不良神、一喝する
ったく、なんだってんだ!
「おい、ヴィー!止まれ!」
「うわぁぁぁぁぁん!」
ああ、果てしなく面倒くさい!だから連れてきたくなかったのに
苛々しながら追いかけていたが、ふと目の前を走っていたヴィヴィアンの姿が消えた。まるで、深い霧が覆い隠してしまったかのような。
「チッ、マズイな。はぐれちまったか。おい、ヴィー!どこだ!」
トーヤの声が森に響き渡る。しかし、その声に返事はなかった。
「⋯⋯仕方ねえ、仮にもあいつは契約主。契約の絲をたどってみるか」
面倒くさそうにトーヤは地面に座り込み、感覚を研ぎ澄ませて己れとヴィヴィアンを繋ぐ契約の絲を手繰った。
━━━ああ、止まらない
離れるなと言われたのに、おれはトーヤから離れてひとり森のなかを彷徨っていた。ここ、どこだろう⋯⋯
「うわぁ、怒られる⋯⋯トーヤー、どこー⋯⋯」
なぜいつもこうなのだろう。トーヤのことを大切に想っているのは確かなのに、やること成すことが裏目に出てる気がしてならない。
「はぁ、どうしてトーヤはいつもあんなに強いんだろう」
幼い風体に似合わない鋭い視線と、物怖じしない口調。誰に対しても媚びることなく、思うがままに突き進む強さ。力がないのは同じなのに自分にはその強さはなく、いつも憧れに近い目で見ていた。
そんなトーヤがヴィヴィアンに向ける目はいつも不機嫌そうで、心の距離が少し縮まったかな?と思えば突き放すように離れていく。まるで一定の距離を保っているかのように、近づかないよう警戒するように。
「おれって、やっぱりダメなのかなぁ⋯⋯」
再び沈んだ気持ちになっていると、どこからかか細い声が聞こえてきた。
『⋯⋯さ、ない⋯⋯⋯赦さ⋯ない⋯⋯⋯⋯⋯寂しい⋯⋯』
凍えるような恨みに満ちた声音に、一瞬悲しげな声が小さく聞こえた。この、声は━━━━
「え、まさかこの声の主って例の邪神アシュレイ?うわ、ひとりで着いちゃったよ⋯⋯」
どうしようと焦っていると、ヴィヴィアンの声が聞こえてきたのか突然嵐のような勢いで凄まじい声が降り掛かってきた。
『誰じゃ!そこにおるのは!』
「うわーっ、すみませんすみません!勝手にお邪魔してすみません!」
思い切りビクついて飛び出したヴィヴィアンは土下座する勢いで声のする方に頭を下げた。そして恐る恐る顔を上げる。そして息を呑んだ。
淡い桃色の波打つ髪は足を通り越して地面を広がっていた。丸く大きな瞳は若葉のように瑞々しい翡翠色をしており、いまは怒りの為か釣り上がっていた。その身は樹に縛りつけられており、禍々しいオーラを醸し出していた。が、しかし━━━━
「うわぁ、綺麗だな⋯⋯」
『⋯⋯なん、じゃと⋯⋯⋯⋯?』
ヴィヴィアンの呟きに、アシュレイは眉を潜めた。それを見たヴィヴィアンが慌てたように言い募った。
「あ、いや礼を欠いていたならごめんなさい!でも、なんていうか、綺麗な感じがしたんだ。容姿というより、オーラ?」
『⋯⋯ふん、こんな禍々しい気を綺麗だと?魔族ではあるまいに、何を言うておるのか』
「いや、何ていうか⋯⋯一瞬、花畑でひとに囲まれて笑っている貴女が見えたんだ。その時のオーラ?みたいなのが華やかで幸せそうで⋯⋯」
『なん、じゃと⋯⋯⋯⋯!?』
ヴィヴィアンの言葉に驚愕の表情を浮かべる。何か気を悪くさせてしまうようなことを言ってしまっただろうかとヴィヴィアンはオロオロしていたが、アシュレイは予想に反して泣きそうな顔をしていた。
「あ、ご、ごめんなさ⋯⋯⋯⋯」
『⋯⋯お主、名は何という』
「え?あ、おれはヴィヴィアン。ヴィヴィアン=アルスアルト」
『⋯⋯ヴィヴィアン、か⋯⋯お主はなぜこのようなところにおるのじゃ』
「え、ええと⋯⋯」
正直に言っていいものか迷ったがそれは一瞬のことで、結局はすべてを話した。相棒とはぐれたことと自分のやるせなさを。
アシュレイはそれをひと言も口を挟まずに黙って聞いていた。そして、悄然としたヴィヴィアンに呆れたように声を掛けた。
『ふん、お主がそんなバカバカしいことで悩んでおるのはこの森の瘴気のせいじゃ。お主のパートナーがどう思っておるのかはともかく、お主自身の気持ちは何者にも変えられるものではないじゃろうて』
「あ⋯⋯そう、だね。おれは、トーヤにどう思われていてもトーヤのことを大切に思っていたはずなのに。おれ⋯⋯」
『ふん、わかれば良いのじゃ。さあ、早く戻るが良い』
「⋯⋯貴女は?」
『はぁ?』
ヴィヴィアンの言葉に、アシュレイは訝しげな表情を浮かべた。ヴィヴィアンは取り繕うように手をバタバタさせて言った。
「おれは、貴女が邪神だなんて信じられない。貴女の言う通りおれ自身の気持ちを信じるなら、おれは貴女はこんなところにいるべきひとじゃないって思うんだ」
『⋯⋯ふん、厄介な小僧よ。それでも妾はここにおらねばならぬ』
「でも━━━━!」
『そら、迎えが来たようじゃぞ?』
「えっ?それはどういう━━━━」
ヴィヴィアンの疑問を遮るように、甲高い声が森のなかを響き渡る。声がする方を振り向くと、そこには何より大事な己れのパートナーが━━━鬼の形相で突っ走ってきていた。
「ヴィ━━━━━━━━!」
「っ、トーヤ!?よかった!やっと、会え━━━━」
「こんのっ、大馬鹿者がァァァ━━━━!」
「ぐえっ!」
勢いのまま、トーヤはヴィヴィアンを思い切り蹴り飛ばした。その場に倒れ込むヴィヴィアンの胸ぐらを掴み、ドスの効いた声で不穏な声音で言った。
「俺は離れるなっつったよなァ?あ゛あ゛?」
「ご、ごめ⋯⋯」
「ごめんで済んだら警察はいらねえんだよ!」
「け、けーさつ?なにそ⋯⋯」
「るッせぇッ!黙れ!」
一方的な罵倒に挫けそうになっていたヴィヴィアンを哀れに思ったのか、アシュレイが『これ、そこな若輩』と声を掛けた。
『そもそも其奴を見失ったのはお主ではないか?責は其奴だけでなく其方にもあるじゃろう。そこまでにせよ、煩くてかなわぬ』
ただ煩かっただけらしい。
庇ってくれたのかとちょっと期待したヴィヴィアンはその真意を知ってしょんぼりとした。そして無言になったトーヤに気づいて恐る恐る顔を上げた。すると、そこにはアシュレイを凝視するトーヤの姿があった。咄嗟に邪神だと言われているアシュレイを庇おうと前に出ようとしたが、それより先にトーヤが声を発した。
「⋯⋯手前は祀樹の花守か。こんな場所で何をしてやがる」
「えっ?」
『ほぉ、お主は物知りじゃの?よく妾が花守だとわかったな』
「これでも長生きなもんでな」
「ちょっ、ちょっと待った!」
トーヤとアシュレイの会話にひとりついていけないヴィヴィアンはふたりの会話に待ったをかけた。なんだというように視線を向けるトーヤに、説明を求めた。
「おれ、全く会話についていけてないんだけど!花守って何のことだよ。アシュレイっていうひとじゃないの!?」
「アシュレイってのはこれの名前なんだろ。この世界には知られてねえみてえだが、祀樹っていう禍や穢れを吸い取っては花を咲かせ、それを散らすことで浄化するっつー特殊な樹がある。花守はその樹の種や苗を持っていて、森の奥深くにそれを蒔いては芽吹かせる。祀樹は花守と連動していて、取り込んだ穢れは花守の力と共鳴することで浄化するんだ。祀樹を植え、芽吹かせるこいつらを、別名・伊吹神ともいう」
「じゃ、じゃあ、邪神てのは」
「恐らく、禍々しい気配を纏うこれと勘違いしたんだろ。ったく、人間である王族たちならともかく、覇神がわからねえんじゃ話にならねえな。これは確かに禍々しい気配を纏っているが、それは浄化のために吸い上げた穢れが纏わりついているだけで、これ自身がその気を放っているわけじゃねえことくらい気づけっつーの」
「そ、そんな⋯⋯それじゃあ、このひと⋯⋯」
ヴィヴィアンが悲しそうな顔をしていると、アシュレイがさも可笑しそうに笑った。
『確かに勘違いされたがの。じゃが、いまこの身を纏うのは吸い上げた穢れだけではない⋯⋯妾自身が、もはやこの怒りと恨みを抑えきれぬのじゃ━━━━!』
激しい憎悪が彼女の身体から噴き出す。長い間閉じ込められ、その身に巣食う穢れに蝕まれながら育っていった彼女の怒りと恨みは計り知れない。彼女の身体から溢れ出る憎悪に惹かれて、魔物が寄ってきたり瘴気が凝り固まって醜い生き物が発生しつつあった。
それらが彼女の前に立ちはだかり、近づくことができない。彼女の深い孤独と怨念は、それほどまでに酷く抑えきれないものであったのだ。
「もう、手遅れなのか?⋯⋯彼女を、助けることはできないのかっ!?」
ドンッ、と悔しげに地面を叩くヴィヴィアンをトーヤは静謐な目で見据えた。
「⋯⋯諦めるのか?それでも俺は一向に構わんが、お前はそれでいいんだな?」
「よくないっ、よくなんてあるか!目の前で苦しんでるひとがいるのにっ、手を伸ばせばそこにいるのにっ⋯⋯」
苦しそうにそう言う契約主に、トーヤはありったけの想いを込めて力強く言い放った。
「だったら手を伸ばしてみろッ!お前が決めたことなら、俺はどこまででも付き合ってやる。無謀だろうがなんだろうが、力を貸してやる。俺はお前にそう誓った。だからお前はお前の意思を曲げるようなことはするな!それは俺に対する侮辱に等しいと知れ!」
「でもっ、おれに何かできる力なんてっ⋯⋯」
「お前の行く道はお前が決めろ!そしたら俺がその道を行けるように道を照らしてやる!お前が決めたことだったら、俺は全力でお前がその意志を貫き通せるようその心に添ってやる!だから、お前は俺が為すべきことを示せ!!ヴィー!!!」
━━━トーヤ
ここまで言われてうじうじと悩んでたまるか。おれには頼りになる相棒がいる、共に歩んでくれるトーヤがいる!!なら、おれだってこんなところでメソメソと泣き言を言ってる場合なんかじゃないだろ!!