21話
デートから数日後。
例の襲撃事件の進捗があったとの連絡があり、再び皇太子様たちが訪れることとなった。
前回の件もあり、次からはこちらから出向くことを伝えたのだが、ものの見事に却下された。
曰く、「こうでもしないと日中に城の外に出られない」とのこと。
以前と同じく部屋には関係者となる皇太子様、エリル様、ティーラ、私のみが集まった。
「あれから、特におかしなことは無かったか?」
「はい、特には問題ありません」
「問題なーし」
「ならよかった。まずは先日俺達を襲った連中だが…」
皇太子様にはナイフを向け、私を捕まえようとした連中だ。
「やはり連中、ブラスト家…いや正確にはギリアの部下だった。街中でたまたま俺達を見つけ、エリーゼを攫ってギリアに引渡し、褒美を貰おうとしていたようだ」
「……何故、皇太子様を狙って…」
「……単に邪魔だったから、のようだ」
邪魔という理由だけで皇太子様を害しようとした………もしかしなくてもバカである。
「彼らは近々処分するけど、それで肝心のギリアのほうは、やっぱり場所を転々としてるみたいでね。彼らに証言させた場所にはもういなかった」
処分……いや、そのことについて考えるのはよそう。
それよりも、未だ逃げているギリアの方である。
「割ける人員にも限りがあってね。思うようにこちらに人が当てられないんだ。本命は別だからね」
この本命というのは、偽エリーゼのほうだ。
「…で、その本命のほうなんだが…」
皇太子様がその先を言いよどむ。
何かあったのだろうか?
「…消えちゃった。ロトール家から、綺麗さっぱりね」
「え………」
消えた?偽エリーゼが…?
「昨日ロトール公爵から報告があってな。部屋からいなくなっていたそうだ。無論、監視は行っていたが、気が付けばいなくなっていた。ありえんことなのだが…」
「衛兵達は、気づかなかったのですか?」
公爵家ということもあり、屋敷の周囲は厳重な警備が敷かれている。
もちろん、そこに配備される衛兵の質も数も並大抵のものではない。
「ああ。衛兵の誰も気付かなかったそうだ。屋敷内に隠れているかと思ったが、丸一日探しも見つからなかった。消えた、というしかなかったそうだ」
「…不思議ですねー」
「…まして、今の偽エリーゼはね、引き篭もりと暴飲暴食でそれはもう見てられないくらいの巨体に膨らんでいてね。そんな彼女がどうやって誰にも気付かれずに屋敷の外に出れるのか、ってね」
「………共犯者が手伝った、というのは?」
そもそも偽エリーゼを泳がせていたのは、その共犯者と接触する機会を狙うため。
なら、共犯者が手伝ったとしても不思議ではない。
「…僕の知る限り、その共犯者には、人一人を誰にも気付かれないように連れ出せる技能はなかったはずなんだ。だから…」
「共犯者に協力者がいる、と…」
「その通りだ。そしておそらく………そいつは只者じゃない」
「ですよねー。私も自分だけなら簡単ですけど、誰かを連れて~なんて言われたら難易度爆上がりです」
サラッとティーラが問題発言しているが今はそれどころじゃない。
問題は…
「その…只者ではない、協力者は何者なんでしょう…」
「断定はできないけどね、彼…いや、彼らならできる」
「彼ら?」
「…闇ギルド。暗殺を主とする、凄腕の非合法な連中だ」
「闇…ギルド」
どこかで聞いたことはあるかもしれない。
暗殺を主とする……その言葉にまさかという思いが走る。
「その、偽エリーゼが、闇ギルドに……」
その先の言葉を言うことを躊躇ってしまう。
「……分からない。確かに偽エリーゼにとってはやつらは共犯者だが、やつら側からすれば自分達との関わりを話しかね無い、ある意味危険な存在だ。口封じ、も充分にありうる」
「まぁこれだけのことをしてくれたんだ。闇ギルド、もしくはそれに準ずるものらの仕業と見ていいだろうね。こうなると手ごわいかな」
「大変ですねー」
ぽりぽりとクッキーを貪り、紅茶を飲み干すティーラ。
こんな話をしているのにずいぶんと余裕があるというかなんというか…
「まぁティーラがいるから、エリーゼ嬢は安心していいよ」
「は、はい…」
確かに訓練ではその可愛らしい見た目からはありえないほどの動きを繰り出すけれど、それが暗殺まで行うような連中に対抗できるようには見えない。
「やつらからは『白豹』と呼ばれて恐れられてるからな、ティーラは」
「白…豹……?」
「もー、その呼び名好きじゃないんですからー」
「まぁ彼らが勝手に言ってるだけだからね。しょうがないでしょ」
「むー…やっぱりそのうち壊滅させないとダメかー」
憤慨してるようでさらにクッキーを口に含んでいく。
「…あの、ティーラって……どのくらい強いんですか?」
今の会話を聞いてるだけでも、かなりのような感じである。
「騎士団最強」
「王国最強じゃない?負けたところ見たことないし」
「…………」
唖然としてティーラを見る。
クッキーに咽て紅茶を飲もうとし、空になっていることに気付いて慌てて次を注いでいた。
「んぐんぐ…っはー」
「ほら、口から紅茶が垂れてるよ」
「むー…子供扱いしないでくださいー!」
エリル様がハンカチでティーラの口元を拭う。
(…二人の言葉、信じていいのかしら…)
エリル様も皇太子様も、そんな冗談を言うとは思えない。
だから真実…なのだろうけど…
「…とまぁそういう状況で、共犯者との接触の機会を狙う作戦は失敗。しばらくは様子見かなぁ」
「わかりました」
「あと、闇ギルドが関わっている可能性が浮上してきた以上、身辺には充分気をつけてね」
「……はい…」
気をつけて…と言われても、殺しすら行うような相手にどう気をつければいいというのか。
「だいじょぶですよー。私がいますからー」
「頼りにしてるわ」
「…ま、でもこれでずっと疑問だったことがなんとなくわかったかな」
「ずっと疑問?何だそれは」
疑問だったこと?何かあったのだろうか…
「黒魔術を行うには必要な道具がいくつかあるんだ。見た目にも特殊なもので、調度品や骨董品とはまるで違う。そんなものを、シャルロットの部屋にどうやって持ち込んだのか、それ以前に、どうやってトワイライ家にいたときの偽エリーゼが接触していたのか、ってね。それも、闇ギルドが関わっていたとすれば納得がいくんだ」
「あ………そう、ですね。確かに、初めてあの部屋で目覚めたとき、やたらと調度品がありましたが、変なものはなかったです」
あまりに無駄に置かれた調度品の数々。
その後、部屋から運び出させる時に残しておくものを確認したけど、特に変わったものはなかったはずである。
「その辺は伯爵にも聞いたけどね。君の部屋から不要として運び出された品々がある部屋も見たけどそこにもなかった。処分もしないまま放置してたっていうから、まぁ間違いないだろうね」
「ここ最近じゃない……ずいぶん前から闇ギルドと接触していたというわけか」
「だろうね。これが動き始めだとすれば、これからもっと騒がしくなるだろうね」
あれからの一月後の王城からの帰り道。
今日は王城で婚約者のお披露目パーティーが行われた。
大勢の貴族家との顔合わせ(ということになっている)で、あまりダンスの時間がとれず、少し不完全燃焼のままで終えてしまった。
帰り際皇太子様に、
「まだだ、まだ足りない」
と無理矢理捕まり、父様を見送ってそれから残っていた者たちでの二次パーティーが始まった。
それもやっと終わり、今ようやく帰りの馬車に乗っているところだ。
既に夜も更けている。
「相変わらず皇太子様はダンスとなると人が変わりますねー。大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。やっと体力ももつようになったわ」
日々のティーラによる訓練で、体力も徐々に伸びている。
おかげで、皇太子様が満足するまで付き合ってもまだ余裕がある。
「ぎゃあ!!」
「「!!」」
突如響き渡る悲鳴。
ティーラがすぐに外に出ようと馬車のドアに手を掛け…止まった。
「……してやられました」
どういうことなのか…窓の外を見て、信じられない光景が広がっていた。
王城から出る際に付けられた衛兵の全てが倒れ伏し、代わりにぐるりと囲むように槍がこちらに向けられている。
槍の持ち手は誰もが、髑髏の仮面を付けていた。
もしティーラが馬車を出ていれば、ティーラはそれでも対処できただろう。
けれど、馬車に残った私は槍によって馬車ごと貫かれていたかもしれない。
一手遅れた……それだけで、この絶望的な状況ができていた。
「動けないだろう、白豹よ」
その中からこちらに向かって近づく、こちらもまた髑髏の仮面をつけた男。
「その名は嫌いなんですって何度言えば気が済みますかねー」
「その白銀の刃で我がギルドのメンバーを何人も仕留める貴様にはお似合いの名だろう。だが、この状況はどうだ?」
「…………」
ティーラを白豹と呼び、ギルドであること……これは、つまり…
「だがここまでだ。白豹、皇太子の婚約者もろとも朽ち果てるがいい」
「生意気いいますねー。この程度で私を討てると?」
こちらは未だ馬車の中。大きく動きを制限される中、私というお荷物までいる。
…ティーラの圧倒的不利は否めない。
「分かっているさ。だが、貴様も動けないだろう。貴様が動けば、その瞬間、婚約者は串刺しだ」
「………」
彼らの目的は私ではなく……ティーラ。
彼女を確実に討つために、私の護衛の最中に襲った。
「まぁ安心するがいい。まだ攻撃はせん。おい」
男の合図に、突然馬車に何かを掛けられ、外が見えなくなってしまう。
「こんな目くらましで私を討てるとでも?」
こんな状況でも、なお余裕が崩れないティーラ。
外が見えなくなり、周囲で何かが動いてもまったく分からない。
「連れて行け」
突如馬車が動き始める。
どこに連れて行こうというのか。
「どこに連れてってくれるんですかねー?」
「いいところだ。貴様らを殺すのに、な」
「ほーほーほー。それは楽しみですねー」
軽口を叩き合う二人の、恐ろしく冷たく、鋭利な空気に身震いしてしまう。
本当にどうなってしまうのか……このまま殺されてしまうのか…その恐怖が、身を竦ませる。
「…大丈夫ですよ。私が絶対に守りますから」
ティーラが耳元でそっとささやいてくれる。
それだけで幾分恐怖は和らいだが、無くなったわけではない。
(どう…すれば……そうだ!)
身に付けていたあのガーネットのネックレスのことを思い出す。
想い合うことで互いの位置をなんとなく感じられる白魔術を宿す。
胸元からそっと取り出す。今は輝いていない。
これが役に立てば…
(皇太子様…お願い…!)
どこに連れて行かれてるのかはわからない。
だが、本来のルートを外れていれば、皇太子様の方で疑問に思い、探しにきてくれるはず。
「シャルロット様、それは…?」
「これには白魔術がかけてあるの。皇太子様と、私が想い合えば、互いの位置を教えてくれる」
ささやき声で会話を行う。絶対にこれを外に知られてはならない。
「なるほど。なら、あとはあっちがこっちの異変に早く気付いてくれれば、ですか」
「ええ」
「…わかりました。シャルロット様はそれを続けてください。私もやることあるんで」
ティーラはそう言うとナイフを取り出し、足元にうずくまった。
何かをしているようだ。
「ティーラ…?」
「いざというときです。使わないに越したことはありませんが…」
何かの備えなのだろう。
なら今は邪魔をせず、今はガーネットが輝くことを祈るばかりだ。
まだ、ガーネットの輝きは無い。