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2話

部屋を出てホールへと向かう。

だが、そこまでの道のりははるかに遠かった。


「はぁ…はぁ…」

「だ、大丈夫でございますか、お嬢様?」

「だ、大丈夫よ……さぁ行きましょう…」


部屋を出るまでは大丈夫だと思っていた。

だが部屋を出て廊下を歩き始めたところから急激に脚が重くなり、一歩動くのもやっとの状態になりつつあった。

ただ身体が重いだけじゃない。明らかな運動不足だ。


それでもやっとの思いでホールへとたどり着いた。

しかしやはりそこは見覚えが無い場所だった。


(…思い切って私が誰で、ここがどこだか聞いたほうが早いかしら。でも…)


そんなことをすれば頭がおかしくなったと思われて、医者を呼ばれてベッドに寝かせられるのがオチだと思い、その手はとれずにいた。


「…お、おお!? シャル!シャルではないか!」


この身体の名を呼ぶ声に顔を向ければ、そこにはようやく見覚えはある顔があった。


(あれは…確かトワイライ伯爵だったはず)


トワイライ伯爵。

伯爵家としては中の中。特に突出している点は無いが、堅実な領地経営をしており、夜会でも稀に見たことがある。


「どうしたのだシャル。お前が部屋を出るなど」

「たまには外の空気が吸いたいなと思いまして」

「そ、そうか。しかし…その…」


トワイライ伯爵の視線が泳ぐ。


(トワイライ伯爵がここに…ということはここは伯爵の屋敷なのかしら?それにさっき愛称で呼んでいたし…もしかして)


そう考えていると、トワイライ伯爵がゆっくりと口を開いた。


「その…その身体では大変ではないか?辛いなら部屋へと戻っても…」


その言葉に改めて自身の身体を見下ろす。

若干まだ息も荒い。


「問題ありません。ところで…父上」

「ち、父上?!」


(しまった……まさか親子ではなかったのかしら)


思い切って関係を確かめようと口に出してみたが驚かれてしまった。

咄嗟に「間違えました」と言おうとしたが、


「どうしたのだ、普段は『父様』と読んでくれたではないか」

「えっ、あ、その…」


どうやら関係は間違ってなかったが、呼び方が違ったようだ。

ほっと一息ついたものの、次の伯爵の言葉に息が詰まった。


「…まさかシャル、今のはエリーゼ様を真似たのではないだろうな?」

「えっ!」

「…やはりそうか。残念だが…皇太子様にはエリーゼ様がおられる。シャルは皇太子様には二度と会うことはできないのだから」

「………」


続く伯爵の言葉に今度は口がふさがらない。

さらに伯爵の言葉は続く。


「きちんと場を整えてやらなかった私も悪い。だが、二年前のあの夜会で、もうお前は皇太子様との接触禁止令を出されているのだ。諦めなさい」

「…………」

「後で部屋に美味しいお菓子を届けさせよう。それで我慢しなさい」


そういうと伯爵は外へと出て行った。

その間、私の口は空いたままだった。






屋敷の中庭。そこに設置されたベンチに腰掛けながら、さきほどの伯爵との会話を思い出していた。


(…この身体は、トワイライ伯爵の娘のシャルロットという娘のもの。で、何故か皇太子様との接触禁止令を出されている。それで、皇太子様にはエリーゼ…私が婚約者としている)


つい先ほどまでは、『エリーゼ・ロトール』とは夢の産物ではないのかと思っていたほどだが、それは確実に違うことがわかった。

確かに『エリーゼ・ロトール』は存在する。

だけど、確かにいるけれど今は『シャルロット』になっている。

そこまで考えて、ようやく一つの推測が立つ。


『エリーゼ』と『シャルロット』…この二人の魂が入れ替わっている。



途方も無い推測だが、そう考えるしかない。

そうなると気になるのは、エリーゼの身体のほうだ。

シャルロットの身体に私がいるのなら、エリーゼの身体のほうにはシャルロットのほうがいるはずだ。


(直接会えば確かめられる。なら、善は急げよね)


脳内の地図からおおよその距離を割り出して日数を計算する。

トワイライ伯爵の領地からトワール公爵の領地までは馬車で二日程度。

それほど大変な距離でもない。


(よし、トワイライ伯爵が帰ってきたら外出することを伝えましょう)





「…ダメだ。ロトール公爵家へ行くことはならん」

「ど、どうしてですか、父様」


帰宅したトワイライ伯爵へ伝えたところ、いきなり却下されてしまった。


「今日、ロトール公爵より通達が来た。本日より皇太子様とエリーゼ様が正式に婚姻を結ぶまで、シャルロットの両者への接触を禁ずる、と」

「なっ!?」

「理由は…2年前の夜会のことを持ち出されてな。もうすぐ婚姻を結ぶこの大事な時期に同じことをされてはたまらないと」

「そ、そんな…」

「シャル、お前は今更ロトール家に何しに行くつもりなのだ?まさかとは思うが、エリーゼ様に何かしようなどとは…」

「そ、そんなことはしません! ただ、お話がしたくて…」

「シャル。皇太子様のことは諦めるんだ。代わりに私がちゃんとお前にふさわしい婿を見つける」

「………」




放心状態のまま、トワイライ伯爵の書斎を後にする。


(な、なんで……)


何故このタイミングで、そんな通達が出るのかと。

重たい身体を引きずりながら自室へと戻っていく。

しかし、途中でふと思う。

そもそもこの状況は、ただの偶然なのだろうか?

もしも、そこに作為的なものがあれば…


(そうよ。この『シャルロット』はどうやら皇太子との婚姻を望んでいた。だから二年前の夜会で何かやらかした。だから皇太子様との接触を禁じられた。それでも皇太子様との婚姻を諦めなかった。そこで…私、『エリーゼ』と入れ替わろうとすることをやったのであれば…?)


そう考えれば今の状況の辻褄が合う。

何らかの手段を用いて、シャルロットはエリーゼの身体に、そして私エリーゼはシャルロットの身体へ。

そして、このことが露見しないよう、シャルロットの身体に入った私がロトール家に接触できないように通達を出す。

そうすれば、当人でしか知りえないようなことでの確認の手段を失う。

まして、シャルロットは皇太子様との婚姻を望んでいた。

その果てに『シャルロットはエリーゼになろうとしている』とでも、『エリーゼ』の身体で『シャルロット』が言えば、私の発言は全て虚言扱いされてしまう。

禁止令を撤回させようにも、伯爵家と公爵家では力の差がある。

とてもじゃないがそんなことはできない。

よほど内容が重要であれば可能かもしれないが、そもそもこちらの正当性を示す根拠が無い。

少なくとも、今の時点で父様は私を、「どうしても皇太子と結婚したくて、エリーゼの真似を始めた。挙句、エリーゼを害しようと直接屋敷へ向かおうとした」と勘違いしている。





(どうしたものかしら……)


部屋に戻り、ベッドに寝転がる。

体重でベッドが大きくきしむ。


これからどうしたらいいのか。

シャルロットには会えない。今のままでは何を言っても「エリーゼの真似」扱い。

このまま、『シャルロット』として生きていくしかないのか…


(………そうよ、この状況が意図的に作られたのなら、その方法があるはず。なら、それをもう一度やれば…)


入れ替わったものを入れ替え直す。

きっとこのシャルロットの部屋にはその方法を示した本か又はメモか何かがあるはず。


まずはと机の引き出しを開ける。

と、そこには破いた紙切れが一枚。

手に取れば、正直言って汚い字で何か書かれていた。



『この手紙を読んでいるということは成功したようね、エリーゼ様。

黒魔術を使って、私と貴女の魂を入れ替えましたわ。これでようやく皇太子様と結婚できます。あなたは私の身体で無様に生きなさい。私の皇太子様に手を出すからこうなったのだから。そうそう、今回使った黒魔術は一度きりのもの。二度目を行おうとすると互いの魂が消滅してしまうものですから間違っても行わないように。もっとも、黒魔術に必要な文献・材料は全て処分しましたからできないでしょうけど。

それでは愚かなエリーゼ様、さようなら』



「な、な、な…………」


手紙を持つ手が震える。


(黒魔術ですって…?!)


ありえない、と思いつつも今私に起きている状況がそれを信じるしかない。


黒魔術。

存在こそ一般でも知られているが、その内容は全く知られていないため、本当に実在するのか貴族の間でも疑問視するものは多い。

しかし国の法には黒魔術に関する記述もあり、使用はもちろんのこと、関与・協力しただけでも極刑に処される。

国の闇に関わる者でも極一部しか知りえない黒魔術の手法。

それを何故たかが一介の令嬢が知りえたのか…


(まさか…実は父様…トワイライ伯爵もこの件に絡んで…?)


そう思うが、しかしそれにしては今日の父様の反応は知っている素振りを見せなかった。

いや、もし知っていたとすればその被害者である自分を屋敷から…いや、この部屋からすら出そうとはしないはずだ。

万が一にも、私が黒魔術の被害者であることを外に知られないように。


少なくとも父様は、私を『シャルロット』だと思っている。

つまり、父様は知らない…と思う。

確認すれば早いが、それもまずいと考える。

なんといっても、今の父様は私を『皇太子様と結婚するために他者を害しようとしている』とまで考えている。その状態で黒魔術のことを聞こうものなら、黒魔術を利用するつもりなのかと更に余計な誤解を生みかねない。



その後も、部屋の隅々を探してみるも黒魔術に関するものは見当たらず、あの手紙に書かれていた『全て処分した』ということが本当だったのだと思い知るだけだった。



※誤字修正しました

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