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17話

「ん………」


窓から差し込む陽が部屋を照らす。

よく眠れた…と思う。

父上と話し、寝る前には蟠っていたものが晴れた。

過去は過去、できなかったことはできなかったことでしかない。

見るべきは先。


「………よし」


カーテンを開ければ、予想以上につよい光に目が眩む。

…どうやらずいぶんとお寝坊したらしい。


「父様は大丈夫かしら…」


医者の見立てでは安静にしていれば大丈夫とのこと。

とはいえ気になるし、これからどうするのかも確認しておかなくてはならない。


「私も…」


皇太子様と…カイロス様と共に在る。

そのために、今日から動き出さなくてはならない。

手始めにと、部屋に置かれた鐘を鳴らす。




服を着替え、朝食を摂ると部屋を出る。

侍女の案内で父様が静養している部屋へと向かう。


「こちらにございます」

「ありがとう」


ドアにノックをし、返事を確認して部屋に入る。


「父様、お加減はいかがですか?」

「シャルロット。ああ、大丈夫だ」


父様はベッドから体を起こしていた。

頭に巻かれた包帯が痛々しく、しかしそれ以外は問題ないように見えた。


「そうですか。…ですが、これからどうされるのですか?その怪我では屋敷に帰るのも…」

「いや、頭以外には問題ない。今日で帰ることにしたよ。医者の診断書も貰って、後は屋敷の医者に診てもらうことにした」

「それはよかったです。それで、その…」

「シャルロットが気にすることはない。今回の件は全てあの襲撃者が悪い」

「…………」

「エリル様からはすでに聞いている。犯人の目星もついてるとな。ならばもうこの件は片付いた」

「……はい、ですが……」


違う。私が言いたいことは、違う。

私が言いたいことは、やりたいことは…


「…父様、私、少しエリル様と話をしてきます」

「そうか。今しばらくしたら帰宅の準備に取り掛かる。それまでに話してきなさい」

「はい」


ダメだ、今の状態では父様に了承してはもらえない。

だけど、エリル様なら。




「ああ、丁度いいところにきたね」


執務室へと向かうと、皇太子様とエリル様がいた。

私が起きるのが遅かったからか、すでに執務を始めているようだった。


「申し訳ございません、執務の最中に…」

「構わん。ところで疲れはどうだ?まだ休んでいてもいいんだぞ?」

「いえ、もう大丈夫です。ところで、丁度いいところ、とは?」

「うん。以前に話したよね、偽エリーゼ嬢に婚約の件を伝えたら、護衛を付けるって」

「あ、はい」

「まさか護衛を付ける前に襲われるとは思わなかったけどね。偽エリーゼとは関係のないやつだったけど」

「そう…ですね」

「で、本当はこの後ロトール公爵が偽エリーゼに伝えた時点で護衛を派遣する予定だったんだけど、今回の件もあるからね。今付けることにしたよ」


そう言うと、エリル様は指を鳴らした。

すると、窓のカーテンの影から一人の女性が現れた。


(うそ…全然気づかなかった…)


今思えばカーテンの下から足は見えていたし、壁と同じ色だったわけでもない。

けれど、完全に同化していたかのように、全く気付けなかった。


「ティーラだ。彼女を付けることにした」

「ティーラと申します。よろしくお願いいたします」

「よ、よろしくお願いします」


肩口で切りそろえられた白髪。

ピシッと着込んだ騎士服と姿勢は一部の隙もなく、アメジストを思わせる瞳がこちらをまっすぐに見てくる。

顔立ちは少し幼く、可愛らしいという表現のほうが似合う。

…その瞳が、不意に緩んだ。


「わー、やっぱり新しい皇太子様の婚約者様って、かわいいですねー。あーもー、これでやぁっとむさくるしいおっさんとか、自分より強いエリル様の護衛とかしなくていいんですねー」

「……え?」


途端に騎士然とした態度が崩れ、ずいぶんと砕けた調子に驚いてしまう。

そんな彼女…ティーラに、エリル様は苦笑していた。


「まぁこんな感じの娘だけど、腕は確かだよ」

「少し軽いがな。とはいえ、シャルロットに付けられる護衛を考えると、ほかにいないんだ」

「いぇーい!」


ピッとこちらにピースサインを向けてくる。


「彼女は平民出身でね。ちょっと山遊びしてたときに見つけたからそのまま捕まえてきた。騎士服なんて着てるけど、山に狩りに行く姿のほうがよっぽど似合っててね」

「いやー、初対面のときは驚きましたねー。いきなり捕まったら実家にお金置いて連れ去られたもんだから、人攫いだーって騒いじゃいましたもん」

「人聞きがわるいなぁ。こんな面白そうな逸材を山奥で眠らせるなんてもったいないって思ったから捕まえただけだよ。ご両親だって、喜んでたじゃないか」

「そーですねー、この前帰ったら『嫁どころか働き口すら見つかりそうにない娘がこんなに一人前になって…』って泣かれましたよ!」

「よかったじゃないか、なんて親孝行なんだろうね、僕は」

「いや私の親ですからね?はっ、まさかエリル様?!」

「3人目に君もいいかなと思ってるんだよね」

「本妻じゃないのかー……」


にこやかにほほ笑むエリル様に、がっくり項垂れるティーラ。


(ここまで楽しそうにしゃべるエリル様を見るのは初めてかも…)


しかし今の会話で気になる言葉。

まだ喋り続けるエリル様とティーラを横目にしつつ、そっと皇太子様に伺う。


「あの、今エリル様3人目って……」

「ああ……ただの冗談だ。3人目どころか1人もおらん。…少なくとも、俺が婚姻を結ぶまでは自分はしないと公言している」

「そうなんですか…」


以前から、エリル様は苦手だった。

どこか、常に見定められているような視線。

にこやかな笑顔とは裏腹の、何を考えているのかわからない胸中。


けれど、最近になってそれが何なのか見えてきたような気がした。

それは…国への絶対忠誠。

王家ではなく、国へ。

だから、常に私を将来の王妃として相応しいか見定めていた。

今回の件でも、エリル様の最優先は黒魔術関連の隠滅。

…皇太子様の婚約者である私のことよりも、優先すべきこと。

護衛の件も、私はてっきり衛兵数名によるものと思っていた。

それが騎士、それもエリル様が直接目にかけているほどの。

けれど一人、それも女性。傍目に見れば、護衛としては不足。

けれど、その働きは私の予想以上だろう。

実力は十分だけど、見た目にはそれほどでもない。


……おそらく、エリル様はこれも餌としている。


婚約後の私も餌にして、より確実に事を進めようとしている。

掴む尻尾を多くして、一匹も逃がさないように。


それが、国を守るためならば。


(なら、私のやりたいことも、決して無駄にはならない)


「エリル様」

「ん?なんだい」


一息つき、考えていたいことを口に出す。


「私に…戦える力をください」

「エ……シャルロット、何を言っている?」


動揺のあまり皇太子様が呼び方を間違えそうになる。

だけど、エリル様のほうはさほど動揺していない…いやむしろ、そう言ってくるだろうと思っていたかのような表情だ。


「…一応、理由は聞いておこうか」

「皇太子様と、共に在るために」

「シャルロット…君が」

「戦う必要はない…なんて言わないでください。もう……あんな思いはしたくない」


血に塗れた父様。

なすすべなく、ただ縋るだけの私。

なんて……情けない。


「……ん?これって、私不要コースですか?」

「馬鹿言わないの。シャルロット嬢がティーラほどになるなんて……5年でできるかも」

「エリル様ぁ!? 私ここまでになるのに10年かかりましたよねぇ?どういうことですか!」

「まぁ冗談はさておき」

「冗談!?」


(…お似合いの二人…なのかな)


大げさにアクションするティーラに、うまくあしらうエリル様。二人の付き合いの長さが窺える。


「戦える力って言っても、まさか剣を持って戦う気じゃないよね?」

「それは……」


戦える力。

それはまだ漠然としたもので、具体的にどうするかは全然決めてなかった。


「…シャルロット」


皇太子様が、壁に立てかけていた剣を手にする。


「持ってみろ。鞘のままだぞ」

「はい」


柄に手をかけ、持ち上げる。


「おも……いぃ!」


かろうじて持ち上げたけど、いくらも持たない。

重さに耐えきれず、落としてしまいそうになったところを皇太子様が支えてくれた。


「はぁ…はぁ…」

「これが剣だ。……これで斬るにしても、受けるにしても、支えられないなら話にならない」

「あのー…私が護衛するわけですし、シャルロット様が戦えなくても…」

「…そういう、ことじゃないんです」


ティーラの言葉は当たり前のことだ。

護衛対象は、戦える力が無いから護衛される。

だけど…


「まぁいいでしょ。昨日のこともあるし、身を守る術くらいは持っていても何も困ることじゃないよ」

「……そうだな」

「でもぶっちゃけ、どうするんですか?騎士団の宿舎にでもぶち込むんですか?」

「手足縛って君だけぶち込んでおくよ」

「やめてぇ!そんな腹を空かせた猛獣がいる檻の中に放り込まれる生肉にしないでください!」

「……話が進まない、ティーラ。お前少し黙れ」

「はーい……」


皇太子様に窘められてティーラが口を噤む。


「しかしそうだね……シャルロット嬢の、戦い、か……」


エリル様が椅子に寄りかかり、天を仰ぐ。

自分がどんな戦いをするのか……まるで想像がつかない。


「護身用にナイフくらいを持たせるのはありだと思うが」

「ふむ……」


エリル様が机の引き出しをあけると、中から鞘に入ったナイフを取り出した。


「……これ、いいかもね」

「おい、それは……」

「丁度いいんじゃない?出番無かったんだし。それに、これを使う戦術ならさほど時間はかからない」

「ナイフですかー?確かに手軽ですけど、それで致命傷与えるのは技量要りません?」

「問題ないよ。だってこれは……」


手元で遊んでいたナイフを、そのまま私に投げてきた。


「あ、わ、わ」


なんとか手に収める。が、同時に感じる違和感。


「………軽い?」


予想をはるかに超えた軽さに、本当に手に持っているのか不思議に感じるほど。

しかし確かに手にはナイフが握られている。


「もちろん刃もついてるよ。鞘をとってごらん」


言われ、鞘を取れば奇麗な刃が姿を現した。

刃渡りは私の手のひらから少しはみ出すくらい。

片刃で、やはりこうしても軽い。


「それは最近産出された金属を使っていてな。見た目とは裏腹に恐ろしく軽いし、硬い」

「そうなんですか」


どうやら硬さも問題ないらしい。

しかし気になったのは先ほどの言葉。


「あの、出番がない、とは?」

「…刃というものは、切れ味と、その重さで切るものだ。それは軽すぎて、切るのが難しい」

「あ…」

「果物ナイフくらいならいいんだけどね。実戦では使えないんだ」

「じゃあ防具に使えばいいんじゃないんですかー?軽くて硬いなら鎧に最高じゃないですかー」

「産出量が今それしかないんだよ。鉱脈を探してるけど、まぁ期待薄だね」

「なんだー…」


(それってつまり、このナイフはかなり希少なものということでは…)


「それで、そのナイフでどうするかだけど…」

「!!」


不意に、エリル様が何かをこちらに投げてきた。

とっさにナイフでそれを弾く。


「エリル!何をする!」

「どーどー、落ち着きなさいって。それより、今ちゃんと見たかい?」

「何をだ!」


激昂する皇太子様にエリル様がなだめるように言う。

弾いた先を見れば、どこから取り出したのか、ボタンだった。


「なかなかの反応速度だと思わないかい?この距離とはいえ、僕の飛ばしたボタンを、しっかりナイフで弾き飛ばしたんだ」

「!」

「あー、確かにそうですねー。普通は大げさにのけぞるか、手で防御するくらいで、弾いちゃうとは思いませんでしたー」


エリル様の言葉に皇太子様が驚き、ティーラはうんうんと頷いていた。


「そっ。前から思ってたんだけど、シャルロット嬢は動体視力と反応速度が異常に早い。それこそ、君のダンスのリードに対応できるくらいにね」

「それは……」

「他の令嬢が対応できない君のリードに彼女だけが対応できるのは、そのおかげだ。普通の令嬢じゃ、君の意地悪なリードをあのダンスの最中で見つけられないんだから」


(……私はてっきり、長年の経験によるものだと思ってばっかりだったけど…)


なんとなく気づき、読み取り、対応していた。

確かにそれは分かりづらいし、見つけづらい。ただその程度のことだと思っていた。


「だから僕はシャルロット嬢に、『避ける』戦術を身に着けてもらおうと思う」

「…避けるならナイフはいらないのでは?」


私の疑問にエリル様は指を横に振って否定した。


「それじゃあダメなんだよ、ナイフを持って、相手にも武器を持って『貰わないと』」

「えっ?」


わざわざ相手に武器を持って貰う?

何故こちらを危険になるように仕向けなくてはならないのか。


「ナイフも持たないシャルロット嬢。それは敵からすれば丸腰の羽をもがれた鳥だ。だからこそ、敵は捕まえようとしてくる」

「…そうですねー、護衛や男の人ならよっぽど重要じゃなきゃぶっ殺して終わりですけど、女性なら…まぁいろいろ『使い道』あるんで、捕まえようとしますねー」


ティーラの言葉に背筋がぞっとする。

…皇太子様の手も、いつの間にか強く握りしめられていた。


「そう、だけどシャルロット嬢は屈強な男に腕を掴まれればその時点で終了だ。拘束から逃れ続ける手もあるけど、それよりも楽なのがナイフをもつことだ」

「…ナイフを持てば、敵は迂闊に近づいてこなくなる。けれど、『使い道』があるから無闇に攻撃はできず、加減した攻撃にならざるをえない。そういうことですね?」

「その通り。それならこれから多少訓練すればシャルロット嬢でも対応できるはず。そうして時間を稼げれば…」

「私が他をぶっ殺してより確実な安全を確保できるってわけですね」

「そうだね。襲撃者が一人とは限らない。ティーラでも10人となれば厳しいでしょ?でも時間さえあれば、護衛対象がその間捕まってさえなければなんとでもなる」


あくまでも、私が武器を持って戦うのではなく、武器を持って敵を避け続ける。

それが…私の戦い方。


「…どうかな?それでよければ、このティーラに指導させるよ」

「お任せください!人に指導するのは初めてですけど多分できます!」

「…なんだ、その不安しか感じないのは。……いいのか?」


皇太子様がこちらに視線を向ける。その視線を受け止め、しっかりうなずく。


「お願いします」


「よし決まり。あ、そのナイフはあげるから、普段はドレスのどこかにでも仕込んでてね」

「わかりました」

「脚に着けとくといいよ。で、カイロスに見せる時はスカートをたくし上げてチラッと」

「エリル!!!!」


…さきほどの激昂とは別の意味だろう顔が赤い皇太子様が声を荒げる。


(…カイロス様に見せるならいいかもしれないけど、肝心の時にそんなことするのは嫌ね…)


敵の前でスカートをたくし上げてナイフを取り出す自分を想像する。

……うん、恥ずかしいので却下。


「エリル様!お望みなら私もやりましょうか?」

「いやー、騎士服のズボンをたくし上げられても何もこないなー」

「しまったーーー!?」



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