不良神、苛立つ
かなり遅くなってしまいました!
申し訳ありませんでした。
『ああ、苦しい、寂しい⋯⋯おのれ⋯⋯人間め、覇神め⋯⋯!』
深い深い森の中。細々とした、恨みつらみをひたすらに悲痛と苦痛に満ちた声で言い募る。男とも女ともとれる不可思議なその声を聴き届けたものは、彼の神にとって吉と出るか凶と出るか。
城を飛び出したトーヤとヴィヴィアンは、“夢幻の森”へ向かおうとしていた。が
「て、そういえばおれたち、“夢幻の森”の場所なんて知らないじゃないか。これからどうするんだよ」
「⋯⋯喚くな。気が散る」
顔を真っ青にして叫ぶヴィヴィアンを鬱陶しげに睥睨すると、前髪を掻き上げ、目を閉じた。
トーヤの言葉にショックを受けたヴィヴィアンは、しかし、トーヤの集中を妨げるような事はしなかった。
━━━━━さ、ない⋯⋯
「⋯⋯聴こえた」
「聴こえた?トーヤ、見つかったのか?」
「あぁ」
ヴィヴィアンの言葉に苦々しげに答えたトーヤは、そのまま一直線に駆けはじめた。それに驚いたヴィヴィアンは、慌ててトーヤの後を追いかけていった。
休むことなく走り続けていたトーヤは、薄暗い森の一歩手前でようやく立ち止まった。そして、鋭い眼差しで森の奥深くを見据える。まるで、森の中を見通すかのように。
「はぁっ、はぁっ⋯⋯っはぁ、ト、トーヤっ⋯⋯足っ、はや⋯⋯少しくらっ、待って、くれ、てもっ⋯⋯っは」
苦しげな呼吸をしながら、ヴィヴィアンは途切れ途切れに抗議したが、トーヤは聞く耳持たずで、ただ、森の奥深くを睨みつけるばかりだった。
トーヤに聞く気がないということを察したヴィヴィアンは、がくりと肩を落として抗議を早々に諦めた。これ以上何を言っても無駄だ。
そんなヴィヴィアンを気にもとめず、トーヤはずんずんと森を突き進んで行く。ヴィヴィアンは慌てて後に続いた。
「⋯⋯随分と、気が淀んでいるな。ものの数分でなったにしては不自然だ。だが、前から淀んだと考えるには覇神が気づかんわけはねえだろうし」
「そ、そんなにおかしい?澄んだ空気だと思うけど⋯⋯」
「⋯⋯空気の話をしてんじゃねぇ。気の話をしてるんだ、気!」
「ええぇ⋯⋯」
違いが分からないという顔をするヴィヴィアンの顔を見たトーヤは、説明を放棄することにした。
「おい、ヴィー。嫌なら無理してついてくるこたぁねえぞ」
(訳:むしろついてくるな、邪魔だ)
「⋯⋯なんかいま、耳には聞こえない心の声が聞こえた気がするんだけど。でも、おれは絶対にお前をひとりで行かせたりはしないからな」
「チッ、頑固なガキだ」
「いや、見た目的にはお前の方がガキだろ⋯⋯」
普段と同じような会話をしているうちに、知らずとヴィヴィアンの身体の強ばりは解けた。自然体で話してくるヴィヴィアンに、トーヤは少しだけ気を緩める。そしてぽつりと言った。
「はぁ、⋯⋯んでお前⋯に⋯⋯のが俺⋯⋯の主なんだか⋯⋯」
「⋯⋯え」
恐らくひとり言のつもりだったのだろう。途切れていたが、それはヴィヴィアンの耳にするりと入り、響いた。
━━━━ちょっと、心が折れそうだった。
そうとは知らず、トーヤは苛立たしげに柳眉を逆立てた。
「進んでいくにつれ、霧が濃くなっていくな。おい、ヴィー。あまり俺から離れんなよ」
「⋯⋯」
「おい、聞いてるのか、ヴィー!」
「⋯⋯ご、めん」
「はぁ?」
眉を寄せて振り向くと、頼りなげな顔をしたヴィヴィアンが顔を歪めながら絞り出すように声を出していた。
「おれ、おれ⋯⋯何も出来ないのに、鈍臭い落ちこぼれなのに、偉そうなことを言ってついてきたのに⋯⋯なんの役にも立てないのに、こんな、こんな⋯⋯」
一瞬、泣き出しそうな顔をしたかと思うと、そのまま深い森の奥へと走っていった。慌てたのはトーヤだ。
「おい!勝手に行くなって言ってんだろうが!ったく、彼奴の頭のなかは理解不能だ。一体なんだってんだ!いきなり訳の分からんことを言いやがって」
しかも、ヴィヴィアンが突っ走って行ったのは、よりによって不穏な力の渦が色濃く渦巻いている所だった。
「ったく、なんて悪運の強いやつだ。俺なんかを召喚した事といい、面倒事に関わる運がありすぎだろ」
ぶつぶつと文句を言いながら、トーヤはヴィヴィアンを探しに後を追っていった。