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不良神、気を遣う




ベスティアリーゼ学院のとある廊下で、トーヤとヴィヴィアンが窓拭きや床磨き⋯⋯つまり掃除をしていた。



「せっかくの休日⋯⋯にもかかわらず、年頃の餓鬼が理不尽な理由で校内の掃除。ヴィー、俺のせいでこんなことになって、悪かった」



珍しく素直に謝ってくるトーヤに、ヴィヴィアンは苦笑しながら言った。



「別にいいよ。お前のせいじゃないし、実はおれ、少しスカッとしたんだ」



ヴァシュルと腑に落ちないまま友達になった翌日のこと。ヴィヴィアンが貴族階級の生徒に絡まれ、ぼろぼろになって部屋に帰ってきた。それに対してとうとうキレたトーヤがその生徒の部屋に殴り込みに行き、約五名の生徒と、その召喚獣に怪我を負わせたのだ。



「せんせぇっ、この庶民のチビ精霊があたしたちのことを殴ってきましたぁっ」


「このっっっ、庶民の下僕風情が僕に手を挙げるなんて!下僕の躾もできないなんて、あいつは庶民のなかでも特にクズだな!」


「きゃあぁっ、わたくしの可愛い召喚獣がこんな庶民の下僕に酷いことをされましたわ!ちょっと貴方!わたくしの可愛いフランソワーズに謝りなさいよっ!」



⋯⋯と、トーヤの行いにかこつけてヴィヴィアンを貶し、更にはヴィヴィアンに土下座をさせて、その頭を足で踏みつけてきたのだ。ベスティアリーゼ学院は基本、貴族たちの寄付金によって成り立っているところが多いので、表だって注意することは叶わない。


自分の行動が原因で、余計ヴィヴィアンが詰られているのを見て、トーヤの自分に対する怒りや貴族連中に対する怒りはピークに達していた。



(ちょっと頭を叩いて、ヴィーに謝れって言っただけだろうが。獣については軽く蹴飛ばしただけで、傷ひとつ負ってねえだろ。つーか、周りの生徒はガン無視するわ先公は役立たずだわでこの学院、色々と大丈夫なのかよっ!!)



トーヤにとってはちょっとのつもりでも、その力は人間たちとは次元が違うものなので下手すれば大怪我を負っていただろうことをトーヤは理解していなかった。


その後、トーヤとヴィヴィアンは罰として学院の掃除を命じられたのだった。


そして、いまにつながる



「クソッ⋯⋯覚えてろよ、あの餓鬼ども」


「だから、そんなこと言うなって。本当に怒りっぽいんだから」


「あ゛あ゛?お前、ついさっきスカッとしたって言ったじゃねぇか」


「それはそれ、これはこれ」


「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


「あ、あの⋯⋯アルスアルト君」



トーヤの絶叫の後、おずおずとした控えめな声をかけられた。呼ばれたヴィヴィアンが振り向くと、漆黒の髪を腰で切り揃えたストレートヘアの可憐な少女が立っていた。ヴィヴィアンは、にこりと優しい笑みを浮かべて応える。



「あ、ミリアさん。おはよう。どうしたの?こんなところで」


「あ、あの⋯⋯掃除、ふたりだけじゃ大変だから、手伝おうと思って」



少女の名前は、ミリア=カザストリア。この学院で、唯一ヴィヴィアンに対して普通に接してくれる、控えめで温厚な性格の心優しい少女だ。ちなみに、ミリアの親の階級は公爵。王に次ぐ爵位に母親が現王妃の妹である為、ミリアに害をなそうとする輩はいないのだ。



(ま、そのせいで他の貴族連中からは避けられているんだがな。本人は気にしちゃあいないようだが)



そして、ミリアがヴィヴィアンに対して優しい理由は誰の目から見ても明白である。



「ん?いや、いいよ。ミリアさんの手を煩わせるわけにはいかないし、もうすぐ終わるから。ありがとうミリアさん」


「そ、そんな⋯⋯わ、わたしこそ、差し出がましいこと言って、アルスアルト君に気を遣わせて、ごめんね」



丁寧に断り礼を言うヴィヴィアンに、ミリアは顔を真っ赤にして激しく首を振った。



(そういえばヴィーの名字はアルスアルトだったっけか⋯⋯つーか鈍いぞヴィー。気づいてやれ、ヴィー)



あんなに分かりやすい子は逆にいないだろ、と遠い目をするトーヤに気づいたミリアは慌ててトーヤに話しかけた。



「と、トーヤ君。え、偉いね。え、えと、ま、まだ幼いのにアルスアルト君と◇@☆£●*◇▲!」


「おい、言葉になってないぞ。つーか、俺は子供じゃあねえし。幾ら気を逸らす為とはいえ⋯⋯いや、ヴィーがいるからか」


「と、トーヤ君!」



トーヤの隠す気ゼロな発言に、ミリアは耳まで赤くなる。そんなミリアを見て、ヴィヴィアンが窘めるように言った。



「トーヤ、ミリアさんをからかったらダメだろ。ミリアさん、ごめん。よくわからないけど、トーヤが失礼なことを言ったんだよね?」


「う、ううん。だ、大丈夫!」


「そう?ならいいんだけど」



そう言って、再びにこりと優しい笑みを浮かべる。ミリアの顔はゆでダコのように真っ赤になっていた。



(いや、気づけよ。なんでいまの会話で気づかねえんだ)



もはや呆れを通り越して諦めたトーヤは、初々しい会話に花を咲かせ始めたふたりを無視して静かに掃除に励んだ。


その後、結局ミリアに手伝ってもらい全部掃除を終わらせると、ヴィヴィアンはミリアに礼を言った。



「ごめん。結局、手伝ってもらって。お礼と言っちゃあなんだけど、これから下町の美味しい甘味処に行かない?おれが奢るから⋯⋯て、ミリアさんが下町に行くわけないか。男と一緒だったなんて醜聞をミリアさんにつけるわけにもいかないし」


「い、行く!わ、わたし、大丈夫だから!だから、下町の、甘味処⋯⋯行く」


「ほぉう、ミリア頑張ったな」



赤い顔で、懸命に頷くミリアにトーヤは感心したような目を向ける。一方で、全く理解していないヴィヴィアンは、的外れなことを言う。



「やっぱり、女の子って、甘いものが好きなんだな。おれも、甘いもの好きだけど」



にこっ、と無邪気な笑みを浮かべる。その顔に、ミリアは赤い顔を更に赤く⋯⋯以下省略



「甘味処⋯⋯アルスアルト君と、下町に、おでかけ」



幸せそうな顔で呟くミリアは、端から見れば、抱き締めたくなるような愛くるしさがあった。しかし、残念ながらヴィヴィアンはミリアの顔を見ておらず、視線を彷徨わせながら言った。



「おれ、前から言おうと思ってたんだけどさ。アルスアルトって、呼びにくいだろ?名前でいいよ。ヴィヴィアンとか、ヴィーとか」


「な、な、名前?で、でも⋯⋯」



何気ないヴィヴィアンの発言に、ミリアはしどろもどろになりながら脳内では冷静に検討していた。そして



「じ、じゃ、じゃあ⋯⋯ヴ、ヴィヴィアン君、て、呼んでも、いい?」



顔を赤くして上目遣いに見てくるミリアに、さすがのヴィヴィアンも顔を赤くして、い、いいよ、と慌てて返事をした。ヴィヴィアンの珍しい反応に、トーヤは、おっ?と目を見張った。



「馬に蹴られたかあねえし。仕方ねえな、ここは素知らぬふりして去っ━━━」


「ヴ、ヴィヴィアン=アルスアルト!」


「おいコラ空気読めこの役立たずのクソ先公がァァァ!」



何も言わずに去ろうとしたトーヤは、無遠慮な先生の呼び掛けに怒り心頭でツッコんだ。しかし、振り返った見た先生の顔は真っ青で僅かに震えていた。


そんな先生の様子に怪訝そうな顔をしたトーヤは、その後ろにいた人物を見て、あっと目を見開いた。


一方、先生に呼ばれたヴィヴィアンは我にかえったようにはっとして慌てて先生の方を見る。邪魔をされてしょんぼりとしたミリアも先生の方を見て、驚いたような顔をした。


そしてふたり同時に叫ぶ



「「ヴァシュル殿下!?」」



ヴィヴィアンとミリアに名前を呼ばれたヴァシュルは、にこやかな笑顔と共に先生の後ろからでてきた。わけがわからず、ヴィヴィアンは困惑の顔をした。



「殿下、こんなところで何をしてるんですか!?」


「殿下じゃなくてヴァシュル。さて、昨日ぶりだな、ヴィヴィアン。今日は休みだと聞いたから、早速遊びに来たぜ!ところで、こんなところで掃除用具もって何してんだ?」


「ヴィーをぼろぼろになるまで虐めた貴族階級の生徒を俺がぼこぼこにしたら怒られて、学院の掃除をさせられた。無能な先公どもは寄付金に目が眩んでアホ貴族どもの虐めを止めようとしねえどころか一緒になってヴィーを貶してくるし、散々だ。ちなみに、いま掃除が終わってヴィーはミリアと逢い引きに行くところだ。邪魔すんなよ」


「ちょっ、トーヤ!」


「トーヤ君!?」



ヴァシュルの質問にトーヤが答え、トーヤの説明にヴィヴィアンとミリアは顔を真っ赤にして否定の言葉を吐いた。懸命にヴァシュルへと弁解をするなか、ヴァシュルは懸命に否定するヴィヴィアンを少し悲しげに見つめるミリアに気づき、すべてを理解した。



「ははっ、そりゃあ悪かったな。邪魔はしねえよ。さてと、今日のところはお邪魔虫は退散するか。あ、トーヤ!お前、ヴィヴィアンの代わりに俺に付き合えよ」


「断固として拒否する。面倒くせえ」


「さっき言ってたな。まあ、昨日も聞いた話だが、庶民であることを理由にヴィヴィアンを虐める貴族階級の生徒どもがいるって。ヴィヴィアンが嫌がるから強行手段はとれねえし俺は他国の王子だから直接干渉することはできねえが、シリルに進言くらいならしてやる。それで、どうだ?」



これで手を打てと匂わせてくる。後ろにいる先生や貴族階級の生徒に対する牽制も込めているのだろうが、王子と知り合いな時点でやっかまれるであろうことは容易に予測できた。


まあ、面倒ごとが少なくなる可能性もあると思い直し、仕方なく応じることにした。がしかし



「手前ひとりか?いまここに、覇神は来てねえよな?」



慎重に、確かめる。変に探られないように、適当な感じの声音をつくって。



「城に置いてきた。喚ぶか?」


「結構」



アリスがいないことにひと先ず安堵する。城に置いてきたということは、これから会うわけでもないということだ。多分。



「で、さっきの返事は?」


「⋯⋯仕方ねえな、わあったよ」


「よし」



満足気に頷くヴァシュルを学院の先生や貴族階級の生徒が怖々と見つめている。庶民であるヴィヴィアンが他国の王子と知り合いなど、誰が思っただろう。学院内の皆の視線を一気に浴びたヴィヴィアンは居心地が悪そうな顔をして立っていた。



「んじゃ、トーヤ借りるわ。ヴィヴィアン、またな。ちゃんと、彼女をエスコートしてやるんだぞ」


「か、彼女って⋯⋯もう!」



顔を真っ赤にしたヴィヴィアンはミリアの手をとり、逃げるようにその場から離れた。残されたヴァシュルとトーヤは、その早さに呆れ混じりの笑みを浮かべた。

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