20話
再び市街地を歩き始める私達。
と、突然皇太子様が私の耳元に顔を寄せた。
「ど、どうしました?」
耳元で感じる吐息に少しだけ鼓動が早まる。
「…付けられてる」
「えっ」
振り返ろうとしてそっと頬に手を添えられ、押さえられる。
「気のせいかもしれない。少し様子を見る」
「で、ですが…」
万が一にも皇太子様に大事があってはいけない。
「大丈夫だ。エリルたちも気付いてる。……その上で泳がせてる。目標は俺か……君か」
「あっ……」
狙われてるのは皇太子様だけ…そう思い込んでいた。
けれど、今は私も狙われている、その可能性がある。
なんせ先日襲われたばかりだ。だからティーラがいるのに…
歩き続ければ、徐々に近づいてきてるとのこと。
皇太子様は全然後ろを確認してる素振りは無いのにわかるのは、そういう訓練は積んでるからとのことだった。
私にはさっぱりなので、つい後ろを覗きたくなってしまうが、ばれないようにと今は皇太子様に肩越しに腕を回され、そっと顎に指を添えられている。
顔を固定するためだけど、そのせいで皇太子様との密着度が上がり、普段よりも近く聞こえる皇太子様の声にどうしても高鳴る鼓動が抑えられない。
万が一…もしかしたら起こるかもしれない状況に落ち着かないだけ。そう思い、冷静になろうとしても、顔の火照りはごまかせない。
「…シャルロット、ナイフは持ってきているか?」
「あ、はい」
皇太子様の言葉に一気に冷静にさせられる。
ナイフは常備している。
今このときも、ドレスに隠れるようにナイフを下げている。
前日には、ナイフをホルスターからすばやく取り出す訓練も始めている。
「手をかけておけ。……そろそろ仕掛けてくる」
肩に回した手は変わらず。けれど、皇太子様も腰の短剣に手をかけている。
そこまで近づいてきているということだろう。
果たして目的は皇太子様か、私か。
甲高い金属音がすぐ背後から響く。
皇太子様が短剣で追跡者のナイフを受け止めていた。
ナイフの先は……皇太子様。
「誰だか知らんが……俺に手を出してただで済むと思うな」
「チィ!」
肩に回していた手を戻し、ナイフを下へと弾く。
続けざま、追跡者の男の頭を掴むと地面とたたきつける。
「ぐぶっ!」
「エリル!」
「シャルロット様!」
皇太子様がエリル様を呼ぶと同時、ティーラの私を呼ぶ声。
何か、と声を上げようとした瞬間、皇太子様とは逆の方向から伸びた手が視界に映る。
「!!」
その先の行動は頭で考えての行動ではなかった。
ただその手から逃れようと、瞬時に膝を曲げ、身をかがめた。
その勢いに制御が追いつかず、そのままお尻を地面にぶつける形になってしまったが、腕は目標である私を外し、腕の持ち主はそのせいでバランスを崩し、転倒していた。
おそらく私を捕まえると同時に引き寄せようとしていたのだろう。
背を地面にぶつける形になっていた。
「ぐえっ!」
そんな男をほうっておくはずも無く、既にティーラが男の腹を踏みつけ、その首に剣を当てていた。
ティーラの剣は、レイピア。
突きに優れるが、だからといって以前訓練の最中にその剣が丸太を貫通した光景を見せられたときにはぞっとした。
ティーラ曰く、「肉も骨も貫通させないといけませんからね」とのこと。
「シャルロット、大丈夫か?」
尻餅をついた私に皇太子様が手を差し伸べてくれる。
「大丈夫です。少し、避け損なっただけですから」
手を借りて立ち上がり、スカートについた埃を払う。
「しかし驚いたぞ。あんな瞬時に反応できるなんてな」
「ティーラの訓練の賜物ですよ」
未だ訓練では四肢を狙った攻撃をかわす程度だが、それも徐々に速度が上がっている。
それから比べれば、さっきの男の掴みはよけられる。……四肢狙いだったら。
男の腕は、顔とお腹へと伸びていた。口を封じ、お腹を掴んで引き寄せるつもりだったんだろう。
そのせいで、慣れてない避け方につい動きが大げさになってしまい、尻餅をつく形になってしまった。
追跡者と私を捕らえようとした者の二人を付き添いの騎士に引渡した。
「…何者だったのでしょう」
「わからん。俺かと思えば君にまで手を出してきた。まぁすぐに結果は分かる」
皇太子様にはナイフを向け、私を捕まえようとした。
男達の処罰は免れないとして、問題はその目的だ。
ナイフを用いてきたのだから、そこには明確な殺意が認められる。
それだけ見れば、事は王家を狙った国家転覆だ。
しかし一方で私を捕まえようとした。
それはまるで一週間前の襲撃事件の続きのよう。
国家転覆を狙うだけなら……私を狙う理由にならない。
いや……襲撃者側の論理が飛躍して、既に私が身篭っていて王家の血筋の跡継ぎがいるとなれば……
それなら、皇太子様を殺そうとしたのだ、尚更私も殺そうとしてくるはず。
……分からない。今回の襲撃の意味が。
「シャルロット」
「はい…?あ……」
そっと背中に腕が回され、そのまま抱きしめられた。
「無事で良かった……」
「……はい、皇太子様も」
皇太子様の胸に顔をうずめる。
しっかりと聞こえる鼓動が、無事であることを実感させてくれる。
「あ~…二人とも、さすがに往来の場なんだし、後にしてもらえるかな?」
エリル様の言葉にはっとすれば、ただでさえ先ほどの騒ぎで注目を集めていたところにさらに上乗せする形になり、周りの市民の視線全てが私と皇太子様に集まっていた。
この状況にエリル様も苦笑し、ティーラは…少し羨ましそうだった。
「~~~~~~!!」
途端に恥ずかしくなり、周りを見れないと再び皇太子様の胸に埋め直す。
そんな私の様子に、頭上から皇太子様の苦笑した声が聞こえてくる。
「くくくっ……まったく、シャルロットは可愛いなぁ」
「う~~……」
衆目を集めること自体はエリーゼの頃から慣れている。けれどそれは、あくまでも令嬢という立場からだと理解しており、そう振舞うからこそ。言ってみれば、令嬢という衣を纏っていた。
しかし今は、令嬢としてではなく、一人の女の子としての振る舞い。
何も纏わない素の自分を晒し、それに注目されれば恥ずかしくもなる。
「……皇太子様は恥ずかしくないのですか…?」
窺うように見上げれば、笑顔の皇太子様。
「愛しい恋人の甘える姿と、恥ずかしがる姿を見れば、周りなど気にならん」
きっぱりと言われ、もう顔を上げていられない。
紅潮した顔を隠すためにまたも顔を埋めておく。
「見てくださいエリル様、あれが恋人の甘える姿ですよ!」
「僕がティーラの胸に顔を埋めるの?ちょっと恥ずかしいなぁ」
「ぎゃ・く・で・す!」
このままでは埒が明かないとティーラが人払いをし、エリル様に連れられて私達は場所を移した。
「ほら」
「ありがとうございます……」
皇太子様からカップを受け取る。
中身はベリー系のジュースのようで、爽やかな酸味と甘みが喉を潤してくれる。
紅潮して火照った顔も冷やしてくれる。
「で、これからどうするんだい?」
エリル様もティーラも、今は離れず近くにいる。
もう今日は何も起きないだろうと思いながらも、警戒してくれている。
「…仕方ないが、デートはここまでにするしかないな」
「そう…ですね」
「う~…すみませんー、ですがもうお二方と離れたままの護衛はできないのですよー」
二人っきりのデートはここまで。
名残惜しい気持ちはあるけど、それ以上に皇太子様の身の安全が優先だ。
「じゃあそろそろお昼にしようか」
「そうだな。腹も減ってきた。シャルロットは何が食べたい?」
「あの、何でも…」
「では肉ですね!さぁいきましょー!」
「…強引だな」
「…強引ですね」
「…まぁティーラだから」