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不良神、覚悟を決める




「手前、あんなこと言われて悔しくねえのかよ」



アガサはヴィヴィアンに抱えられたまま木陰に連れてこられて、目の前に座らされた。軽く周りに目を向けて、なかなか綺麗な景色だと思いながらアガサが腹立たしげに言うと、ヴィヴィアンは苦笑しながらアガサの頭を撫でた。



「別にいいよ、いつものことだし。それに、おれが落ちこぼれなのは本当の事だからさ。落ちこぼれの上に庶民であるおれがこの学校に居ることも気に食わないんだろ」



軽い感じで、そうヴィヴィアンは投げやりに言った。諦めにも似たその言い草に、アガサは腹立たしくてならなかった。



「落ちこぼれだぁ?俺を召喚できた手前が、落ちこぼれなわけねえだろ。冗談にしても笑えねえ」



覇神と称されるアガサを召喚したのだ。本来ならば有り得ないことだ。落ちこぼれなわけがない。むしろ、とてつもない偉業を成し遂げたのだ。賞賛されこそすれ、貶される謂れは何処にもないのだ。


そういう意味で言ったのだが、アガサが覇神だということを知らないヴィヴィアンは別の意味で捉えたようだ。



「いや、本当なら学校に入学して直ぐにある召喚の儀式で相棒パートナーとなる存在を得られるんだけど。おれは入学して三年、何も召喚することができなかったんだよ。そしてやっと四年目にして、最後の召喚の儀式であるさっき。お前が来てくれたんだ。な?おれ、凄い落ちこぼれだろ?おれみたいな落ちこぼれが主人で、ごめんな⋯⋯」



ヴィヴィアンのテンションが唐突に下がり、感情の揺れが激しいやつだとアガサは思った。しかし、それなりの情報の収穫はあった。


しかし、まだ聞きたいことはたくさんある。



「⋯⋯ヴィヴィアン、だったか?ここはどこだ」



頭を撫で繰りまわすヴィヴィアンに辟易しながらもアガサは問うた。ヴィヴィアンは訝しげな顔をしながらさも当然のように答えた。



「は?学校。ベスティアリーゼ学院」


「んなこと聞いてんじゃあねえよ。ここは、どこの国かって聞いてんだ」



子供特有の甲高い声が辺りに響き渡る。幸い人通りがなかったためよかったが、誰かがいたら、即効で非難を浴びることになっていただろう。


さすがに耳にきたのか、ヴィヴィアンは軽く顔を顰めていた。そして、困ったような顔をしながら言った。



「最初からそう言えばいいのに。ここは大陸の南、マルセラージュ王国だ」


「マルセラージュ王国⋯⋯ああ、確かハルセが降りた国だったか」



納得したようにアガサが何でもない事のように呟く。すると、それを聞いたヴィヴィアンが慌てた様子でアガサの口を塞いだ。



「ふぁふぃふんふぁ!(なにすんだ!)」


「このバカ!ハルセ様のことを呼び捨てにするなんてバチが当たる!」


「ぶぁふぃはんへあはふふぁ!(バチなんて当たるか!)」



恐縮したように縮こまるヴィヴィアンとは対照的に、アガサは堂々としていた。


端から見ると、面倒くさそうな子供を諫める学生にしか見えなかった⋯⋯あながち間違いではないのだが。



「ハルセ様は、後の三国にも降りられた覇神様と同様におれたち人間に救いの手を差しのべてくださった偉大な神だ。非礼に当たるような言い草は、決して赦されない」



真剣な顔でそう言ったヴィヴィアンは、過去の悪夢のような歴史をくどくどと説き、いまどれほど自分達が救われているかということをアガサに必死に言い聞かせた。


その時代を実際に生きてきたわけではないのに、熱心に説くヴィヴィアンに、実際にその時代を見ていてそれを見て見ぬふりをしてきたアガサは段々と居たたまれない気持ちになった。



「おれは、この国を護ってくださっている王家と覇神様の役に少しでも立ちたい。大切な人や、平穏な毎日を護れるようになりたい。そう思ったから、庶民の出だとバカにされること承知で学校ここに来たんだ⋯⋯まぁ、実際は落ちこぼれで、なんの役にも立てない程度の力しかないことが嫌というほどわかっただけだけどな」



語尾は少し悔しげな感情が滲み出ていた。本当はもっと成果を出したいのに、上手くいかないもどかしさに焦っているのだろう。




━━━だが、その気持ちだけでアガサには十分だった。




「━━護りたい、だと?護れるものか。いまの手前に」


「っ、そんなこと、おれが一番わかっ⋯⋯!」



ヴィヴィアンがアガサの前で初めて声を荒げた。しかし、最後まで言うことはできなかった。顔をあげた瞬間、一気に勢いを失ったのだ。アガサの、毅然とした態度と厳かな雰囲気に呑みこまれてしまっていた。


六歳程度の子供の面差しに、ひどく大人びた様子と、すべてを見透したかのような表情が浮かび上がっている。


傍目から見ると、幼子が偉そうにしているように見えるかもしれない。しかし、実際に目の前に対峙すればわかる。いまのアガサからは、そんな侮辱を赦さない鋭い気迫が見てとれた。


思わず気圧されたヴィヴィアンの耳に、涼やかで玲瓏な声が響く。先ほどまでは子供特有の甲高い声としか聞こえなかったが、いまはそんなことを微塵も感じさせない声だった。



「護れるものか━━━諦めることを甘受している手前に。聞き分けのいい振りをしている手前のような頑是ない子供に、一体何ができるという。何を成せるという」


「っ⋯⋯」




嘲りにも聞こえる言葉。鈍いヴィヴィアンは、その言葉をそのままの意味で受け取ったようだ。現に、アガサの目の前で激しく落ち込んでいる。


それを敏感に感じ取ったのか、アガサは呆れに近い表情をして続けてこう言った。



「⋯⋯ひとは天命のもと、生まれたときから宿命が決まっているという。ならば、俺が手前の前に現れることになったのもひとつの運命さだめなんだろう。どう足掻いても、たがえることは叶わねえこと。⋯⋯だったら、やってやろうじゃねえか。この俺が、手前にとことん付き合ってやる。落ちこぼれだのなんだのと卑屈なことはもう言わせねえ。手前が死ぬその時まで、俺が付いて面倒をみてやるよ」


「え、ええと、つまるところ⋯⋯」


「俺が!お()()相棒パートナーになってやるって言ってんだよっ!わかれ!」



言葉のなかなか通じないヴィヴィアンに痺れを切らして、アガサは怒鳴るように言った。



(こいつ、言うことや信念はでけえくせに、色々とおかしいだろ)



早速も波瀾に満ちた未来を思い浮かべたアガサであったが、ヴィヴィアンはそれに気づくことはなく、逆に感動的な目でアガサを見つめていた。



「っ、ありがとう。おれ、いままで以上に頑張るから。お前と、上級聖術使いを目指すから。改めてよろしく!⋯⋯えーと⋯⋯」


「くっつくな気持ち悪ぃ!離れろマヌケ!」


「なっ、ひどっ!チビのくせに!」


「チビじゃねえ!俺の名は⋯⋯」



と言いかけてアガサは押し黙る。ヴィヴィアンが怪訝そうな顔でアガサを見るが、いまはそれどころではなかった。



(やっべえ⋯⋯俺の名前、悪い意味で有名じゃあなかったか?)



アガサが焦る。それは、アガサが神界にいた頃の話だ。


魔の者たちから人間を救うために降りた同胞たちは、人界において多大なる畏敬の念と崇拝を集めた。一方で人間に手を差し伸べることのなかったアガサは、その存在を覇神たちによって知らされた際に、非情な神だと一部の人間たちによって貶められた。


そして、悪しき神として他の人間たちの知るところとなった。その時はひとの勝手さに軽蔑すると同時に、結局は降りることがない自分には関係ないからと放っておいたのだが、いまとなってはあの時物申しておけばよかったと激しい後悔の念に苛まれた。



(俺がアガサだと名乗って、他人が知るところとなれば、ヴィヴィアンに危険が及ぶ可能性が高い。俺は別にどうでもいいが、ヴィヴィアンに火の粉が飛ぶのだけは避けなきゃいけねえか。本当なら俺が関わらないのが一番いいんだが⋯⋯)



ちらりとアガサがヴィヴィアンの方を向く。真っ直ぐな瞳でアガサを見るヴィヴィアンからは、相棒パートナーができたという喜びと、これからに対する想いが透けて見えた。



(⋯⋯俺が前言撤回を求めたとして、あいつが聞くわけがねえよな。チッ、面倒くせえ)



王家に不満を持つ者たちは、悪しき神とされているアガサを崇拝し、邪教宗団として活動することで王家や覇神たちに反発していた。反発云々は勝手だが、それに巻き込まれるのはごめんなのだ。



「なぁなぁ、それで、お前の名前は?」



何も知らないヴィヴィアンが無邪気にも聞いてくる。少々焦っていたアガサは、ふとひとつの名前が浮かび上がってきた。こんな簡単なことを、どうして直ぐに思い付かなかったのか。



「と、トウヤ。俺の名前は、トウヤだ」



それは前世で人間だったときの名前。しかし、何よりも己れ自身を表す名前。



「トーヤ?珍しい発音の名前だな?」


「違う、トーヤじゃなくて、トウヤだ!」


「うん?だから、トーヤ⋯⋯」


「⋯⋯もう、それでいい」



トウヤとトーヤの違いがわかっていないとわかるや、アガサは正しく理解させることを放棄した。説明するだけ無駄で不毛だ。



「うん、じゃあこれからよろしくな!トーヤ」


「仕方ねえからよろしくしやるよ、ヴィー」



相棒パートナーと絆で結ばれた瞬間、と言いたいところだが、傍目からは幼稚なお友達ごっこにしか見えないことが残念なところだった。

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