12話
楽しいダンスの時間はあっという間に終わってしまった。
私とカイロス様は、再び休憩室に戻っていた。
「楽しかったな」
「はい、とても」
カイロス様の隣に腰を下ろし、肩にもたれかかる。
「あの、カイロス様」
「なんだ?」
「その…受け取ってほしいものがあるんです」
ポケットからガーネットのネックレスを取り出す。
「それは……ネックレスか。割れてるのか?」
「はい、実は…」
胸元から今かけているネックレスを取り出す。
「そっちも割れてるのか。……いや、そうか」
「はい、これはこうすると…」
二つのネックレスのガーネットを合わせる。すると、一つの形を取りもどした。
「こんな風に、元は一つの石を二つに割ったネックレスなんです。それで…」
「ああ、君からの贈り物なら喜んで受け取ろう」
「あ、えと、それだけじゃないんです」
「ほう?」
私は露天商の主人から教えてもらった、ネックレスにかけられた白魔術について話した。
カイロス様は興味深そうにネックレスを眺めた。
「珍しい白魔術だな。しかし、そうか…」
「どうしました?」
「いやなに、今ここでそれを確かめてみたいと思ってな」
「そうですか、じゃあ…」
ネックレスをカイロス様の手から私の手に移す。
「エリーゼ?」
「私が付けてあげますね」
「ふっ…ああ、頼む」
フックの部分を外し、カイロス様と向かい合う形でネックレスを首に通していく。
自然、互いの距離が、ぎりぎりまで縮まる。
フックをかけ、ネックレスを付けたことを確認すると…
「…ん……」
離れる間際に、一瞬の口づけ。
さすがにカイロス様も驚いたのか、頬が少し赤く染まっている。
「えへっ、さっきのお返しです」
「…全く、君というやつは……ん?」
カイロス様の視線が私の胸元へと向く。その視線を追うと、その途中で赤く光る何かがあった。
それはネックレスのガーネット。
私が着けているネックレスのガーネットと、カイロス様に着けたネックレスのガーネットがほのかに赤い光を発していた。
「これは……」
「…これが、今互いを想い合っていることを表しているわけか」
「そのようですね」
「どれ……」
カイロス様の目が閉じられる。
私も目を閉じてみる。
(これ、は……なんだかカイロス様の…)
視界を閉じると、何も見えない世界なのに淡い輝きが映った。
それはカイロス様がいる方向にあるけれど、近いのか遠いのかよくわからない。
目を開ければ、カイロス様も目を開けていた。
「……目を閉じても、かすかな輝きが映っていた…ような気がする」
「私もです。けれど……」
「なんとなく分かる、か。確かにその通りだったな」
どうやらカイロス様も同じように感じたらしい。
「いいプレゼントだ。ありがとう、エリーゼ」
「いえ、そんな…」
受け取ってもらえたことにほっとする。
「ところで、あの、カイロス様」
「何だ?」
「私は…これから、『エリーゼ』と『シャルロット』、どちらで過ごせばいいのでしょうか?」
「……しらばくは『シャルロット』として頼む。『エリーゼ』として元に戻したいが、共犯者を捕まえるために、しばらくは俺達はまだ黒魔術を使われたことを知らないフリをしておきたいんだ。黒魔術の影響だと俺達が知っていることを悟られれば、共犯者は警戒して表に出てこなくなるだろう」
「そうですね」
「時期はまだ決めてないが、俺は近いうちに『偽エリーゼ』に婚約破棄を行う。そうなれば、共犯者の目論見は外れ、次の手を打ってくるはずだ。そこを捕らえる。そのための罠はエリルが張ってくれる」
「わかりました」
「共犯者を捕らえ、『偽エリーゼ』を黒魔術使用の罪で断罪し、君を本当の『エリーゼ』として迎える。それまで、待っていてくれ」
「はい」
「その過程で…エリルが何か協力を頼むだろうが、君を危険な目には合わせない」
「……はい」
これは素直にうなずくしかない。
危険ということはそれだけのリターンも見込めるけれど、危険な目に合っても、それを打破する力は私にはない。
無謀なことをしても、心配させるだけだ。
「ふぅ……」
屋敷に帰り、部屋に戻るとベッドに倒れこんでしまう。
(一気に…色んなことが起きて訳わからなくなりそう……)
「お嬢様、ドレスが皺になってしまいますよ」
「ん……ちょっとだけ」
目を瞑り、今日起こったことを反芻する。
皇太子様、エリル様、陛下、そして……父様は私が『エリーゼ』であること知っている。
エリル様は、今回の事件に黒魔術を教えた共犯者がいると推測、それも王家に強い恨みを持っている人物であり、絶対に捕らえるとのこと。
黒魔術には二度目は無い。エリーゼの身体には戻れない。
皇太子様は『偽エリーゼ』との婚約破棄を行う。
(…それで、私はどうしたらいいんだろう…?)
これまでは、『シャルロット』として生きようとしていた。
けれど、これからは『エリーゼ』として生きられる未来がある。
それまでは、『シャルロット』を演じて。
表向きにはシャルロットを、その裏ではエリーゼを。
シャルロットとしてやろうとしていたことを続ける?
けれど、その先には皇太子様への謝罪がある。
(今更…謝罪してもしょうがないじゃない)
そもそも謝罪はシャルロットとして生きるために必要なことだった。
なら、エリーゼとして生きられるなら謝罪など要らない。
(何を、するべきか…)
「お嬢様?就寝されるのであれば、早くドレスを…」
「…わかったわ」
沈みかけた思考を浮かび上がらせ、身体を起こして立ち上がる。
アリエスの手によってドレスが脱がされ、徐々に肌が顕わになっていく。
「とりあえず、しばらくは『これ』ね」
まだ少し弛む肉をつまみながら、一先ずの目標を決めたのだった。
次の仮面舞踏会の日。
父様の許可を得て、今回も参加していた。
父様からは皇太子様も参加することも聞いている。
というか、父様と皇太子様でいつ参加するか話し合っているらしい。
曰く、私が他の男にちょっかいを出されないようにするためとか。
首にあのネックレスをかけ、会場への到着を待つ。
御者からもうすぐ到着する旨を受け、そっと目を閉じ、皇太子様を想う。
すると、閉ざされた世界に淡い輝きが移り、徐々に近づいていく。
馬車が到着すると、目を開ける。
目を開ければ輝きはもう見えないけど、文字通りなんとなく存在を感じる。
馬車から降り、そのなんとなくの感覚のまま顔を向ければ、こちらへと歩いてくるあの鳥の仮面が見えた。
「こんばんは、エシャル嬢」
「こんばんは、スロイカ様」
スロイカ様の胸には、ほのかに赤く光るガーネットのネックレス。
「思った以上の効果だな。おかげですぐに会えた」
「はい。スロイカ様との距離が近くなるのがわかりました」
そのまま会場へと向かわず、休憩室へと向かう。
隣に寄り添い、近況を話し合う。
こうした何気ない語り合いが、何より楽しい。
そうして話は、私がシャルロットになりたての頃になっていた。
「謝罪?君が?俺に?」
「はい。そのままでは、曰くつきの令嬢でしたから。カイロス様に禁止令を出されたままでしたので、それを解いてもらうために」
「シャルロットとして、か……。しかしそれはもう必要ないな」
「はい。ですので、今は自己研鑽の日々です」
「君らしいな。……しかし、本当に良かった」
「何が、ですか?」
「君が『エリーゼ』だと気付けたことだ。もし気付けなければ、少なくとも偽エリーゼとは婚約破棄しただろうが、別の令嬢を迎え入れることになっていただろう」
確かにその未来はあったかもしれない。
もし、最初の仮面舞踏会で会えなければお互いに気付くことなく、そのままだったこともありえた。
「…私も、現状に絶望し、『エリーゼ』であることを諦めていました。いずれ、父様の見つけてきた相手を婿として迎えるか、カイロス様ではない誰かの元に嫁ぐ、そう覚悟していました」
「…例え話であっても、そんな話は嫌だな」
「けれど、仮面舞踏会でカイロス様と出会いました。出会って……私の想いは、やはり他の誰でもないカイロス様しかいないと、改めて思い知ったのです」
「エリーゼ……」
カイロス様の手が私の肩を抱き、自らへと引き寄せる。それに抗うことなく、カイロス様へと寄り添う。
「今思えば、あれは運命だと、そう思います。いくつもの『もし』を掻い潜り、出会えたあの瞬間こそ、運命と」
「俺も、そう思う。だから…」
肩を抱いた手をそのまま、もう片方の手が脚の下を通ると、そのままぐいっと抱き抱えられ、カイロス様は立ち上がった。
「その運命に感謝し、今日も踊ろう」
「……あの、抱っこしていただなくても」
いわゆるお姫様だっこ。
演劇で見たことはあるけど、やってもらうのはこれが初めてだ。
(思ったより、恥ずかしい…かも……)
誰かに見られているわけじゃないけど、気恥ずかしさがこみ上げてくる。
一方で、より密着して伝わるカイロス様の体温に鼓動が早くなり、恥ずかしさと高揚、両方で頬が熱くなる。
「部屋を出るまでだ。そこまでならいいだろう?」
「…はい」
次の仮面舞踏会の日。
ネックレスの白魔術の効果でカイロス様の出迎えを受け、そのまま休憩室へと向かうとそこにはエリル様がいた。
「こんばんは、エリーゼ嬢」
「こんばんは、エリル様」
ちらりとカイロス様を見ると、少し渋い顔をしていた。
ということは…
「もしや、協力の件ですか?」
「その通り。いやー、カイロスが分かりやす過ぎてごめんねー」
「…俺は反対だぞ」
「そうは言ってもねー。そもそもこの案だって、君の話がきっかけなんだからさ」
エリル様の言葉に、カイロス様は一層顔を渋くさせた。
「あの……」
「ああ、ごめんごめん。それでね、エリーゼ嬢に頼みたいことはさ…」
エリル様は一呼吸置くと…
「カイロスに謝罪してくれない?」