18話
しばらく話をしていると、父様の帰宅の準備が整ったとの連絡を受け、帰ることとなった。
その際、エリル様から父様へ護衛としてティーラの紹介が行われた。
トワイライ家の馬車は昨晩破損してしまったので、今回は王家から馬車を借り、屋敷へと向かった。
破損した馬車は業者に回収・修理を依頼したとのこと。
その帰路の馬車の中で、私は父様にティーラから戦術を習うことを報告した。
父様は驚いていたが、一息つくと、「好きなようにやりなさい」とのことだった。
屋敷に帰れば、まずは屋敷の皆にティーラの紹介から始まり、屋敷の大まかな説明、そしてしばらく泊まる部屋が宛がわれた。
私も自室に戻り、動きやすい服装に着替える。
もちろんこれから指導を受けるためだ。
着替えを終えたころ、丁度ティーラも部屋に来た。
「では早速訓練と参りましょー」
「ええ、お願い。………ところでその恰好は?」
部屋に来たティーラは騎士服……ではなく、侍女服を着ていた。
「これですか?エリル様の命でしてー、なんでも護衛中はこれを着てなさいって」
「そ、そうなの……」
何故に侍女服?と思ったけど、もしかしたらこれもカモフラージュの一種かと考えてしまう。
騎士服そのままでは警戒されるが、侍女姿なら警戒されにくい…とか。
そのまま中庭へと向かうと、ティーラと向き合う。
「では、シャルロット様」
「ええ」
「ナイフは持ってきましたね?」
「ええ、ここにあるわ」
「わかりました。では……」
ティーラが手にしていた細長い袋状の中から何かを取り出した。
それは円筒形で周囲を綿のようなもので包まれており、柄がついていた。
「内容は至極簡単です。私の攻撃を、すべて避けてください」
「えっ」
「はっきり申しますと時間もそんなにありませんし、すでにシャルロット様は動体視力と反応速度は十分な域です。ですが、動きそのものはぎこちありませんし、無駄も多いです。その動きを、ただひたすら、モノにできるように避け続けてもらいます」
「…………」
キッパリと言い放つティーラに唖然とする私。
(もっとこう手取り足取りみたいな感じかと思ったけど…)
「というかこのやり方しか知りませんのですよ、私。お話しとか苦手でしたので」
てへっ♪と可愛く舌を出すも、言ってることは全然可愛くない。
けれど、それならそれでいい。
私は、ナイフを鞘をつけたまま、前に出す。
「あ、一応言っておきますと、あまりナイフで受けることは考えず、あくまでも避けることに専念してくださいね」
「えっ、ナイフは使っちゃダメなの?」
(ナイフがあることを確認されたのに、使わないでとは…)
「んーとですね、そのナイフは敵に武器を持たせるための囮です。実際にそんなナイフで受けたら一撃で弾き飛ばされますよ」
「…じゃあ訓練中はナイフは必要ないの?」
「そうなんですけど、持ってるか持ってないかでは動きが変わりますし。それに次の段階では使いますからね」
「次の段階…?」
「まぁそれは次ってことで。ではいきますよー」
そう言い放つと唐突に距離を詰めてくるティーラ。
そしてあの円筒形の物を振り下ろしてきた。
「っ!」
腕を狙われた一撃を横にのけぞってかわす。
「んー、やっぱり目がいいですねー。それにしっかりかわしました。ですが」
振り下ろされた物がすぐさまこちらへ薙ぐように振るわれる。
それを目で追えてはいても、無理に仰け反った体勢では次の動きが取れず、腕に軽い衝撃が走った。
「痛……くない?」
「そりゃあシャルロット様の体に傷をつけるようなことはできませんから。この『ふんわり棒』を使えば、痕を付けずにたくさん訓練できますよー」
いくら訓練とはいえ、体に痕が残らないのはありがたい。
が、次にティーラが浮かべた笑顔に背筋が凍る。
「なので、どんどん遠慮なく当ててきますからねー」
そうして、ひたすらに棒を避ける訓練が続き、いつの間にか日が暮れかけていた。
「んー、今日はこんなところでしょうね」
「お、お疲れ…さま………」
疲労で足が震え、立つのもつらい。
ただ避け続けるだけなのに、全身が疲れている。
それに、痛くないはずの棒なのに、何度も叩かれてピリピリとした痛みが残っている。
「シャルロット様は動きに無駄が多すぎます。気付いてました?私、今日は体幹を狙ってないことに」
「体……幹?」
「胴体のことですよ。今日は手足しか狙ってません。それに、胴体に当たらないようにしてました。ですから、本来であればあんな余計な動きは必要ありません」
「そ、そうだったの……」
避けるのに精いっぱいで、そこまで気が回らなかった。
「実戦でも、捕獲を前提とすればおそらく敵は致命傷になりやすい胴体を避け、手足を狙ってきます。それを最小限の動きで避けられれば、かなり長い時間善戦できるでしょう」
「そう…なの」
「そうです。目はいいんですから、次からは攻撃の方向だけでなく、間合いも図れるようになりましょう。まぁ本当はその前に…」
「ひっ!」
目の前わずか数センチを棒が凄い速さで振られる。
訓練とはまるで違う勢いと、唐突に顔を狙われたことに悲鳴が出てしまう。
「今はまだこんな棒とはいえ、狙われることに恐怖があります。それを克服しないと、かわす動作を制御できませんからね。さぁ明日もがんばりましょー」
「が、がんばるわ…」
あれから一週間後。
今はとある辺境伯家の令嬢が開いた茶会の帰り道。
護衛としてずっと私の後ろに立っていたティーラは馬車の中で大きく伸びをしていた。
「ん~……やっぱり茶会ってのは退屈なものですねー」
「そうね……ティーラにとってはそうかもね」
あくまでも護衛。
立っている以外にすることはなく、それでいてずっと気を張っていなければならないのだから、当人にしてみれば退屈の一言だろう。
婚約が発表されてから数日間は、茶会への参加の要請が殺到した。
なんせ今までまともに社交界に出てこなかったのだから、そんな令嬢がいきなり皇太子様の婚約者になれば、当然どこの令嬢も慌てる。
どこも私という人となりを知ろうとすることから、なんとか繋がりを作ろうとするもの、暗に婚約者辞退を迫るもの等々…様々な思惑がある。
元々エリーゼとしてそういった茶会への参加は慣れていた。
が、今はシャルロット。それも、建前上はどの令嬢ともほぼ初対面だ。
中には、エリーゼの時には親しくしていた令嬢とも、初対面のように振る舞わなければならない。
……これは、なかなかに堪えた。
そんな各々腹を探り合いながらの茶会を終えた後。
屋敷に着くと、アリエスから手紙を渡された。
みれば、王家の印が押されている。
「皇太子様からだわ」
「そのようですね」
「デートのお誘いですかー?」
中を開いて読めば、ここ一週間の報告をしたいとのことで明日屋敷を訪れるらしい。
「明日、皇太子様がいらっしゃるそうよ」
「わかりました、では準備をしておきますね」
「ええ、お願い」
「じゃあ明日は訓練の成果を見せるチャンスですねー、さぁ今から特訓ですよ!」
張り切るティーラが、わざわざ『特訓』と言ったことに顔が引きつる。
「ほ、ほどほどにね…」
「ほどほどですねー……いやです!」
ニッコリ笑顔で拒否され、早く日が暮れてくれないかと願うばかりだった…
翌日。
いつもより少し早起きし、入念に準備をして皇太子様の到着を待つ。
ロビーで待てば、皇太子様到着の報が届く。
「お待ちしておりました、皇太子様」
「一週間ぶりだな。何か問題は無かったか?」
「いえ、特には」
「ティーラも元気そうだな」
「はーい。……ところでエリル様は?」
「ん?一緒に来てたはずだが…」
そう言って後ろに振り返る皇太子様。
その直後、皇太子さまの顔の横すれすれを何かが飛び、私へと向かってくる。
「っ」
そのままでは顔にぶつかるであろうそれを、わずかに顔を反らして避ける。
顔の手前数センチを通り過ぎ、ティーラがそれを受け止めた。
「おーけーおーけー、いいね。ちゃんと訓練はしてるようでなにより」
軽い拍手とともにエリル様が姿を現す。
ティーラの手元を見ればコインが握られていた。
「お・ま・え・は!顔に向かって飛ばすんじゃない!」
「あいたたたた!」
皇太子さまにしっかりお仕置きを喰らうエリル様。
(確かに顔はやめてほしいわ……)
痕になっても目立つし、目に当たれば怪我では済まされない。
軌道を見た感じでは当たりそうなのは額のあたりだったけど、やっぱり嫌だ。
「はい!私の訓練のたまものですよ、エリル様!」
「はいはい、よく頑張りましたね」
「えへへ~」
ティーラがエリル様の隣に移動し、頭を撫でてもらっていた。
…ついさっきまで私の背後にいてコインを受け止めたのに、いつの間に移動したのだろう。
「…はぁ。まぁ…よくはないが、この件は後だ。シャルロット、部屋を一つ借りるぞ」
「はい、ご用意してあります」
報告をするということで、内密な話になると思い部屋をすでに準備してある。
「ではこちらへ」
「うむ」
そして部屋には、私、皇太子様、エリル様、ティーラの4人だけがいることになった。
アリエスたち侍女には最初の紅茶だけ淹れてもらい、部屋を出てもらった。
「さて、報告する内容は二つ。先日の襲撃の件と、偽エリーゼの動向についてだ」
「はい」
「わくわく」
「ティーラは静かにしてようね」
「わふっ!」
(犬みたい……)
「おほん!まずは襲撃者…ブラスト家の三男、名はギリア・ブラスト。こいつなんだが……まだ身柄を拘束できてない」
「どうもあの襲撃した日以降、帰ってないみたいでね。顔がばれたのを警戒してるみたいだ。おそらくブラスト家領地内の空き家を転々としてるんだろうけど、まぁそのうち捕まえるよ」
「部屋も調べさせたが、金目のものをすべて持って行ったようだ。それに犯行の動機となるようなものもなかった。が…」
皇太子さまはバックから何かを取り出した。それは…狼の仮面。
「それ、は…」
「……エリーゼは見覚えがあるだろう」
予想はしていたがこれで決定的となった。
やはりあの男、と。
「諦めが悪い、愚かな男だ。誰の女に手を出したか、徹底的に地獄を見せてやる」
「婚約者探しのパーティーに参加してたみたいだけど、そこでたまたまエリーゼ嬢を見つけた…というところかな。とはいえ、そこで婚約者になったばかりなのに襲ったところをみると、よほど執着してたみたいだね」
「……嬉しくないです」
あんな気持ち悪い男に好かれても全然嬉しくない。
論外である。
「やつに関してはそんなところだ。で、偽エリーゼ嬢についてだが、こちらはまだ動きは無いようだ」
「そうなんですか…?」
少し意外だ。
私と身体を入れ替わりまで行い、婚約破棄されて暴れたのに、私の婚約を聞いて動かないなんて。
「確かに動きは無いが……引きこもり具合に磨きがかかったようでな。今では誰も部屋に入れないそうだ。食事も部屋の前に置かせてるそうだし。それに…」
「それに?」
言いよどむ皇太子様は、これ以上は言いたくないとばかりにエリル様に目配せする。
「…はぁ………無理やりロトール公爵が部屋に入ったそうだけど、これ以上ないくらいに気味が悪かったそうだよ。ひたすら、『皇太子様はわたしのもの』ってぶつぶつ呟いてたって」
「うわー……それは気持ち悪いですねー」
ティーラに同意である。
「そんな感じで、外に出る様子は無いみたい。少しあてが外れた感じかな」
「そうだな。すぐに共犯者と繋がるかと思ったが」
どちらもまだ決定打となる状況にはならず、しばらく静観ということだった。
「お話し終わりですかー?」
「まぁそうだね。じゃあ僕とカイロスはこれで…」
エリル様が立ち上がり、皇太子様も立ち上がろうとした。
私も、見送りのために立ち上がり…
「じゃあこれからデートにいきましょー!」
「は?」
「ん?」
「え?」
ティーラの言葉に固まった。