7、side ヒゲ男
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「ボイド、ボイド、どうして貴方はヒゲもじゃなの? もじゃもじゃなヒゲを剃り、こだわりをお捨てになって!」
「それは出来ない。ヒゲは漢のロマンだからだ。」
「やめなよ二人とも。今は試験中なのよ。いくらボイドだからって。」
「ん。ラムの言うとおり。」
「いいじゃないか。ボイドは怒っちゃいないよ。まだ殴られていないし。」
ったく、ひよっこが。冒険者の昇級試験中じゃなければ、一発殴って済むんだが。
それにしても緊張感が足りない。まあ、強いのは分かる。村のガキの中では負けなしだろうし、俺とてこいつら四人が相手だと、勝てるか分からん。
「あっちに建物が見えたぞ!」
「トム、マジか?遺跡か?行こうぜ!」
「待ちなさいよ、二人とも!」
「ラム、無駄。」
こりゃ試験は不合格にするしかねぇな。あんな向こう見ずなパーティじゃ。遺跡と聞いて浮かれる自分を棚に上げ、そんなことを思うボイドであった。
トムはドンドン林の奥へと進んで行く。
「本当にこっちでいいのか、トム?」
「ヤム、お前には見えないって言うのか?」
「私にも見えないんだけれど。ククは見えてる?」
「んー。見えない。」
「トム、お前幻覚でも見てるんじゃ無いか?」
「俺もそう思う。」
「ボイドはともかく、ヤムまで俺を信じないのか?」
全く、何て日だ。とんだ無駄足だったな。せめてもの仕返しに、トムに冷たい視線を送る。
「チッ。なんだよ皆。直ぐそこだからついて来い。」
「おい待てトム!」
俺が伸ばしたては空を切り、トムが消えた。
「なに間抜けな顔してるんだ。行くぞ。」
声は聞こえる。まるで其処に居るかの様に。
行くしか、ねぇか。決意して一斉に足を踏み出すと、其処にはトムと、明らかに異質な遺跡があった。
「その様子だと見えたか、遺跡が。」
「うるせぇ。」
「恥ずかしくなっちゃ...ムググ。」
「そう言うことじゃ無い。ここはヤバイ。静かにしていろ。」
皆に俺の真剣さが伝わったようだ。珍しく黙りこくっている。
「俺はB級冒険者としてギルドに報告義務があるから、近づいて調べる必要がある。お前らはここで待っていろ。」
「嫌だね。この遺跡は俺が見つけたんだし、第一、ボイドは俺らより弱いだろ。」
「仕方ねえ。身の安全第一でついて来い。」
そうして、慎重に五人は進む。
静寂は、入り口から飛び出して来た男に破られた。正確には飛ばされた、かもしれない。金髪碧眼で質素な身なり、それなのに奴隷紋のないその男は、五人の思考が固まるには十分な異常事態だった。
続けて現れた2体のオークによって正気に戻る。
「警戒対象はオーク。ゆっくり引くぞ。」
「「なあ、あの男...」」
「今はそれどころじゃ無い。ガキども、ゆっくり引くぞ。」
トム、ヤムを諌めつつ、目はオークから逸らさない。優先順位。ボイドが身につけて来た生き残る術。しかし、ここでそれは仇となる。
「焼き尽くせ!」
初動が遅れた。止む無くボイドは、盾によるガードを選択した。魔法はきちんと切れば即座に消滅する。しかし失敗すれば、余分なダメージを負うのは不可避。
盾で受けても片手は使えなくなるだろうが、それを躊躇なく選べるのがB級冒険だ。
(なに!)
火球が逸れる。隣のラムに向けて。せめてラムだけは。
その強い思いがボイドに新たな技を授ける。
盾の周りに透明に力場が生まれ、ラムを、ボイドを守る。
火球は盾に触れると、爆ぜずに、まるで蛇の群れの様に辺りに飛び散った。
ところで、このボイドという男、見た目通りの根っからの戦士である。即ち、
「クッ、魔力切れか...」
「す、直ぐにヒールを!」
「いや、いい。離脱がっ、先だ。」
「「行くぞ。」」
トムとヤムが頼もしく見えるなんて、俺も焼きが回ったかな。そんなことを思いつつ、目を閉じる。
ズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリ......
「なあお前ら、遺跡から離れたし、担いでくれても良くね?」
「いや、臭いし、」
「重いし、」
「「ボイドだし。」」
さっきの自分を助走をつけてぶん殴りたいボイドであった。
「言っとくけど、お前ら全員不合格だからな!」
「ええ〜、私も?」
「「こいつ置いてくか?」」
「職権乱用!」
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駆け出し冒険者の試験中のイレギュラー。これが国家規模の大事件の発端になるとは、誰一人として思っていなかった。
この回の五人は今後出番があるのか?
作者にもわからない。