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11話

『エリーゼ』


皇太子様の口から発せられたその言葉に、その名に、完全に頭が真っ白になる。


「……エリーゼ?おい、エリーゼ」

「完全に放心してるね。そんなにばれてるのがショックだったのかな?」

「おいこらエリーゼ、戻ってこい」


頬を軽く叩かれる衝撃に意識が戻る。


「な、あ、わ、私…」

「エリーゼ、だろう?」


こちらを見つめる瞳。その瞳はしっかりと私を見ていて…


「……はい」


私は、うなずいた。




「まず最初に言っておくと、今、君が『エリーゼ』であることを知っているのは4人。

僕とカイロス、それに陛下と、トワイライ伯爵だけだ」

「……父…様…も」


エリーゼでいられるなら、もうトワイライ伯爵は父では…ない。

けれど、そんなすぐには割り切れない。


(…あの時、エリル様が来た時に父様に言われたあの言葉は…そういうことなのね)


「本当はロトール公爵も含めて、関係者でこれからの話を煮詰めた上で君に話をするつもりだったんだけど……このバカイロスが、ね」

「うるさい。それをうまくコントロールするのもお前の役目だろう」

「やれやれ……」


エリル様がうんざりするようにため息を吐く。


「さて、どこから話したものかな…」


エリル様はソファーの背もたれに深く座り、目を閉じる。


「あの……」

「どうした?」

「…どうやって、私が『エリーゼ』だと?」

「それか。そうだな…」

「カイロスが説明してあげてよ。僕はその先をまとめてるから」

「わかった」


カイロス様一つ咳払いすると、改めてこちらを見る。


「きっかけは、最初の仮面舞踏会だ」


最初の仮面舞踏会。ダンスをしたくて、父様に無理を言って参加させてもらった。


「あの時、君と出会った。その時にはまだ、君が『エリーゼ』だとは思いもしなかった。ただ、ダンスの時に俺の視線のリードに対応できたことに、驚きはしたがな。今となって考えれば当然か。君は、エリーゼだったんだから」

「…はい」

「それから、俺は君とまた会いたい、また踊りたいと願った。だからエリルに、正体を探らせるように指示を出した。仮面舞踏会だけでなく、夜会でも踊れるように」

「まぁ……」


そんなことをしていいのかと思ったが、やってる人が王族だけに何も言えない。


「もちろん、仮面舞踏会内で正体を探れないから、行き帰りの馬車からどこの令嬢なのか探らせた。そうしたら、トワイライ家の令嬢だということがわかった。その報告を受けたときは驚いたものさ」

「そうでしょうね…なんせ、あの『シャルロット』ですから」

「ああ…とんでもない面倒な相手の身体にされたものだな」


公的に皇太子様に近づくことを禁止された令嬢。

そんな令嬢が、仮面舞踏会で、しかも皇太子様とダンスを踊っていたんだから。


「もちろん、俺はそんなはずはないと否定した。しかしエリルは間違いないと言った。だから今度はシャルロット自身を調べるようにした」

「それは…いつごろの話ですか?」

「2回目のときだ。さすがに動揺したがな」

「…続けてください」

「そうして調べれば、ある時期から急にダイエットを始め、ダンスは指導を受けてひと月で一人前と認められるほどの腕前。ダイエットはともかくとしても、たったひと月の指導で、あそこまでダンスを踊れるものかと疑ったさ。だが……そのある時期に、同じく急に行動がおかしくなった者がいる」

「…それが、今の『エリーゼ』なんですね」


父様から聞いてはいた。けれど、伯爵家令嬢の自分では公爵家相手にどうしようもないと、諦めていた。


「ああ。それで今の『エリーゼ』と過去の『シャルロット』の行動を比べれば驚くほど一致する。引きこもり、暴飲暴食、それまでのエリーゼとはまるで違う変化。当初は何らかのストレスによる影響だと思っていたが、今の『シャルロット』にもそれまでと全く違う変化。そこまで分かれば、一つの推測が立つ」

「『私』と『シャルロット』が、入れ替わっている、と」

「ああ。そして、そんなことが可能だとすれば、それは黒魔術によるものだろう、ともな」

「………」

「だから、先日エリルにトワイライ家を家探しさせた。黒魔術を行った証拠が無いか、と」


先日のエリル様訪問。

あれは家探しに来ていたのか。だから私は追い出されて…


「…それで、証拠は見つかったのですか?」


確か入れ替わった初日に部屋を私が調べたときには何も出てこなかったはず。

私の問いに、エリル様が答えた。


「いいや、何にもなし。見つかったのはこれだけさ」


そう言って出したのは1枚の紙切れ。それは…


「手紙…」

「そっ、シャルロットからエリーゼ嬢にあてた手紙だね。とはいえ…」


手紙がエリル様の手から離れ、テーブルにヒラリと舞い落ちる。


「これじゃあ何の証拠にもならない。黒魔術が行われた、という証拠にはね」

「ですが、これは自供した証拠として…」


私が持ち出しても何の意味も無いどころか、自作自演を疑われかねない代物だけど、エリル様が進言してくれれば多少なりとも信憑性があるはず。


「ダメなんだよ。これじゃあ黒魔術を『どうやって』行ったかわからない。僕は今回の件をただの入れ替わり事件だと思ってないんだ。これはね、一歩間違えば国家転覆に発展しかねない大事件なんだよ。だから、今の『エリーゼ』を黒魔術使用の罪で処……罰、で済ませられないんだ」

「おい、そこまで言っていいのか?」

「いいでしょ、もう彼女は被害者になってしまった。なら、この件について知る権利はあるし、むしろ協力してほしいところでもあるし」

「これ以上、エリーゼに大変な思いをさせる気か!」


激高する皇太子様に、エリル様の冷たい眼差しが刺さる。


「すぐ感情的になるのは相変わらずマイナスだね。いいかい、今回は入れ替わったシャルロットが大変に頭が足りないレージョーだったから婚姻まで進まずに済んだ。もしこれが少し知恵が回り、これまでのエリーゼのフリができる者だったら?」

「…………」

「しかもそいつは、黒魔術を知っている、そして黒魔術を知る共犯者がいるんだ。これがどれだけ危険なことか、わからないわけじゃないだろう?」

「…共犯者?」

「そ、共犯者。そもそもトワイライ家に黒魔術の痕跡がなかったんだ。となれば、引きこもりのシャルロットが黒魔術を知るなら、外部から…つまり共犯者がいるってことでしょ」

「確かに……」


そこまで話すとエリル様は大きく息を吐いた。


「ここからは僕の想像だけど、その共犯者は王家に対して強い恨みを持ってる。でなければ、明らかに仕掛けた相手が悪すぎるんだ」

「仕掛けた相手……私、ですか?」

「そう。君はね、皇太子の婚約者にして、将来の王妃なんだ。そんな人をおびやかし、入れ替わった。それがどれだけ重大なことか、わからないわけじゃないだろう?それを厭わないようなやつを野放しになんてできない。この機会にきっちり捕まえておかないといけない」

「そう……ですね」


エリル様の言葉は、それまでただ皇太子様ともう一度一緒にいられるようになりたいと、ただ自分のことだけを考えていた私に重く突き刺さった。


(私……なんて浅はか……なんて、情けない……)


うつむき、目頭が熱くなってしまう。涙がこぼれそうになるけれど、それを何とかこらえる。


(泣いてる場合じゃない……エリル様は協力してほしいことがあると言ったんだ)


顔を上げ、エリル様を見る。


「それで、私に協力してほしいこととは?」

「エリーゼ!」

「…いいんです。そんな大きな問題を、私だけ知らないままで終わりたくありません。……皇太子様と、共に進むために」

「…エリーゼ」

「…そっちもそっちで問題なんだけどなぁ」

「えっ?」


エリル様はまた大きく息をついた。


「忘れちゃいけないけど、もともとカイロスとエリーゼ嬢の結婚は、王家とロトール家のつながりを強めるためのもの。血のつながりを作るためなんだ。けど、今のエリーゼ嬢はトワイライ家の血筋の身体。これじゃあとてもじゃないけど婚姻を結べない」

「それ……は…………」


そう…私と皇太子様との婚約は政略結婚。当人の意思ではなく、家同士のつながりのため。その家が無い今の私では……


「あ、あの…黒魔術で私が元の体に戻ろうとすると…魂が消滅するというのは本当なのですか?」


もし…もしあの文言が偽りならば。


私の問いに、エリル様は困ったように笑った。


「ああ、あの手紙に書いてあったことだね。あれね……出鱈目も書いてあったよ」

「出鱈目……じゃあ」

「先に言っておくよ、君は絶対に元の体に戻れない」

「!!」


驚愕する私に、皇太子様も顔を背ける。


「少し…黒魔術について正しい知識を教えておこうか」

「はい……」

「黒魔術でどんな現象を起こせるかは…正直なところすべて判明していない。今回の件も、前例のないものなんだ」

「………」

「ただし、過去の例と、実験したことから、判明しているのが二点。一点は黒魔術を行使する者とかけられる者、一対一であること。どんな黒魔術であっても、かける対象は二人以上にできない」


これは、行使した者がシャルロットで、かけられたのが私ということ。


「そしてもう一点。黒魔術は……生涯において一度きりしか関われない」

「一度きりしか……関われない?」

「理由はわかってないんだ。ただ、一度黒魔術を行使した者は、二度目を行使することができない。また、一度黒魔術をかけられた者が、二度黒魔術にかかることも無い。その上、黒魔術を行使しただけで、もう黒魔術をかけられることもない。黒魔術をかけられた者は、一度も使ってないのに黒魔術を行使することができない。どんな形であれ、黒魔術に関わることができるのは一度きり」

「……それって……」

「…エリーゼにはもう黒魔術は効かない。元の体に戻すことはできない」


結論を、皇太子様が辛そうに言う。


「あの手紙の、魂が消滅する云々は、おそらく君に黒魔術を調べさせないだめだろうね。下手に関わって死ぬかもしれないと思わせて、諦めさせるためだろう。黒魔術のことを外部に漏らさせないことも含まれてるだろうね」

「……………」


(絶対に……戻れない……)


入れ替わったあの日、理解はした。決意をした。だから、シャルロットとして生きると決めた。

でも……もしかしたら…という思いはどこかにあった。

それが今……完全に、無くなった。


「黒魔術の、強力すぎる故の制約、といったところなのかな。それとも魂に何か刻み込まれるのか…いずれにせよ、もうエリーゼ嬢は黒魔術に関われない」

「その…前例がない、というのは…」

「今回の件は、黒魔術をかける側も黒魔術の影響を受けたというところ。これまでは…というか普通はかける側に悪影響をもたらすために使われるから、自分を対象に含めるなんてありえないからね。この事例から黒魔術の対象は自身を含めれば二人にできる、ということが分かったかな」

「大丈夫だ、エリーゼ」


私の手を、皇太子様が握ってくれる。


「俺が絶対にエリーゼを婚約者にする。誰が、何と言おうとも」

「皇太子様……」


まっすぐに見つめてくる皇太子様の想いに、また涙がこぼれそうになる。


(…ダメ、ここで甘えるだけじゃ)


握られた手で皇太子様の手を握り返す。私も、皇太子様をまっすぐ見つめ返す。


「私も、絶対に皇太子様の婚約者になるために、がんばります。血筋が無くても…『私』が認められるように」


私の言葉に、エリル様がうなずく。


「それしかないだろうね。皇太子の婚約者として求められるもの、それは家格と…本人の資質。家格が無い以上は、本人の資質で認めてもらうしかない。家格だけじゃあ…認められないんだよね」

「ああ。家格だけの令嬢なんざ、こっちから願い下げだ」


誰とは言ってないけど、そういうことなんだろう。


「うん。じゃあ後は仲良く二人でね」


そういうとエリル様は立ち上がった。


「なんだ、帰るのか?」

「生憎、僕は仮面舞踏会になんて興味ないんだよ。今回はエリーゼ嬢に説明するから付き添っただけ。今日の分の説明は終わったんだし、もう帰るよ」

「あの、協力の話は…?」

「そっちはまだこれから煮詰めてから。内容が内容だから陛下にも話さなくちゃいけないし、エリーゼが関わるからロトール公爵も交えなくちゃいけない。アアータイヘンダナー」

「それがお前の仕事だろ」

「まぁいいけどね。久しぶり大捕り物で楽しそうだし」


エリル様はにこやかに笑うと、そのまま部屋を出て行った。

部屋には私と皇太子様だけがいることになる。


「エリーゼ……」

「皇太子様……」

「……その、抱きしめてもいいか?」

「えっ…」


皇太子様が軽く腕を広げ、受け入れようとしてくれる。

それに応えたい……けど……


「あの……その、今は少し……」

「なんだ?何も遠慮はいらないぞ?」

「そ、そういうことじゃなくて…」


抱きしめる…それはつまり、皇太子様の手があちこち触れるわけで…


「も、もう少し待って!もう少しで戻れそうだから!」

「? 何を言ってるんだ?」


首をかしげる皇太子様。

けど、今はまだダメ。ダンスと違って、抱きしめられたらばれてしまう。


「…俺じゃいやなのか?」

「いやなんかじゃないです!そ、そういうことじゃなくて…」


尚も首をかしげる皇太子様に、遂に言ってしまう。


「ま、まだダイエットが済んでないので…その…」


ある程度は減ったとはいえ、まだ腕・お腹あたりの脂肪が目立つ。

全身覆うタイプのドレスにしてるのは、その辺のラインをわかりづらくするためでもあった。


「そういうことか」


納得してくれたようで、うんうんとうなずいていた。


(ほっ……次までにしっかり痩せておかないと)


次回はちゃんと抱きしめてもらう、その決意を固めたとき。


「ひゃあ?!」


決意を込めて握り拳をした腕を、強引に皇太子様に引き寄せられてしまった。

その勢いのままに、皇太子様の胸に飛び込む形になってしまう。

そうして背中に腕を回され、抱きしめられてしまう。


「か、カイロス様ぁ!」


感情が高ぶり、二人だけというこの空間に、つい呼び方が昔に戻ってしまった。


「やっと名を呼んでくれたな」

「そ、それは…だって……エリル様もいらっしゃいましたし…」

「エリーゼ……」


耳元にかけられる熱い吐息。その中に私の名が呼ばれる。

その瞬間、体の力が抜け、鼓動は早くなり、離れようとする気力もどこかに行ってしまった。


「……カイロス様」


私からもカイロス様の背に腕を回し、強く抱きしめる。

鍛えられた体がスーツ越しでもわかる。

最初こそ早くなった鼓動も徐々に落ち着き、今ではこの腕の中に捉われていることに安らぎを感じている。

目を閉じ、肌で感じる温もりに身を預ける。


「やっと……『君』に、出逢えた」

「はい……」

「もう、俺が知る『エリーゼ』はいないんだと……諦めたときもあった」

「はい……」

「もう……どこにも行かせないからな」

「はい……」





どれくらいそうしていたか。

不意に背中に回されていた腕が外れ、肩へと回される。


「…そろそろ、ダンスに行かないか?」


時計を見れば、まだダンスの真っ最中。


「はい、まいりましょう」


回していた腕を戻し、立ち上がる。

外していた仮面を手に取る。


「エリーゼ、少し待ってくれ」

「はい?」


カイロス様が近寄り、私の身長に合わせるようにかがんだかと思うと…



「……」



ほんの一瞬、私の唇とカイロス様の唇が触れ合う。


「さぁ行こうか」


さっさと仮面をつけ直し、こちらに手を差し伸べてくる。


「カイロス様!ふ、不意打ちだなんて……」


顔が熱い。落ち着いていたはずの鼓動が再び早くなる。


「あぁ……かわいいな、エリーゼ」

「かわっ?! も、もうからかわないでください!」


赤くなった顔を隠すように仮面を着け、差し出された手に私の手を載せる。


「じゃあ行こうかエシャル嬢」

「うぅ………はい、スロイカ様」


これから向かうのは仮面舞踏会の会場。

互いに何もかも知っているけど、このひと時は、互いに知らぬ者同士で、存分に楽しみ合う。


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