鈴とワインとソレら
不思議な?ホワイトデーネタです。
「ただいま──」
それはある日、会社から帰ってきた時のこと。
いつものようにスーツをハンガーに掛けて、夕飯にしようと冷蔵庫に向かった時、ふと田川の視界に入った。
テーブルの上に、可愛くラッピングされた箱が置いてあったのだ。
「……えっと、これは僕に──?」
とアパートで一人、周りを見渡しながら訊く。
もちろん、一人暮らしの独身男性二十代田川の部屋に、人が居るわけもなく……かといって、何もいないわけでもない。
──リンリンリーン……
と換気扇の紐にぶら下がっている赤い方の鈴が、自然に音を奏でた。
「あ、僕に──でもなぜ……」
ちらっと冷蔵庫に貼っておいたカレンダーを見て、田川はなるほど、と頷いた。
二月十四日だった。そう、バレンタインデーである。
田川は会社でもチョコを貰ったのを思い出した。もちろん全て義理。
「……ありがとう。でも、コレどうやって──」
買った……? と田川は顔をひきつらせた……。
田川の部屋はいわゆる、曰く付き物件である。
田川が会社の近くに一人暮らしを始めようと、引っ越して来た時の方が頻繁に怪奇現象が起こっていた。
田川しかいないのに、誰かが歩く音がしたり、勝手にドアが開いたり、ラップ音がしたり、物が動いていたり、壊されたり、影がいたり、白い手や足だったり……それはそれは、毎日がスリリングだった。
それでも、田川と見えないモノの色々な攻防により、最近ではだいぶ静かになった。
換気扇の紐にぶら下げた鈴で、何となくのやりとりも出来るようになったのだ。
赤い鈴が肯定。青い鈴が否定を示す。ちゃんと音も違う。
「えっと……とりあえず、夕飯食べたら食べるよ」
──リンリンリン
どこか弾んだように、赤い鈴が揺れた──。
「あ、一つだけ訊いていいかな──このチョコって……。いや、やっぱりいいや」
田川は玉子焼きを口に運びながら、チョコをどうやって手に入れたのか訊くのをやめた。少し怖かったのだ……。
*
そして一ヶ月後……。ホワイトデーである。
「やっぱり、お返しいる……?」
会社に行く前に恐る恐る訊くと、赤い鈴が勢いよく鳴りだした。
「わかったわかった! わかったから! 近所迷惑になるから──!」
と田川が慌てて言うと、静かになる。
「……無しじゃだめ?」
──コロンコロンコロン
と青い鈴が揺れる。
「ですよね……、わかった。じゃあ、帰ってきたら何か渡そう」
田川はスーツを羽織って鞄を掴み、行ってきます。と言って、部屋を出る。
部屋の中で、微かにリンリンリンという音がしていた──。
なぜ田川は、この部屋に住んでいるのか。
それは幼い頃から、そういうモノに関わっていたからだ。顔は見えないのだが、手や足、首から下はいつも見えていた。影なども含め──。
一種の慣れなのだろう。だから、格安物件で曰く付きのアパートにも普通に住んでいる。
*
仕事帰り、田川はコンビニに寄っていた。
「……何がいいんだろう」
何か渡すと言ったものの、何が喜ぶのか田川はわからない。
幼い頃からの付き合いとはいえ、人ではないモノの気持ちは、いくらなんでもわからないのだ。
「……──」
お菓子コーナーの裏側に回った時、ワインが目に入った。
何となく手に取り、しばし眺める。
「たぶん、飲む──はず」
コップに入れた日本酒が、次の日減っていたというのをテレビで観た気がする。
先に亡くなったお祖父さんが大の日本酒好きで、お祖母さんが供えたところ、半分減っていたそうな……。
そんなことを思い出し、田川はワインとお菓子を買うことにした。
*
家に帰り夕飯を済ませてから、田川はワインをグラスに並々と注いだ。
「えっと、お口に合うかわかりませんが……お返しです──」
お菓子の袋も開けて、グラスの近くに置く。
「これでいいか……」
──リンリンリンリン
赤い鈴が揺れた。それから静かになり、静寂が訪れる。
「……お風呂でも入ろ──」
少しお菓子を摘まんで、田川はお風呂に向かった。
お風呂から出たら、田川は布団に入る。
明日は早いのだ。
「おやすみ……」
明日になったら、ワイン減ってるかな──ぼんやりとそんなことを思いながら、田川は目を閉じた。
*
「……ん、おはよう──」
寝ぼけたまま起き上がり、布団を折り畳んで端に寄せる。
「ん……ぁ」
目を擦りながら台所に向かうと、グラスの中身が空になっていた。
ワインボトルの中身も、結構減っている。
さすがにお菓子は減っていなかった。
「すごい! 減ってる──!」
田川は一人、ほんとだったんだな。と思いながら、朝ご飯の準備を始めた。
朝ご飯を済ませ会社に行く準備をしてから、田川は言った。
「気に入ってもらえたみたいで」
…………。反応がない。
「逆にダメだったのか……?」
…………。またも反応がない。
田川は少し首を傾げながら、そういう時もあるか……と鞄を手にして、玄関に向かった。
「……行ってきます」
一応部屋に向かって声をかけ、ドアノブに手をかけた時だった。
──リンリン、リンコロン、コロンコロン、リンコロン……
赤と青の鈴の音が、混ざって聞こえてきた。
田川は一瞬驚いてから、ぷはっと噴き出す。
「酔ってるのか──」
ソレらが酔うのかはわからないが、もし酔っているなら、面白いなぁ。と田川は部屋を出る。
それから、アルコール類には注意しないとな。と田川は笑って歩き出した──
よければ他のも読んでみてください(^^)