不良神、辟易する
上級召喚師はおかしいと思い、書き直しました
そして、名前を考えるのが億劫になってきた……
覇神たちの主の名前、どうしよう
聖術使い━━━それは、聖に属する存在を召喚し、使役する者たちの総称である。下級、中級、上級の三つの位に分かれており、上級を名乗れるものは数少ない。魔の者と闘うにあたって、彼ら聖術使いの存在は必要不可欠であった。
そして、ベスティアリーゼ学院は、聖術使いを育成する六年制の育成機関であり、入学したばかりの生徒たちは生涯共に闘う相棒を召喚する儀式を受ける。そうして得た相棒と共に切磋琢磨と己れを磨き、鍛えていくのだ。
栄誉ある聖術使いを育成するベスティアリーゼ学院には、一般的に貴族の子息たちが多かった。庶民が入ることはほぼなく、入ったとしても貴族の子息たちに虐められることが少なくなかったからだ。
そんななか、差別・侮蔑覚悟で学院に入学した庶民の出の立派なのかアホなのかよくわからない少年がいた。彼は三年もの間、相棒となる者を召喚することもできず、最後のチャンスである四年目にしてやっと召喚を果たすことができたのであった。
入学して最初の三年間は筆記や知識の勉強で、四年目からは実務授業へと変わる。それゆえに、四年目最初の召喚の儀式までに相棒を喚ぶことができなければ退学となるのだ。よって、少年はギリギリ退学を免れたのである。
しかし、問題は次から次へと湧いて出てくるものだとヴィヴィアンは思った。召喚できたは良いものの、その階級がいまいちわからず先生から呼び出しを食らったからである。
「う~ん。それは、一体どの階級にあたる者なのか。完全な人型をとれるものは、上級である神族や神王、そして覇神階級の者だけだというのに。それとも、精霊の突然変異か?」
顎に手を当て、唸るようにそう言ったのはヴィヴィアンのクラスの担任であるメデイア先生だった。彼女の言う通り、完全な人型をとれるものは上級の者だけである。精霊は身体が透けていたり、身体の色が一色だけであったりと完全な人型をとるとは言えない。
しかし、ヴィヴィアンが召喚したトーヤは子供の姿ではあるが完全な人型をとっており、にもかかわらず大した力を感じないという不可思議な存在であった。
(いや、俺は覇神だし。本来の力を感知されないよう隠してるから微量の力しか感じ取れねえのは当然⋯⋯だが、少しやばいか。疑われるのは面倒だし、ここは適当に話をあわせておくのが賢明だな)
「っ、ああ。俺は精霊の突然変異だ。同じ精霊たちからも異端として敬遠されてたから、ずっとひとりで過ごしてきた。だから、俺のことを知っている精霊はいねえだろうな」
いらぬ嫌疑をかけられぬよう、適当に誤魔化す。面倒くさいが、正体を現して迷惑をかけるよりかはマシだろう。多分。
トーヤの言葉を信じたのか、メデイアもヴィヴィアンも腹立つことに可哀想なものを見るような目で見てきた。そして
「トーヤ⋯⋯お前、実は凄く苦労してたんだな。でも大丈夫だ。おれがお前のことを護るから、絶対に他の精霊たちに虐められないようにする」
「⋯⋯トーヤ君、何かあったら先生にも言ってね。先生、できるだけ力になるから」
⋯⋯早速後悔してきた。ふたりから向けられる悲哀にも似た視線に苛立ちが耐えきれず、顔を俯かせる。先生など最初と言葉遣いがまるきり変わっていた。子供の姿とは恐ろしい効果をもたらすものだとつくづく思う。
「おい、俺はこんな姿をしているが、子供じゃあねえぞ」
「いや、子供だろ」
「うんうん、子供じゃないわよね。わかるわ」
言っても無駄だとわかっていて言ったが、それでもヴィヴィアンの言葉に若干イラッとして、メデイアの言葉に完全に子ども扱いしてるじゃねえか。全然わかってねえだろ、と言いたくなった。本当に子供の姿は恐ろしい。
前にも増してこれから絶対に下手なことを言わないようにしようと心に誓ったトーヤは、それからひと言ふた言軽く会話をしてからヴィヴィアンと共に教室へと行った。
そして教室に入り、ヴィヴィアンが己れの席までトーヤを連れてきた。ヴィヴィアンの席の横にはもうひとつ席があり、それが自分の席だと理解したトーヤは、ふと顔をヴィヴィアンの机に向けた。そして驚愕する。
「おい、ヴィー。なんか机が汚ねえことになってるぞ」
そう、いじめとしてはありきたりな『机に落書き』がされていたのだった。しかし、ヴィヴィアンは特に気にした風もなく。
「ああ、これ?いつものとこだし、面倒くさいから消してないんだよ。消しても消してもすぐ元通りになるから不毛だと思って」
あっけからんと言ってのけるヴィヴィアンに愕然とし、先ほどのクラスの担任だという女性に心の中で叫んだ。
(俺のことはいいから、まず自分のクラスの生徒をよく見て対処しろや!つーかヴィーも、俺が精霊にいじめられないようにするとか言う前に自分を何とかしやがれ!)
ある意味この主は器が大きいと言えるかもしれない。この調子だと、教科書に落書き、とか靴を隠される、といった出来事にも遭遇しそうだ。
その数時間後、まさか本当にその場面に出くわすとは夢にも思っていなかったトーヤは呆れつつも暢気にそんなことを考えていたのだった。
「━━━おかしい」
「どうしたんだ?ハルセ」
豪華な調度品が並ぶ整然とした部屋で、覇神であるハルセと、その主である王族の青年が並んで立っていた。
幼少の頃より己れの近くにいたハルセが初めて表情を歪ませながら焦りを含んだ声を出したことに青年は驚き、驚愕のままにハルセに問いかけた。
ハルセは青年の方を向くことなく、深刻そうな顔で重く答える。
「⋯⋯我らがいた神界から、アガサの気配が消えている」
「なっ、それは⋯⋯」
青年が愕然とした様子で何かを言いかけるも、ハルセが手のひらを上げてそれを遮った。
「アガサは我らにとって、大事な同胞。人界に降りてからも気にかけていたのだが。つい先ほどまであった彼奴の気配が綺麗に消失している⋯⋯これは、一体どういうことだ」
「覇神、アガサ。いまこの世界に存在する五柱の覇神のうち最後のひと柱にして、人間を忌み嫌う孤高の神⋯⋯か」
つぅっ⋯と冷や汗を流しながら、人間たちの噂と想像で造り上げられた架空のアガサ像を語る青年に、ハルセは少しムッとしながら、静かに、しかし鋭く厳かに告げた。
「訂正しておく。アガサは別に、孤高というわけではない。幾度も言っているが、悪神などでも断じて違う。誤解されやすいが、我らのなかで最も情が深く、曲がったことが赦せぬやつなのだ。だからこそ人間に関わることを誰よりも嫌がった。そこを勘違いしてはならぬ」
語調を少し荒らげたハルセに僅かに目を見開いたが、その後に申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ああ、そうだったな。すまない。だが、他の人間たち⋯⋯特に、邪教宗団はそう思ってはいないだろう」
ハルセと話していた金髪の青年は、初めてその端麗な顔を不快げに歪めた。
それは、王家にとって大きな悩みの種であった。アガサを邪神として崇め、王家やその守護たる覇神に反発する強大な勢力。以前まではごく小さなものだったが、いつの間にか大きくなっており、いまではそう簡単に手出しができないほどの勢力を持っている。
「⋯⋯いっそのこと、アガサが一蹴してくれれば楽なのだが」
苦々しげにそう呟くハルセに、金髪の青年が思い出したかのように話を戻した。
「っ、そうだ。ハルセ、先ほどアガサの気配が神界から消えていると言っていたが⋯⋯」
「ああ、恐らくアリスらも気づいているはず。アガサは、我らにとって末っ子のようなものでもあるからな」
ハルセは顎に手を当て、暫し悩んだ。アガサが消えた理由やそれに伴う様々な変化。それを鑑みて、そして決断した。
「シリル、近いうちに各国の王子たちを覇神共々招集してくれぬか?もしかしたら、アガサが人界に降りた可能性がある」
「ああ、わかった。近いうちにとは言わず、すぐにでも集まってもらうようにしよう」
シリルと呼ばれた金髪の青年は大きく頷くと、急ぎ部屋を出て、招集の手配を始めた。
シリルが部屋を出るのを見ながら、ハルセはひとつの疑問を思い浮かべた。
(⋯⋯あのアガサが自ら人界に降りることなどあるのか?だが、降臨する以外では召喚するしか⋯⋯まさか、だがそんな事が━━━)
その可能性に思い至ったが、それはないと考え直し、身を翻してシリルの後を追った。まさか、その予想が的中しているとも知らずに。