せば偽エリーゼ…いや…シャルロットも、そしてトワイライ伯爵も、あっという間だった。


「それとも………これが関係しているのかね?」

「それは…」


皇太子様の胸元で輝くガーネット。

そうだ、確かそれには…



『なに、付ければほんの少し健康でいやすい、というものだ』



あの時、露天商の店主に追加でつけてもらった白魔術。

もしそれが効いていたのであれば…


「なんにせよ、まだ皇太子様は生きている。あとは……皇太子様次第だ」


これ以上打つ手は無い。

そういうことなのだろう。



その後、ティーラの手術も行われ、そちらは無事に終わった。

その間、ずっと皇太子様の目が覚めることはなかった。

かろうじて分かる程度の呼吸。開くことの無い目。

まるで………眠っているように…………『』んでいるようで……


頭を振り、最悪の考えを振り払う。

そして改めて見れば、輝き続けるガーネット。


ふと、思う。

このガーネット、輝くための条件は、互いに想い合う事。

当然ながら、片方の意識が無ければ想い合うことはできず、輝くことは無い。

にも関わらず、今もこうして輝き続けているのは何故なのか?


そこで思い出すのはさきほどの皇太子様の言葉。



『も…う……見え……な…………き…み………の……ひ…か……り……だけ…が…』



今の皇太子様は何も見えず、何も発せない状態。

ただ、もしや意識が途絶えたわけではなく、今も起きているのではないか。

このガーネットの輝きが、目を閉じることで見えるあの光だけが、皇太子様に外の存在、私の存在を示している。

それに、あの白魔術に効果があるとすれば、回復にも繋がる。


なら、この輝きを消してはならない。

そう思えば、この輝きが皇太子様の命の灯火のようで……

これが消えたときは……


またも陥りかけた思考を、頭を振って振り払う。

諦めない。

皇太子様が目覚めるまで、この輝きを消してはならない。

私の胸元からもネックレスを取り出す。

同じく輝くそれを手に、想いを絶やさぬよう、意識を保ち続ける。




目覚めを待つ間に、ティーラから事の顛末を聞いていた。

闇ギルドは壊滅させた、とのこと。

それを行ったのが、エリル様。それもほぼ単独で。

どうやら闇ギルドは王族の首に報奨金を設けたらしいが、王族以外は対象外としたようで、騎士や兵士のほとんどで死者はいなかったらしい。

その代わり、麻痺毒を塗りつけた武器を持っていたようで大半の騎士と兵士は麻痺で倒れてしまった。

ティーラも、闇ギルドのマスターと今回の首謀者となる男と対峙したが、マスターはとある手段で強力になっていたらしく、返り討ちにあってしまった。

けれど、それをエリル様が討ち取ったとのこと。

ティーラでさえ勝てなかった存在を、エリル様が討ち取ったということに驚きだが、それについては詳しく教えてくれなかった。

首謀者の男はその場で拘束、さらにエリル様は城内で王族を探していた闇ギルドの大半を仕留めたらしい。

そして安全を確保した上でティーラを運んでいたところで、私達を見つけたとのこと。





闇ギルドは壊滅し、首謀者を捕らえ、偽エリーゼは……もういない。

陛下も王妃も無事。騎士や兵士もほぼ死者はおらず、


城内の安全が確保され、人の気配が戻り始める。

安否の確認に陛下や王妃もいらっしゃったが、皇太子様が目覚めることは無かった。

ティーラの手術が始まる前に一度出て行ったエリル様はそのまま事後処理に追われ、戻ってきていない。




「これ以上、ここでできることはない」


医師が判断し、そうして今は皇太子様の私室に移された。

夜が空け、日が高く上っても、皇太子様に変化は無い。

ただ、その間もずっとガーネットの輝きは途絶えない。


「シャルロット様、少しはお休みになりませんと…」


侍女の言葉に私は首を横に振る。


「大丈夫よ。それに、きっと皇太子様もすぐに目覚めるわ」

「…畏まりました」

「…そうね、濃い目のコーヒーを淹れてもらえるかしら?」

「はい、お待ちください」



「…ん」


コーヒーを口に運べば、要求通りの濃い目…つまり凝縮された苦味に顔をしかめてしまう。


「少し、お砂糖を入れましょうか?」

「ダメよ、それじゃあ眠くなっちゃうわ」


どこかで甘いものは眠気を誘発させるとか聞いたような。

とにかく、眠気に繋がるものは摂らないようにしないと。





上がった太陽が沈み始めている。

もうすぐ、一日が過ぎる。


「………………あ」


落ちかけた意識が浮かび上がる。

今、私眠りかけた?

閉じかけた視界に、今にも光が消えそうなガーネットが映った。


(いや、待って!消えないで!)


咄嗟に胸元のガーネットを握り締め、想う。

再び光が元に戻っていく。

あわやの事態に、訪れていた眠気も吹っ飛ぶ。


「シャルロット嬢、カイロスはどうかな?」


エリル様が部屋を訪れた。

エリル様もあれから一睡もしてないのか、目の下に隈が見える。

今の私も、多分酷い顔をしているんだと思う。


「…いえ、ずっと、眠ったままです」

「そっか……」


エリル様は椅子に座り、大きく息をついた。

相当疲れているようだ。


「…聞いたよ。君も、ずっと眠っていないんだってね」

「はい」

「少し、寝たほうがいい。とてもじゃないけど、カイロスには見せられない顔になってるよ」


エリル様がそういうのだから、相当なんだろう。だけど…


「…ダメなんです。寝たら……これが消えたら、もう…二度と輝かない気がして」


皇太子様のガーネットに手を添える。


「君がそう思うんなら、そうなんだろうね……」



その後、一言二言交わすとエリル様は部屋を出て行った。

日が、完全に沈み、闇が訪れていた。





わずかな光だけが灯された部屋。

皇太子様が毒を受けてから丸一日以上が過ぎていた。

時折手や頬に触れれば温かいのが分かる。

けれど身じろぎ一つすることなく、何も変化は無い。


「………うっ」


また少し意識が飛びかけ、ガーネットの輝きが消えかけていたのを元に戻す。


(もう…限界……)


何度この状態になったか。

どんなに濃くしたコーヒーを飲んでも眠気は変わらず。

いつ、完全に寝入ってしまうかわからない。


「そう…だ」


指先を見る。

意識を目覚めさせる方法。そのもっとも単純な方法は………痛み。


前歯で、指先を噛む。

噛む深さが浅かったせいか、皮だけがちぎれる。

…目覚められるほどの痛みじゃない。


「ッ!!」


今度は深く噛み付く。

肉を挟み、千切れる感覚に激痛を覚える。

口の中に指の肉が残り、指先から血が溢れてくる。

むき出しになった肉が空気に触れ、痛いという感覚が脳を揺さぶる。


「…く!~~~~!!ん~~~~!!」


あまりの痛みに指先を口に含む。

外気に触れるよりも幾分痛みが和らいだ気がするが、それでは意味が無い。


指先を離し、歯を噛み締めて痛みに耐える。

溢れる血をふき取ろうとハンカチに手を伸ばし、指元に巻きつける。

…直接傷口からふき取ることはできなかった。


痛みのおかげか、さきほどよりもずっと意識がはっきりしている。

しかしそれも、徐々に痛みが痺れに変わり始め、出血も徐々に収まりつつある。

それにつれて再び眠気が頭をもたげ始める。






「ッ!!!つ~~~!!」


…これで4本目。

痛みが収まり、効果が無くなれば新たな傷口を作って痛みを呼び起こす。

もうすぐ、夜が明けようとしている。

その間も、皇太子様には一切の変化が無い。

その事実が、少しずつ私の心を蝕んでいた。

それでも、それでもと、輝き続けるガーネットだけが、私の心を繋ぎ止めている。


「ねぇ……あなたはいつ目覚めてくれるの?」


問いかけても、何も返事はない。


もし、もう二度と目覚めないとしたら?

今、必死に意識を繋いで、指先を噛み千切ってでもしている行為が無駄だとしたら?


眠気と、疲労と、痛みも合わさり、どんどん心を蝕む。


「ねぇ……ねぇ!目を開けてよぉ!!」


皇太子様の肩を掴めば、噛み千切った指先が再び痛みを訴えてくる。

けれど、その痛みが気にはならず、代わりに涙が溢れてくる。


「ねぇってばぁ……起きて……よぉ……」


眠ってはいけない。

ただそれだけなのに、それがとてつもなく難しくて。


皇太子様の頬に手を当てる。

伝わる体温は温かくて、けれど触っていることに皇太子様は気付かない。

私がここにいることも分からない。


「……血、拭かなきゃ」


つい指先を噛み千切ったほうの手で触れてしまい、皇太子様の頬に血がついてしまった。

反対の手でハンカチを手に取り、その頬に当てる。


「えっ…………」


ハンカチを掴んだ私の手を、何かが掴んだ。

その手は、あるときは私の手と繋がれ、あるときは私の身体に回され、いつでも私を捉えてくれる……


「見つ……け……た……」

「皇…太子……様……」


それは、間違いなく皇太子様の手で、閉じられていた瞼は少しだけ開いて瞳をのぞかせ、口元は少しだが言葉を発していた。


「きみ……を……やっと………捕まえ…た…」

「………」


待ち望んだ光景。

それにさきほどとはまるで違う涙が、とめどなく溢れる。

まだ目覚めたばかり。

身体だって本調子ではないのだから労わらなくてはならない。

けれど、そんなことを気にする余裕は無くて…


「カイロス様ぁ!!!!」


その胸に飛び込み、思いっきり抱きしめた。



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