22話
ガーネットの輝きが無いまま、馬車は動き続ける。
既にあれからどれだけ経ったのか…闇に囲まれ、時間の経過も分からないまま…
ティーラは変わらず足元で何かしている。
ゆれる馬車の中、一切の音を立てずに。
不意に馬車が止まる。
「さぁ、貴様らの果てる場所に着いたぞ」
「着いたのなら見せてくれませんかねー?」
「断る」
「けちー」
どこに着いたというのか…彼らの本拠地なのか、それとも崖の近くなのか…
「…!」
すると、ついにガーネットに輝きが灯り始める。
あとは、こちらの異常を察知してくれれば…
その後、何をするまでもなく、ずっとただその場にいるだけ…という状態になった。
「こちらが疲れるのを待ってるんですよ」
「そうなの…?」
「はい。さっきから何人かが入れ替わってます。おそらくこちらが力尽きるか、痺れを切らして出てくるのを待ってます」
「それって…」
「だからこそ、シャルロット様の白魔術が頼りです。おそらく人目のつかない、人里離れたところに連れてきたんでしょう」
「よく分かるわね…」
「鍛えてますから」
それだけで済む話じゃないと思うけど、細かい話は後だ。
ティーラの話し通りなら、こちらから何かしなければ殺されることはない。
だけど…
「…もし、皇太子様たちがここに来たら…?」
「…普通なら逃げます。私がいる上でこの状況と分かればそれなりの戦力を連れてくるでしょうし。ですが、去り際に仕掛けてくる可能性もあります」
「それって……」
「あの槍を投げつけてくるでしょうね。仕留められればそれでよし、そうでなくても逃げるほうを優先するでしょう。やつらはそういう連中です」
仮に来てくれてもこちらの危機が完全になくなるわけではない。
そのことに心が沈みかけるが、輝きを絶やしてはならないと持ち直す。
(…動いてる)
馬車にかけられている何かをわずかに光が透過し、少しだけ明るくなる。
夜明けなのだろう。
それと同じくして、皇太子様が動いていることがわかった。
距離は分からないが居る方向が変わっている。
ティーラは蹲っての作業は終わり、今は座って静かにしている。
一晩起き続けたというのに、恐怖と緊張でまるで眠気は無い。
周囲の状況も変わらず。
私の耳には何も聞こえないが、ティーラの耳には数時間毎に入れ替わってるとのこと。
「……来ました」
そうティーラが言ったのは、夜明けからどれだけ経った頃か。
私にも分かるくらいに周囲もざわめき始めている。
「来た…って?」
「あちらの方角です。合ってますか?」
ティーラの指差す方向。それは皇太子様がいる方向で…
「…合ってるわ」
「なら、こちらに」
手招きされ、ティーラの方へ寄ると抱きしめられてしまった。
「ティーラ?」
「静かに……それと目と口を塞いで」
言われるがまま、目と口を塞ぐ。
周囲のざわめきはますます大きくなり、その中で「やれ!」という言葉が聞こえてきた。
その言葉と同時に、私を抱きしめたままのティーラが何かを強烈に踏みつける音が響いた。
直後に一瞬の浮遊感と、何かを貫く音が頭上からいくつも聞こえる。
「なに!?」
「ぐああ!!」
男の驚愕する声に続いて、別の男のものと思われる叫び声。
さらに横に引っ張られる感覚に襲われ、知らずティーラをしっかりと掴んでいた。
そのまま再びの浮遊感と着地した衝撃に襲われる。
耳元でティーラの荒く、短い呼吸が聞こえる。
何がどうなったのか…おそるおそる目を開ければ、そこは外だった。
馬車とは既に5mほどの距離があり、その馬車は槍による串刺し状態。
囲んでいたであろう者たちはすでに遠くにあった。
唯一、さきほど叫び声を上げただろう男だけが地面に横たわっている。
「てぃ、ティーラ…?」
「フー………とりあえず、何とかなりましたね」
「シャルロット!!!」
馬に乗って駆けつけた皇太子様たちが到着した。
その姿を見て、ようやく助かったことを実感する。
「ほらぁ、シャルロット様、皇太子様が来ましたよ」
「う、うん、分かってるんだけど……」
安堵感からか力が抜け、立ち上がるための力が入らない。
「どうした!?」
「安心したら…力が抜けました…」
「…そうか、よかった」
皇太子様が屈み、そっと抱き寄せてくれる。
「ティーラもご苦労だった。本当に……」
「ティーラ!!」
エリル様が見たことも無いほどに慌ててティーラへと駆け寄る。
「だいじょーぶですよー、エリル様」
「…はぁ、そうみたい、だね」
にこやかに微笑むティーラにエリル様も安心したように微笑んだ。
その後、私は再び王城へと戻ることとなり、そこで一つの決定が下った。
「もう駄目だ。この事件が解決するまで、エリーゼは城で保護する」
場所は王城のとある一室。
私と皇太子様、エリル様、ティーラだけがいる。
「そうだね。さすがに今回は僕も肝が冷えた。いくらティーラでも、集団で来られてはどうしようもない」
「ちょっとうかつでしたー。まさか闇ギルドが集団で来るなんて思いもしませんでしたよー」
「集団…は、普通は無いんですか?」
集団で取り囲み、定期的に入れ替わる様は、まるで集団のほうが得意のように見えたのだけれど…
「無いね。彼らは基本個人主義だ。個別で任務を請け負うから、複数で取り掛かるなんてまずない。逆に言えば、複数でかかるほど今回の案件はでかいということだよ」
「まさかティーラを討とうとはな……それほど、やつら本気だということか」
「だね。これはいよいよ本気で警戒する必要があるかな…」
部屋を宛がわれ、そのベッドで着替える余裕も無く眠りに落ちた。
恐怖と緊張による疲労は思った以上で、次に目覚めたのは翌日の昼だった。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。よく眠れたか?」
執務室へと顔を出せば、皇太子様が書類とにらみ合っているところだった。
「はい。ところでティーラは…?」
「彼女ならもう起きている。今はエリルと一緒にいるはずだ」
そういえば今、執務室にエリル様の姿が無い。
「……近々、俺の父…国王の生誕パーティーが開かれる」
「はい、そうですね」
エリーゼのときから何度も出席しているから分かる。
国内の上流貴族全てが集まり、国王の誕生を祝うパーティーだ。
「そのときに、再び奴らが仕掛けてくる…と俺とエリルは予想している」
「!! そんな……」
「これ以上ない機会だからな。それに、今回ティーラを討とうとしたことからも奴らは異様に急いでいる。少なくとも、徒党を組んだこと事態異常だ。何故かはわからんがな」
「………」
大勢の貴族が集まるパーティー。それを、闇ギルドに狙われれば、混乱は必至だ。
「無論、最大限の警備をもってこれに望む。エリルとティーラは今この警備について騎士団で話し合っている」
「…私は、何を…」
「……エリーゼ」
皇太子様が、そっと私を抱き寄せる。
「もう……いい」
「皇太子様…?」
「…君は、頑張りすぎだ。分かっているのか?今回の件で君が何度危機に晒されたのか」
「………」
「肉体を入れ替えさせられ、二度も誘拐されそうになり、今回は命まで狙われた。1年という短期間に、だ。それがどれほど異常か、わからないわけではないだろう?」
わからないわけではない。
そのたびに絶望し、恐怖に震え、立ち上がらなくてはならなくなったかは。
(でも、それでも……)
「それでも……私はやらなくてはならないんです。他でもない、私のために」
私が私であること。
それを貫くためには、立ち止まってはならない。
例え、なにがあろうと。
決意を込め、皇太子様の瞳を見返せば、ふとその瞳が潤んだ。
「俺は……頼りないか?」
「! そんなことは」
「何故俺に頼ってくれない?縋ってくれない?助けを求めてくれないんだ?」
泣きそうな、皇太子様の…カイロス様の声。
違う。そんなことはない。
「…カイロス様」
カイロス様の頭へ腕を伸ばし、そのまま胸へと抱き寄せる。
カイロス様は抵抗することなく、そのまま抱きしめる形になる。
「聞こえますか…?私の、鼓動を」
「…ああ、聞こえる」
「この鼓動は、カイロス様が助けてくれたんです」
「だが、これは…」
「昨日の事件、私はガーネットに想いを、そして助けを、他でもないカイロス様に求めたんです。そして、カイロス様はそれに応えてくれた。だから、私の命は、カイロス様が助けてくれたんです」
「…しかし、君を助けたのはティーラだ」
「ですが……もしカイロス様が見つけてくれなければ、私は、死んでいたでしょう」
あのまま馬車に閉じ込められ消耗が続けば私も、ティーラも死ぬ。
だからこそ、私はティーラに逃げるように言うだろう。
騎士団最強のティーラの替えは効かないが、所詮婚約者の私はいくらでも替えが効く。
それが、現実。
ティーラは拒むだろう。けれど、優先すべきものが何であるかを、理解は出来る。
だからこそ決断できる。
二人の死よりも、一人の生を。
その、極限の状態を、カイロス様が救ってくれた。
だから……
「私は、もう助けられているんです。だから、私も、カイロス様を助けたい…」
「エリーゼ……」
「だから、もっと胸を張ってください。私の……愛しい人」
「…ありがとう。俺は……ちゃんと君を助けていたんだな」
「はい」
「…けれど、次は、俺がこの手で君を助ける」
顔を上げると、今度は私を抱きしめ返す。
今度は、私がカイロス様の胸に抱き寄せられる形になる。
「次の奴らの襲撃を乗り越え、この事件を終わらせる。それまで…共に頑張ろう」
「はい、カイロス様」